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健康を科学で紐解く シリーズ237  「プリン代謝を介した脳発生制御機構を発見」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


プリン代謝を介した脳発生制御機構を発見

神経発生過程における二つのプリン合成経路の時空間的制御機構の解明




発表のポイント


1.正常な脳発生には、胎生期におけるde novoプリン合成経路の活性化が重要であることを

 明らかにした。


2.de novoプリン合成を阻害すると、mTORシグナル経路が抑制され、前脳特異的な脳奇形

 を引き起こすことを発見した。


3.プリン代謝による脳発生機構の解明が、様々な疾患の病因追究に寄与すると期待される。




概要


 早稲田大学人間科学学術院 修士課程2年の水越 智也(みずこし ともや)氏、山田 晴也(やまだ せいや)助教、榊原 伸一(さかきばら しんいち)教授による研究グループは、正常な脳発生に2つのプリン合成経路(de novoとsalvage)の厳密な制御が重要であることを明らかにしました。このプリン代謝制御による脳発生機構を解明することで、様々な疾患の発症原因追究に寄与すると期待されます。


 哺乳類は進化の過程において大脳皮質の容積の割合を飛躍的に増加させ、記憶等の高次脳機能を獲得してきました。本研究グループが着目したプリン※1はDNAやRNAの重要な構成要素であり、生物が活動するためのエネルギー供給源(ATP/GTP)でもあります。プリン代謝の異常は痛風のみならず、てんかんをはじめとする精神疾患や神経発達障害など、様々な疾患と関連することが知られています。しかし、プリン代謝が脳発生にどのように関係しているかは未だ不明な点が多くありました。


 本研究グループは脳発生の進行に伴い、駆動するプリン合成経路が切り替わり、初期の大脳皮質形成にはde novo経路の活性化が非常に重要であることを発見しました。また胎生期にプリン合成を阻害するとmTORシグナル経路※2の低下を介した前脳特異的な脳奇形を引き起こすことを明らかにしました(図1)。


図1: de novoプリン合成阻害はmTORシグナル経路活性低下を伴う前脳特異的脳奇形を

   引き起こす




これまでの研究で分かっていたこと


 哺乳類、とりわけヒトは進化と共に大脳皮質の容積の割合を飛躍的に拡大させ、思考、言語、記憶などの高次脳機能を獲得してきました。哺乳類の大脳皮質の形成には、時空間的に制御された神経幹細胞※3の増殖と、その後のニューロン産生が重要であることが知られています。全ての真核細胞のホメオスタシス維持に必須な分子であるプリンはDNAやRNA、ATP/GTPの原料です。プリンは脳の正常な発達に必須であり、その代謝異常は先天性てんかんや精神遅滞、レッシュナイハン症候群※4などの重篤な疾患を引き起こします。

哺乳類は新生(de novo)経路と再利用(salvage)経路の2種類のプリン産生経路を持ち、通常時はエネルギーコストの低いsalvage経路が使用されますが、細胞分裂など多量に核酸を必要とする際は、de novo経路が駆動することが分かっています(図2)。しかし、脳の発達におけるプリン合成経路の時空間的な使い分けについては未だ明らかになっていませんでした。


図2: 哺乳類における二つのプリン合成経路




今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと


 本研究ではまず、「マウス脳において発生段階によって駆動するプリン合成経路が異なる」という仮説を検証しました。発生の各段階(胎生13日目〜生後12日目)のマウス大脳皮質に含まれるPAICS (de novo酵素)とHGPRT (salvage酵素)タンパク質の発現量を比較したところ、胎生期にはde novo経路が優位に駆動し、生後付近でsalvage経路に切り替わることが明らかになりました(図3)。


図3: 大脳皮質発生過程におけるプリン合成酵素の発現量




 続いて、空間的な使い分けを検証し、マウス脳内におけるプリン合成酵素群の局在を免疫組織化学染色で比較したところ、de novo酵素とsalvage酵素は異なる脳領域において発現が見られたことから、脳の発達段階及び特定の脳領域において、時間・空間的に2つのプリン合成経路の使い分けが生じている可能性を見出しました。

特定の時期におけるプリン合成阻害が脳の発達に及ぼす影響を調べるために、プリン合成経路の特定の酵素を標的とするいくつかの阻害剤を用いて実験を行いました。まず「de novo経路が胎生期に優位に駆動するということは胎生期に豊富に存在する神経幹細胞はde novo経路阻害の影響を受ける」という仮説を検証しました。我々はマウス胎児大脳皮質から単離した初代培養神経幹細胞に対してde novo経路、salvage経路を各々特異的に阻害する薬剤(Mycophenolate mofetil(MMF)、Forodesine)で処理を行い、チミジンのアナログであるBrdU※5の取り込み率により増殖性を評価しました。De novo経路を阻害した時のみ神経幹細胞の増殖性が著しく低下した結果(図4; 最下段中央パネルとグラフ右端)から、胎生期の大脳皮質拡大で中心的役割を担う神経幹細胞の増殖にはde novo経路が必要不可欠であるということが示唆されました。


