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健康を科学で紐解く シリーズ236  「ニューロンを新生、脳梗塞後の機能回復に成功」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


ダイレクトリプログラミングによりニューロンを新生、脳梗塞後の機能回復に成功 〜新たな神経疾患治療法開発に期待〜




研究発表のポイント


1.脳血管疾患はしばしば後遺症を起こし、介護が必要になる主たる原因疾患となっていま

 す。


2.本研究では、ミクログリア/マクロファージからニューロンへのダイレクトリプログラミ

 ングにより、脳梗塞モデルマウスでの損傷後の神経機能を回復させることに成功しまし

 た。


3.失われたニューロンを補充することができる、全く新しい神経疾患治療法の開発の一助と

 なることが期待されます。




概要


 脳血管疾患は、しばしば重度な後遺症を起こしたり再発したりして予後不良なことがあり、介護が必要になる、主たる原因疾患となっています。脳血管疾患の 7 割以上は脳梗塞であり、傷害された脳の修復には、失われた神経細胞(ニューロン)を補充するために新しいニューロンを生成することが理想的ですが、成体哺乳類の脳には限られたニューロン新生能力しか保持されていません。


 九州大学病院の入江剛史医員と同大学医学研究院の松田泰斗助教、磯部紀子教授、中島欽一教授らの研究グループは、脳内のミクログリア(※1)を直接ニューロンに分化転換すること(ダイレクトリプログラミング)が、脳梗塞の治療戦略として大きな可能性を持つことを明らかにしました。

本研究グループは、ミクログリア/マクロファージからニューロンへの直接分化転換により、脳梗塞モデルマウスでの損傷後の神経機能を回復させることに成功しました。

成体の局所脳虚血モデルマウスにおいて、ニューロンの消失が顕著であった梗塞中心部にミクログリア/マクロファージが集積しており、このミクログリア/マクロファージに神経誘導性転写因子 NeuroD1 を発現させると、既存の神経回路に機能的に組み込まれるニューロン(induced neuronal cell : iN 細胞)への分化転換が可能になりました。

さらに、NeuroD1 を介した iN 細胞の生成は、局所脳虚血モデルマウスの神経機能を著しく改善し、この細胞を除去すると、得られた機能回復が無効となりました。このように、ダイレクトリプログラミングによって新生されたニューロンが直接寄与し、脳梗塞後の機能を回復できることが明らかになりました。


【概略図】脳梗塞後の直接分化転換による神経機能回復

NeuroD1 は、局所脳虚血モデルマウスの梗塞巣において、ミクログリア/マクロファージをニューロン(iN細胞)に転換し、脳梗塞後の機能回復に大きく寄与する。




研究の背景と経緯


 脳血管疾患は、しばしば重度な後遺症を起こしたり再発したりして予後不良なことがあり、介護が必要になる原因疾患の第 2 位(寝たきりに相当する要介護 5 では第 1 位)となっています(2022 年国民生活基礎調査の概況 厚生労働省)。

脳血管疾患の 7 割以上は脳梗塞であり、障害された脳の修復には、失われたニューロンを補充するために新しいニューロンを生成することが理想的ですが、現在、脳梗塞治療に関して細胞移植などにより失われたニューロンを補充するような根本的治療法は確立していません。近年、特定の転写因子遺伝子を導入することで、本来は神経活動を行わない細胞からニューロン(induced neuronal cell : iN 細胞)を産出する直接分化転換法 (ダイレクトリプログラミング)が開発されました。この方法を利用し、脳や脊髄の損傷部周辺に存在するアストロサイトをニューロンへと直接分化転換する方法が報告されていますが、新たに作製・供給されたニューロンの数が少ないなどの問題点から、運動機能の回復に乏しく、iN 細胞が直接回復に寄与した報告はありません。

それに対し、虚血後に死細胞を除去するために神経組織損傷部に集積する、免疫担当細胞ミクログリア/マクロファージを直接ニューロンへと転換することができれば、神経機能回復につながる可能性があると着目しました。ミクログリアは、成体脳において高い増殖・再生能を維持しており、枯渇することがないことが分かっているため、分化転換のための材料細胞としても最適と考えられます。




研究の内容と成果


 局所脳虚血処置の MCAO モデル(※2)の成体マウスにおいて、脳虚血後 7 日の線条体(※3)内に、ニューロンの消失が顕著であった梗塞中心部にミクログリア/マクロファージの集積を認めました(図1)。

そこで、ニューロン誘導性転写因子 NeuroD1 を発現させるレンチウイルス(※4)を梗塞巣に投与すると、ミクログリア/マクロファージから iN 細胞への分化転換が誘導され(図 2)、既存の神経回路に機能的に組み込まれることがわかりました。また、このような新生ニューロンが補充されることで脳虚血後 8 週でのニューロン損失領域が非治療群と比較して減少していました(図 3)。さらに、NeuroD1を介した iN 細胞の生成は、局所脳虚血モデルマウスの神経機能を著しく改善し、iDTR マウスを(※5)用いてこの iN 細胞を除去すると、得られた機能回復が無効となりました(図 4)。このように、ダイレクトリプログラミングによって新生されたニューロンが直接寄与し、脳梗塞後の機能を回復できることが明らかになりました。


