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健康を科学で紐解く シリーズ240  「時差ボケからの回復には下垂体バソプレシンが鍵」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


時差ボケからの回復には下垂体バソプレシンが鍵

―時差ボケ治療薬の新規標的分子と部位の解明―




概要


 欧米へ海外旅行をすると時差ボケになります。これは、私たちの身体で生体リズムを生み出す体内時計が元の日本の時間を覚えているからです。


 今回、関西大学化学生命工学部山口賀章 准教授(研究当時:京都大学大学院約学研究科 山口賀章 講師)と岡村均 京都大学名誉教授(現:医学研究科研究員)らの国際共同研究グループは、視床下部 AVP と下垂体 V1b のシグナルが、体内時計の中枢である視交叉上核(SCN)の元の生体リズムの保持に貢献することを明らかにし、時差ボケからの体内時計の回復に重要な役割をすることを解明しました。


 SCN は、他の脳部位や末梢器官の細胞時計を調律し、体全体で調和の取れた、およそ 24 時間周期の安定した生体リズムを生み出します。本研究グループは、コンディショナルノックアウト(CKO)という、体内の一部の臓器や組織だけで標的とした遺伝子を欠損させる手法を駆使し、視床下部 AVP によって活性化された下垂体 V1b のシグナルが SCN のソマトスタチン細胞に作用し、生体リズムの頑強性を構築することを見出しました。


体内時計を司る生体リズムは、SCN で生み出される。室傍核の AVP によって活性化された下垂体のV1b は、SCN のソマトスタチン(SST)細胞に作用することで、明暗が急変動しても体内時計が時刻維持する頑強性を形成する。




背景


 海外旅行時に時差ボケになるように、生体の概日リズムは明暗時刻が急激に変動しても、もともとの時間を刻みつづけます。本研究グループは、既に SCN の主要な神経ペプチドであるアルギニンバソプレッシン(AVP)の受容体である V1a と V1b が、この体内時計の時刻維持の鍵となる分子であることを見出していました。しかし、これらの分子が体のどの部位でどのように働いているかは不明でした。




研究手法・成果


 研究グループは、体内時計の時刻維持に関わる 3 つの遺伝子である AVP、V1a、そして V1b の様々な部位における CKO マウスを作製し、それぞれがどの部位で時刻を維持するために機能しているかを調べました。マウスを飼育している明暗環境を、急に 8 時間前進させると、マウスでもヒトと同じく時差ボケを起こし、正常マウスは 10 日間で新しい明暗環境に再同調し時差ボケは解消します。このように明暗を前進させても、概日リズムには頑強性があるためすぐには再同調しません。ところが、SCN で AVP あるいは V1a を欠損させたマウスでは 5 日で再同調しました。これは、SCN の AVP と V1a が概日リズムの頑強性を構築し、すぐには再同調させないように働いていることを示します。一方で、SCN で V1b を欠損したマウスの再同調には 10 日間もかかるため、V1b は SCN ではなく他の部位で時刻維持のために働くことがわかりました。それではどこの V1b が機能しているのでしょうか? 研究グループは、内分泌ホルモンの司令塔として知られ従来は時差との関係は想定されていなかった下垂体で V1b を欠損したマウスが 4-5 日で再同調することを突き止めました。また、視床下部室傍核小細胞の AVP が下垂体の V1b を活性化しますが、この AVP を欠損したマウスも 5 日で再同調しました。つまり、室傍核の AVP によって活性化された下垂体の V1b が元の生体リズムの保持に貢献し、時差ボケからの回復を調節することがわかりました。さらに、SCN における遺伝子発現の網羅的解析により、下垂体の V1b シグナルは SCN のソマトスタチン(SST)細胞に作用すること、SST やその受容体である SSTR1 のノックアウトマウスも 5 日で再同調することが示され、下垂体の V1b は SCN のSST 細胞に作用することで、時差ボケを調節することが想定されます。




波及効果、今後の予定


 これまで生体リズムの多くの研究は、およそ 24 時間の周期をどのように形成するのかや、地球の自転周期と日々、少しずつズレていく体内時計をどのように時刻調整するのか、という 2 つの課題に取り組んできました。ところが、時差のような明暗時刻が大幅に急変する環境でなぜ、数日間もかかって体内時計が新たな明暗環境に対応していくのかの分子神経機構を解明したものはありませんでした。


 今回初めて、視交叉上核以外の神経内分泌機構が時差ボケの形成に関与することを明らかにしました。私たちの今後の目標は、この時差ボケ形成機構を分子レベルで完全に解明することで、今後のシフトワークに関連した病態を是正する創薬を推進したいと思っております。




研究者のコメント


 海外旅行時の時差ボケだけでなく、体内時計と合致しない時間に勤務するシフトワークは、ごく一般的になってきました。この体内時計と環境の時間の不一致による、うつ病や生活習慣病の増大が重要な健康問題に浮上しています。


本研究の成果により、下垂体から SCN への時刻維持シグナルを調整すれば時差ボケ状態を軽減できると考えられ、その探求を進めるとともに、下垂体から SCN への具体的なシグナル伝達機構を解明したいと思っています。




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