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健康を科学で紐解く シリーズ238  「リズムに乗って軽運動を楽しめると脳の前頭前野機能を高める運動効果が促進される」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


リズムに乗って軽運動を楽しめると

脳の前頭前野機能を高める運動効果が促進される




 グルーヴ感を生み出すリズム(グルーヴリズム、GR)に対して親和性が高い人は、脳の前頭前野の実行機能と前頭前野背外側部(DLPFC)の活性化が、通常の軽運動時よりも促進されることが分かりました。楽しくて効率的に脳機能向上効果を得られる「豊かな運動」の提案につながる成果です。


 ノリの良い音楽を聴くと、ヒトは楽しさや興奮が増し、リズムに合わせて思わず身体を揺らしてしまいます。リズムに合わせて身体を動かしたくなるこの感覚は、グルーヴ感と呼ばれています。

有酸素運動は、軽い負荷(低強度)であっても脳の前頭前野背外側部(DLPFC)を刺激し、実行機能(注意・集中・判断など)を高めます。本研究チームは昨年、グルーヴ感を生み出すリズム(グルーヴリズム、GR)に対して親和性が高い人は、GR を聴くだけで前頭前野の実行機能が高まることを明らかにしました。そこで、GR を運動に合わせれば、運動の楽しさや脳への有益性をもっと引き出せるのではないかと考え、その効果を検討してきました。


 本研究では、18~26 歳の健康な男女 48 人の参加者に、GR に合わせた超低強度の有酸素運動を3分間実施してもらいました。その結果、運動中に「身体がリズムに共鳴している」と感じるとともに、「興奮が高まった」という参加者では、前頭前野の実行機能と左 DLPFC の活性化が通常の超低強度運動時よりも促進されることが分かりました。音楽を嗜好品として考えれば、理にかなった結果かもしれません。


 日本における運動習慣者の割合は3割弱とされており、誰もが自然に取り組める運動プログラムの開発が急務となっています。本研究成果に基づき、グルーヴリズムに合わせた運動の効果を検証することで、楽しくて意欲的かつ効率的に脳機能向上効果を得られる「豊かな運動」の提案につながることが期待されます。




研究の背景と目的


 軽い強度であっても、有酸素運動には前頭前野の機能を高める効果が確認されています。それにもかかわらず、習慣的な運動実施は低調です。このような課題を解決するには、短時間で効率的に効果が得られ、継続して取り組みたくなるような運動条件を検討する必要があります。

本研究チームは、好きな音楽を聴きながら運動し、ポジティブな気分が高まると、運動が前頭前野の実行機能注1)を高める効果が向上する可能性を見出しました(1)。さらに、聴くと身体を動かしたくなるグルーヴリズム(GR)は運動と相性が良いことに注目し、その効果検証を進めてきました。

「グルーヴ感」は音楽業界で曖昧に共有された感覚でしたが、2006 年に「音楽を聴いて身体を動かしたくなる感覚」がこの感覚をよく表すとした研究が発表されて以降(2)、多くの研究でこれが定義として活用されるようになりました。その後、どのような要因がグルーヴ感を高めるのかについても研究がなされ、拍の顕著性、音の数の多さ、低音成分、シンコペーション注 2)、テンポなどが影響することが明らかとなりました。また、グルーヴ感が誘発される程度には個人差があること(3)、報酬系の一部である側坐核注 3)の神経活動は主観的な「グルーヴ感」と「ポジティブな感情」の両方のレベルと相関関係にあることが明らかとなっています(4)。そして、報酬系の活性化でみられる神経伝達物質の放出亢進は、前頭前野機能を賦活する可能性があります(5)。

これらを背景に本研究チームは、運動をせずとも、GR を聴いてグルーヴ感と認知的覚醒(頭がすっきりした)が共に高まった者では、左 DLPFC 神経活動と実行機能が高まることを明らかにしました(6)。