【図 1】脳虚血後、ミクログリア/マクロファージは虚血部位へ集積する


MCAO 後 7 日 の 線 条 体 内 に 、DARPP32 陽性ニューロンが欠損している梗塞中心部に、Iba1 陽性ミクログリア/マクロファージが集積している。GFAP 陽性アストロサイトがその周辺部に存在している。











【図 2】NeuroD1 発現により虚血部位でミクログリア/マクロファージは線条体投射

    ニューロンへ分化転換する

MCAO 後 7 日にミクログリア/マクロファージに NeuroD1 を強制発現させる(図左、EGFP 陽性細胞)と、線条体投射ニューロンのマーカーである DARPP32 を発現する、線条体ニューロン様細胞へと分化転換していく。パッチクランプ法を用いた線条体 iN 細胞の細胞膜電流測定 (図右) を実施すると、iN 細胞は神経活動を行っていることがわかった。



【図 3】NeuroD1 発現によりニューロン損失領域が減少する

NeuroD1 をミクログリア/マクロファージに発現させると (左図下)、DARPP32 陽性の線条体 iN細胞が増加するため、梗塞領域が減少する (左図白点線、右グラフ)。



【図 4】ニューロンへの分化転換により脳梗塞後の機能が改善する

MCAO 前と後 1 週間毎に尾懸垂テスト、コーナーテストで機能評価を行った。処置前の全群、MCAOのない Sham 群が示すように、障害がなければ左右差のない 0.5 前後の値を示し、障害が強くなるるほど 1 に近づく。MCAO+ND1 群は MCAO+コントロール群と比べて、MCAO 後に増悪した尾懸垂テスト、コーナーテストの改善を認めた(上図)。iDTR マウスで MCAO を起こし、iN 細胞にジフテリア毒素受容体を発現させ、脳梗塞機能改善後にジフテリア毒素(DT)を投与して iN 細胞を除去したところ、改善していた尾懸垂テスト、コーナーテストが再び悪化した(下図)。




今後の展開


 成体マウスにおいて、ダイレクトリプログラミング(直接分化転換)法により、失われたニューロンを速やかに補充することができる、全く新しい神経疾患治療法が示されました。

しかし、ヒトミクログリアを NeuroD1 でニューロンへと直接分化転換できるかどうかは不明です。これまでヒト線維芽細胞からニューロンへの分化転換では、マウスの場合と同じ転写因子の発現でも効率は悪いものの誘導できること、さらに1つの転写因子の発現を追加すればその効率を上げられることが報告されていることから、NeuroD1 単独あるいは他の因子との組み合わせで効率の良い分化転換が可能になるのではないかと考えています。

本研究では、ゲノムに外来遺伝子が挿入されるレンチウイルスを使用しています。これに関しては、マウス、非人類霊長類での実験で安全性の確認を行い、問題があった場合、ゲノム非挿入性のウイルス(例えばセンダイウイルスや AAV など)への変更も検討する必要があります。

また、本研究は脳虚血後 7 日に治療介入を行いましたが、それ以降の慢性期でも治療効果が得られるかみていきたいと考えています。




用語解説


(※1) ミクログリア

グリア細胞の 1 種で脳内では唯一の免疫担当細胞。脳内・脳外の環境変化に非常に敏感で、それらを感知すると即座に大きく変化して、病気の発症や進行を先導する役割を果たしている。ミクログリアは、成体脳において高い増殖・再生能を維持しており、枯渇することがないことが分かっている。ただし、発現している遺伝子は別の免疫細胞マクロファージと非常に似ているため区別が難しく、ここではミクログリア/マクロファージと記載している。


(※2) MCAO モデル

局所脳虚血モデル。血管内閉塞法で右中大脳動脈起始部を 30 分間閉塞させる局所脳虚血処置により作製した。


(※3) 線条体

脳領域の 1 つ。成体脳において、この領域では、通常新しいニューロンはほとんど産生されない。


(※4) レンチウイルス

自己複製(ウイルス粒子)能力を欠いた遺伝子組み換えレンチウイルス粒子。非分裂細胞を含むほぼ全ての哺乳動物細胞やモデル動物全体に遺伝子を導入し定常発現させる上で最も効果的な媒体の1つ。


(※5) iDTR マウス

Cre 誘導下で細胞特異的にジフテリア毒素受容体(DTR)を発現させるトランスジェニックマウス。ジフテリア毒素を投与することによって DTR 発現細胞を特異的に破壊することができる。

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