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健康を科学で紐解く シリーズ234  「骨の端にある特殊な血管構造を発見-骨粗鬆症の治療への応用に期待-」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


骨の端にある特殊な血管構造を発見

-骨粗鬆症、大腿骨頸部骨折の治療への応用に期待-



 慶應義塾大学医学部解剖学教室の久保田義顕教授は、同整形外科学教室、同生理学教室、同内科学教室(循環器)、共同利用研究室(細胞組織学)、国立国際医療研究センター研究所、長崎大学、新潟大学、滋賀医科大学、熊本大学、藤田医科大学、東海大学、米国ミシガン大学との共同研究で、骨の血管構造に関して、これまで知られてこなかった新たな血管サブタイプが骨の端にあることを発見し、骨の発生や造血において、この血管が深くかかわっていることを明らかにしました。


 骨はからだを支え、内部の脳や臓器を守る役割だけではなく、骨の内部(骨髄)には血液幹細胞(注 1)が存在し、日々赤血球や白血球などの血球を産生し、全身に送りとどけます(造血)。この骨格としての役割と、血液産生の役割の両方に重要なのが骨髄の血管です。

しかし、他のやわらかい組織とは違い、組織を細かく観察するために骨の「切片を切る」という作業が、その硬さゆえに難しく、他の臓器の血管に比べ、骨髄の血管に関する理解はあまり進んでいませんでした。


 本研究は、従来の組織切片の作成法の改良、シングルセルトランスクリプトーム解析、新規遺伝子改変マウスの作成により、これまで見つかっていなかった骨髄血管のサブタイプが骨端部に存在することを発見し、骨の発生、造血に重要なことを見出しました。


将来的には、骨粗鬆症や大腿骨頸部骨折などの治療技術への応用が期待されます。




研究の背景


 骨はカルシウムやコラーゲンなどに富んだ硬い組織で、からだを支え、内部の脳や臓器を守ります。骨の役割はそれだけではなく、骨髄には血液幹細胞という赤血球や白血球を生み出す大元となる細胞が潜んでおり、日々血球を産生し、全身に送りとどけます(造血)。


この硬い骨格としての役割と、血液産生の役割の両方において、生物学的に鍵となる構造が血管です。血管の構造を把握し、機能を調べるためには、「切片」を切って、その全体像を把握するという作業が不可欠ですが、骨の「切片を切る」という作業は、他のやわらかい組織とは違い、その硬さゆえに難しく、他の臓器の血管に比べ、骨髄血管の詳細に関する理解はあまり進んでいませんでした。




研究の概要と成果


 従来の骨髄の血管や血球の研究においては、上記の骨の硬さがネックとなっていたため、骨の両端(骨端部)をハサミやメスで切り落とし、円筒状になった骨の幹の内部を洗い流し、骨髄の柔らかい成分のみを取り出した上で、フローサイトメーターなどで血管細胞、血液細胞を分取、解析するという手法が一般的でした。


これを受けて本研究では、骨の血管をそのままの形で観察すべく、骨の端を切り落とすという作業を経ずに、血管の全体像を可視化することを試みました。そのために、従来行われてきた脱灰や組織の薄切、免疫染色の実験操作を改変した上で、マウスの大腿骨の切片をきれいに切って、血管の全体像を把握することに成功しました。


この技術を用いて骨髄の血管の走行を詳細に観察したところ、通常は切って捨てられてきた骨端部において、他の部位の血管とは明らかに走行のパターンが異なるユニークな骨髄血管が存在することを見出し、これを Type S 血管(注 2)と名付けました(図 1)。次にシングルセルトランスクリプトーム解析(注 3)により、その遺伝子発現パターンを網羅的に解析したところ、他の部位の血管とは明らかに異なるパターンを示し、特に、通常の血管では見られない I 型コラーゲン(注 4)の遺伝子の発現が顕著なことを見出しました。次に、血管細胞特異的に I 型コラーゲンを欠失させるノックアウトマウスを作成したところ、骨端部のみ、骨へのカルシウム定着が低下しており、骨端部だけ、力学的に骨が柔らかくなることを見出しました。一方、骨端部の血液幹細胞を可視化したところ、Type S 血管に接するように存在していること、さらに VEGF(血管内皮細胞成長因子)(注 5)の受容体の遺伝子改変マウスにより Type S 血管を欠失させたところ、その血液幹細胞が増殖できず、減少することを見出しました。


図 1. 骨の血管の全体像と Type S 血管

(A)大腿骨の血管の全体像。矢頭がこれまで切り捨てられてきた骨端部。

(B)骨端部の拡大図。血管周囲に骨の元になる細胞(骨芽細胞前駆細胞)が多数存在する。

(C)Type S 血管の模式図。他の血管と異なり、樹枝状の形態を呈する。




研究の意義・今後の展開


 本研究では、骨の血管の高精度な可視化により、これまで捨てられてきた骨の端に、ユニークな血管が存在することを見出し、この血管が骨の発生、造血に重要な役割を果たすことを解明しました。


将来的には、本研究で見出された分子メカニズムに関する解析をさらに進めることによって、「寝たきり老人」の原因として社会問題となっている、骨粗鬆症、大腿骨頸部骨折治療への応用が期待されます。




用語解説


(注 1)血液幹細胞:

造血幹細胞ともよばれる。主に骨髄の中に存在し(ストレス下では末梢血や脾臓に流出する)、血球をつくり出すもとになっている細胞。骨髄の中で盛んに細胞分裂を行い、赤血球・白血球・血小板を輩出するとともに、血液幹細胞自身は生涯にわたって自身が絶えないよう、自己複製を行いその数を一定に保っている。


(注 2)Type S 血管:

骨端部の骨化は、骨幹部、つまり骨の中央の幹の部分にくらべ遅れて硬化がすすむ。骨幹部の骨化の起点である一次骨化中心と対比して、その骨化の起点は二次骨化中心(secondary ossification center :SOC)と呼ばれる。この英語の頭文字である S をとって、Type S 血管と命名した。


(注 3)シングルセルトランスクリプトーム解析:

従来の遺伝子発現の網羅的解析(RNA シーケンシングなど)は、数万~数百万個の細胞の遺伝子を混合し、その発現を次世代シーケンス(NGS)法により解析するというものであったが、シングルセルトランスクリプトーム解析は一個一個の細胞の遺伝子発現を、同じく NGS を用いて調べる新しい技術であり、細胞間の遺伝子発現の違いや個々の細胞の異なる生態や類似性を把握し、細胞亜集団の動態を包括的に理解することができる。


(注 4)I 型コラーゲン:

ヒトの体に最も豊富に含まれるコラーゲン。ほとんどの臓器に存在するが、とくに骨や腱、皮膚に豊富に存在する。I 型コラーゲンはカルシウムと並んで、骨の 2 大成分の一つであり、骨にカルシウムを定着させる鋳型のような役割を果たす。


(注 5)VEGF: 血管内皮細胞成長因子(Vascular endothelial growth factor)

1989 年、Napoleon Ferrara らによって発見されたタンパク質。強力な血管に対する増殖作用を有し、生体内における血管の発生、伸展に必須の分泌性タンパク質である。遺伝学的に VEGF を欠損させたマウスでは体内に血管が全くつくられず、胎生初期に致死となる。

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