このように、GR の効果には個人差があるものの、心理的反応を介して前頭前野神経活動を亢進し、実行機能を高める点は運動効果の機序と共通しています。また、運動継続が困難な理由として「時間がない」ことが挙げられること、GR を用いた効果は飽きが生じると減弱してしまう可能性を考慮すると、より短時間の運動効果に関心が集まります。つまり、GR と短時間の運動を組み合わせることで、前頭前野実行機能を効率的に高められる可能性がありました。

そこで本研究では、GR に合わせて超低強度運動を行った場合とコントロール音に合わせて運動を行った場合とを比較し、実行機能とそれに関連する左 DLPFC の神経活動が向上するかどうかを、GR に合わせた運動に対する心理的反応の個人差に着目して検証しました。




研究内容と成果


 本研究は、GR に合わせた 3 分間の超低強度運動が実行機能と前頭前野神経活動にもたらす効果を検証しました。若齢健常成人 48 人 (18~26 歳)を対象としました。事前に体力テストを行い、参加者それぞれの有酸素能力に応じて超低強度(30%V.O2peak 注 4))を設定し、リズムに合わせて 3 分間の自転車漕ぎ運動をしてもらいました。低~中程度のシンコペーション度数のドラム音楽をグルーヴリズム(GR)として使いました。コントロール音刺激としては、ホワイトノイズのメトロノーム (WM) を使用しました。

運動前後に、実行機能を評価するカラーワードストループテスト注 5)を実施し、その時の左 DLPFC 神経活動を機能的近赤外分光法 (fNIRS)注 6) を用いて測定しました。個人差の影響を検討するため、類似した特徴を持つ集団をグループ化する方法としてクラスター解析注 7)を用いました。また、複数の変数間の関係性をみる方法としてパス解析注 8)を用いました。

全参加者を対象にした解析では、グルーヴ感の向上、ポジティブな心理状態の向上がみられたものの、実行機能や左 DLPFC 神経活動には効果がみられませんでした。続いて、リズムに合わせて運動する事前の練習で、期待した練習効果(リズムとの同調感の向上)が得られなかった者(「Negative practice effect」グループ)を除いた上で、グルーヴ感と心理状態のそれぞれのカテゴリーで最も実行機能への効果に影響が大きかった「身体がリズムに共鳴しているように感じた」と「興奮した」を用いてクラスター解析を行い、二つのグループに分けました。その結果、「身体がリズムに共鳴しているように感じた」と「興奮した」が両方とも高かった「GrooveEx-familiar」グループの参加者は、GR に合わせた運動により、実行機能と左 DLPFC 神経活動が高まりました(図1)。反対に、「身体がリズムに共鳴しているように感じた」と「興奮した」が両方とも低かった「GrooveEx-unfamiliar」グループの参加者は、GR に合わせた運動により、実行機能が低下しました。さらに全体のパス解析により、身体とリズムの同調感と興奮が高まるほど左 DLPFC 神経活動と実行機能向上効果が高まる関係を確認できました(図2)。

これらの結果から、GR に合わせた運動(GR+運動)が実行機能と左 DLPFC 神経活動にもたらす効果の規定要因として、GR+運動に対する心理的反応(同調感や興奮)が影響力を有することが初めて明らかとなりました。GR はリズムと身体動作の同調を促し(7)、ポジティブな感情や報酬系を活性化すること(4)が知られています。「GrooveEx-familiar」グループの参加者は、リズムと身体動作の同調が成功し、興奮の大きな高まりとともに報酬系が活性化されたことで、前頭前野機能が高まった可能性があります。反対に、「GrooveEx-unfamiliar」グループの参加者は、リズムと身体動作の同調がうまくいかず、リズムをとることに余計な注意を強いられ、認知的に疲労してしまった結果、実行機能が低下してしまったのかもしれません。


図1 グループごとにみた効果

主観的なリズムとの同調感と興奮が両方とも高まった GrooveEx-familiar グループでは、グルーヴリズムに合わせた運動は実行機能と左 DLPFC 神経活動を高めました。各グループ内条件間で対応のある t 検定を行いました (ホワイトノイズ運動条件(WMEX), グルーヴリズム運動条件(GREX))。ΔStroop RTinterference は、ストループ干渉時間の変化量(運動後―運動前)を表し、正の値は音刺激を聴いた後のストループ干渉時間の延長(つまり実行機能の低下)を、負の値は短縮(つまり実行機能の向上)を表します。