図4: プリン合成阻害剤が初代培養神経幹細胞の増殖性に与える影響




 次に、マウスを用いて生体内でプリン合成阻害を行うと脳発生にどのような影響を与えるか検証するために、胎生初期における MMFの連続的な薬剤投与実験によるde novo経路阻害を行いました。野生型の脳では水平断面においてPax6陽性の神経幹細胞とDoublecortin (DCX) 陽性の幼弱なニューロンが綺麗な層構造を形成する一方で、de novo経路が阻害された個体は、大脳皮質の形成阻害、特に前頭葉の欠失が起こっており、Pax6の発現が見られない特徴的な脳奇形を生じさせました(図5;中段中央パネル)。また、この領域には本来下方に位置するはずのGsh2陽性の大脳基底核原基※6が形成されていることが判明しました(図5;最下段中央パネル)。つまり、de novo経路阻害が与える影響が脳部位ごとに異なることから、プリンの感受性は後頭葉から前頭葉にかけて濃度勾配があり、2つの経路の使い分けが脳領域によって異なることを示すことができました。


最後に、このde novo経路阻害による脳奇形の分子メカニズムとして、タンパク質合成を担うmTORシグナル経路に着目しました。mTORシグナル経路には4E-BP1/eIF4E とS6K/S6という二つの下流経路がありますが、de novo経路の阻害によって脳奇形が生じた個体ではS6K/S6経路が著しく抑制されていることを発見しました(図5;右図)。


図5: de novo経路阻害はmTORシグナル経路の抑制を介した脳奇形を引き起こす


 そこでmTORシグナル経路を活性化する薬剤(MHY1485)をde novo阻害剤と併用したところ、de novo経路阻害による脳奇形は生じませんでした(図5;右列パネル)。この結果から、de novoプリン合成は、mTORC1/S6K/S6シグナル伝達経路の時空間的制御を介して大脳皮質の発達を制御しているということが示唆されました。




今回の研究で得られた結果および知見


 本研究では、脳発生の進行に伴いプリン合成経路が切り替わることと、その制御の崩壊はmTORシグナル経路の抑制を介して脳奇形を引き起こすことを明らかにしました。

本研究で明らかにした大脳皮質におけるプリン合成経路の時空間的制御の解明は、進化の過程で巨大な大脳を獲得した哺乳類に特有の高次脳機能を司る分子メカニズムの一端および、その破綻から起きる精神疾患や神経発達障害の追究に寄与できると期待されます。

さらに、プリン代謝の異常による疾患は種々のがんとの関連も報告されています。細胞外環境に依存するプリン合成経路の切り替えは、神経幹細胞だけでなく、がん幹細胞や他の組織幹細胞にも存在する可能性があります。今後、抗がん剤をはじめとする創薬開発にとって貴重な視点を提供することが期待されます。




今後の課題


 今回、脳の発生が進むにつれて、de novoからsalvageへのプリン合成経路の切り替えが起こることが明らかになりましたが、経路の切り替えを促進する要因や、de novoプリン合成阻害剤による脳奇形の詳細な分子メカニズムは未だ不明な点が多くあります。

これらの謎を明らかにしていくことが、今後の研究課題になると考えられます。




研究者のコメント


 本研究は早稲田大学の研究グループ(山田先生、水越氏)の協力により論文にすることができました。プリン代謝異常による疾患の多くは原因が不明であり、治療法もその多くが対症療法であり限定的です。


本研究は、de novoプリン合成経路はmTORシグナル経路を制御し、初期胚の大脳皮質形成において重要な役割を果たしていることを明らかにしたことで、今後の脳発達に関わる基礎研究のみならず、臨床的な観点からも社会的な意義は大きいと考えています。(榊原)




用語解説


※1:プリン

アデニンやグアニンなどを代表するプリン骨格も持つ物質であり、尿酸まで代謝されて排出される。核酸の構成材料や酵素反応のエネルギー源として有名だが、プリン作動性受容体を介した細胞外シグナル伝達にも関与し、細胞遊走、アポトーシス、増殖・分化などホメオスタシス維持のために様々な細胞機能を制御している。


※2:mTORシグナル経路

セリン/スレオニンキナーゼで、タンパク質合成、オートファジー、脂質合成、ミトコンドリア代謝をはじめとする数多くの細胞内プロセスの制御を通して細胞の機能調節をしている。mTORC1シグナル伝達にはタンパク質の合成に不可欠な役割を持つ2つの下流カスケード(4E-BP1/eIF4E とS6K/S6)が存在する。


※3:神経幹細胞

胎生期に豊富に存在し、細胞分裂を繰り返す自己増殖能と多数のニューロンを生み出す多分化能を持つ細胞で、脳の発生において中心的役割を担う。生後においても一部の神経幹細胞は海馬歯状回や側脳室周囲に存在し、生涯にわたりニューロン産生を行うと考えられている。


※4:レッシュナイハン症候群

Salvage経路の酵素であるHGPRT遺伝子が先天的に変異していることで引き起こされ、症状としては高尿酸血症、ジストニア、発達遅延に加えて強迫的な自傷行為が特徴である。しかし、詳細な発症メカニズムについてはまだ不明であり、根本的治療法は確立されていないのが現状である。


※5:BrdU

核酸の一種であるチミジンと類似した構造を持つ物質であり、細胞周期S期の複製中にチミジンの代わりにDNAに取り込まれる性質を持つ。その性質を活かし、増殖性細胞の検出ツールとして用いられる。


※6:大脳基底核原基

終脳の腹側に位置し、将来の大脳基底核(線条体や淡蒼球など)を形成する脳領域。GABA作動性の抑制性ニューロンを生み出し、生み出された細胞は接線方向に移動して大脳基底核に入り込む。大脳基底核の機能異常はパーキンソン病やハンチントン舞踏病などを代表する重篤な運動機能障害を引き起こす。

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