図 2 変数間の関係性(パス解析)

「身体がリズムに共鳴しているように感じた」、「興奮した」が高いほど(低いほど)、左 DLPFC 神経活動や実行機能が高まる(低下する)という関係が確認できました。示されている変数は全て条件間の差分 (グルーヴリズム運動条件-ホワイトノイズ運動条件)です。




今後の展開


 本研究により、グルーヴリズム(GR)に合わせた超低強度運動が前頭前野機能にもたらす効果には個人差があり、親和性が高い人では、超低強度運動による前頭前野機能への効果を GR が高めることが明らかとなりました。今後は、リズムと身体を同調する能力など、個人差を生む潜在的な要因の影響や、リズムと同調しやすい運動形態の検討が望まれます。こうして得られた知見を基に、GR に合わせた運動の効果を検証していくことで、脳機能の向上効果を引き出す「豊かな運動」条件の一つとして、GR の活用が促進されることが期待されます。




用語解説


注1)実行機能


目標を達成するために思考や行動を制御する高次認知機能。充実した社会生活を送る上で欠かせない機能で、抑制、ワーキングメモリ、シフティングという下位機能から構成される。


注 2)シンコペーション

 

一定間隔のリズム(拍)に対し、音が鳴るべきところで鳴らさなかったり、弱い音がくると予期されるところで強い音を鳴らしたりする、いわゆる”ずらし”の技法。シンコペーション度数として数値化することができ、中程度の時に最もグルーヴ感を高めやすいとされる。リズムの複雑度も表す。


注 3)側坐核大脳基底核の線条体の腹側に位置する。報酬や快感を得た時に活性化する報酬系の一部として、神経伝達物質の一つであるドーパミンを放出する。


注 4)30%V.O 2peak


V.O2peak(最高酸素摂取量)は最大有酸素運動時の酸素摂取量(単位時間当たり)の最高値を表す。全身持久力、有酸素能力の指標であり、個々人で異なる。体力テストで測定した個々人の V.O2peak の何%の強度かを表すことで、相対的な運動強度を設定することができる。アメリカスポーツ医学会の定義によると30%V.O2peak で実施する運動は超低強度運動 (very-light intensity exercise) に該当する。


注 5)カラーワードストループテスト


実行機能のうち抑制機能を評価する認知テスト。さまざまなバリエーションがあるが、本研究で用いたテストでは、上段には色がついた文字や記号が、下段には黒字で色の名前が表示され、上段の色と下段の色の名前が一致か不一致かを回答する。上段が文字でその色と意味が一致していない場合(例. あかと書いてあるのに青色で表示)は難しい課題で、認知的な葛藤が生じ判断が遅れる。この難しい課題の反応時間と上段が記号の簡単な課題の反応時間の差分をストループ干渉時間と呼び、実行機能の指標として用いられる。ストループ干渉時間が短いと実行機能が高いことを表す。


注6)機能的近赤外分光法 (functional near-infrared spectroscopy: fNIRS)


生体組織を透過する近赤外光を用いて局所の脳血流動態(酸素化/脱酸素化ヘモグロビン)を測定することで、認知テスト遂行に関連した脳の表層の神経活動を非侵襲的に評価する方法。他のニューロイメージング法と比べて身体的拘束が少なく、簡便に測定できるため、音刺激により生じた心理状態を損なうことなく測定ができる。


注 7)クラスター解析


量的変数を扱い、外的基準 (基準変数) がない場合に用いる分類法の一つで、似たものを集めて群(クラスター)に分ける方法。本研究では、クラスターの中心をランダムに設定し中心から各データの距離が最小となるようなクラスターを形成する方法である、k-means 法を用いた。


注 8)パス解析


複数の観測変数を用いて研究仮説を反映したモデルを構築することができる解析方法。共分散構造分析の一つであり、決まった型の分析に限らず、柔軟にモデルを構築できる特徴を有する。

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