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健康を科学で紐解く シリーズ241  「カヘキシア(悪液質)に特徴的な代謝異常を同定」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


がん患者に多く見られる合併症の解明に前進

カヘキシア(悪液質)に特徴的な代謝異常を同定



ハイライト


1.食欲不振や体重減少…がんの深刻な合併症「カへキシア」の発症機序解明へ前進


2.がんカヘキシアでは肝臓のビタミンBを利用する酵素タンパク質が減少


3.がんカヘキシアの予防・治療法開発につながる発見




概要


1.カヘキシア(悪液質)は、がんや慢性心不全などの慢性疾患で生じる、食欲不振、体重や

 骨格筋量の減少を主な症状とする症候群です。多くの進行がん患者がカヘキシアを発症

 して「生活の質(QOL)」が大幅に下がり、約 2 割のがん患者では直接の死因になりま

 す。


2.カヘキシアは全身的な代謝異常と考えられていますが、発症の仕組みは未だに解明されて

 おらず、有効な予防・治療法も見つかっていません。


3.愛知県がんセンターがん病態生理学分野の青木正博分野長と小島康主任研究員、薬物療法

 部の室圭部長、慶應義塾大学先端生命科学研究所の曽我朋義教授らを中心とする共同研究

 グループは、がんカヘキシアの代謝異常について重要な発見をしました。


4.共同研究グループは、がんカヘキシアの肝臓では、重症度に比例してビタミン B の濃度

 が低下し、これを利用する酵素タンパク質の濃度も低下していることを見出しました。


5.これらの成果は、がんカヘキシアに対する新たな治療法や予防策を開発する土台となり、

 がん患者の QOL と生存率の向上につながることが期待されます。




研究の背景


1.がんが進行して食欲がなくなり、急激に体重や筋肉量が減る「がんカへキシア(悪液質)」

 は、患者本人はもちろん、家族、介護者にとっても大きな心理的衝撃となります。

 体力や筋力が低下しベッドから起き上がること、トイレまで歩くこと、服を着替える

 こと、食べ物を噛み、飲み込むことも困難になり、患者の生活の質(QOL)が著しく低下

 し、必要な治療が受けられなくなることもあります。

 カへキシアにより体が衰弱し死に至るケースはがん患者全体の 2 割に及び、がんの深刻

 な合併症の 1 つとなっています


2.食欲不振と体重減少については 2021 年、我が国において、食欲増進、体重増加の効果

 が確認されたアナモレリン(商品名エドルミズ)が、がんカへキシア治療薬として承認され

 るなど少しずつ成果が上がりつつあります


3.一方、がんカへキシアの本質であるとされる代謝異常の解明は遅れています。筋肉、そし

 て全身代謝の恒常性を保つ上で中心的な臓器である肝臓が果たす役割などカヘキシア発症

 のメカニズムを解明し、予防、治療法を確立することが期待されています。




研究内容と成果


 本研究では、がんカヘキシアにおける代謝変化の特徴を明らかにすることを目標にしました。様々な重症度のがんカヘキシアを発症する複数のマウスモデルの骨格筋と肝臓の代謝物を、慶応義塾大学先端生命科学研究所の曽我朋義教授らが開発したキャピラリー電気泳動質量分析法 6)により解析したところ、肝臓においてビタミン B7)であるナイアシン(ビタミン B3)8)とビタミン B69)の濃度が、カヘキシアの重症度と相関して低下していることを見出しました(図1)。


ナイアシンは NAD (nicotinamide adenine dinucleotide)に変換され、NAD は生体内の多くの酸化還元反応の補酵素として、さらに ADP リボシル化反応や脱アセチル化反応などの酵素反応の基質として重要な役割を担っています。肝臓で作られる NAD は、ニコチンアミド(nicotinamide)として末梢に送られ、全身の NAD 代謝の恒常性を保つのに役立っています。


 次に、質量分析装置を用いたプロテオーム解析 10)により、がんカヘキシアのマウスモデルの骨格筋と肝臓のタンパク質全体を解析したところ、カヘキシアを発症したマウスの肝臓でタンパク質濃度が大きく変動していることが分かりました。中でも、ビタミン B を利用する酵素タンパク質が、カヘキシアの重症度に応じて肝臓で幅広く減少していることを見出しました。さらにメタボロームとプロテオームの統合解析により、肝臓のナイアシン濃度とビタミン B6 濃度は、それぞれを利用する酵素タンパク質濃度と連動して減少することが分かりました。


肝臓には、メチル基(CH3)のやり取りなど、1 炭素単位 11)の合成や転移に関与する酵素が集中して多く存在しています。肝臓での 1 炭素単位の代謝に関与する化学反応系には、アミノ酸の一つであるグリシン 12)を中心とした反応系と SAM(S-アデノシルメチオニン)13)を中心とした反応系が組み込まれています。グリシンを中心した反応系は、主にビタミンBを利用する酵素タンパク質群により構成されていますが、SAM を中心した反応系ではビタミンBを利用する酵素タンパク質群は少ないという特徴があることが分かりました。そしてがんカヘキシアの肝臓では、カヘキシアの重症度に呼応してグリシン濃度が低下する一方、SAM 濃度は維持されていることを見出しました。


そして、がんカヘキシアマウスモデルの血液試料と愛知県がんセンター病院を受診された胃がん患者 14)の血液試料を解析しました。その結果、グリシンに関連する複数の肝臓由来代謝産物の血中濃度が両者で減少する傾向を認め、マウスモデルから得られた知見が、がん患者のカヘキシアにも当てはまることが分かりました。





今後の展望


 がんカヘキシアに伴う代謝異常の背後には、肝臓のビタミン B を利用する酵素タンパク質群が減少するという大きな特徴があることを見出しました。


今後は、ビタミン B を利用する酵素タンパク質がどうして減少するのか、その減少がカヘキシアの発症にどのように関与するのか、そしてこれらを増やすことがカヘキシアの予防や治療にどう寄与するかなどを調べていきたいと考えています。




用語解説


6)キャピラリー電気泳動質量分析法キャピラリー電気泳動により分離した代謝産物を質量分析装置に順次導入して分子量および分子構造の情報を取得する。キャピラリー電気泳動は極性を持つイオン性物質の分離に優れている。細胞内の主要な代謝産物の多くはイオン性物質であり、キャピラリー電気泳動質量分析法は効果的である。


7)ビタミン B水溶性ビタミンで、ビタミン B1、ビタミン B2、ナイアシン(ビタミン B3)、ビタミン B6、パントテン酸(ビタミン B5)、葉酸、ビオチン(ビタミン B7 )の 8 種類。ビタミン B は、大部分がタンパク質と結合して化学反応に関与する。


8)ナイアシン(ビタミン B3)生体で NAD (nicotinamide adenine dinucleotide)に変換される複数の物質の総称。NAD およびその誘導体であるNADP はプロトンのやり取りに関与する。


9)ビタミン B6ビタミン B6 は、アミノ酸を代謝する酵素の補酵素として用いられることが多い。


10)ロテオーム解析タンパク質を大規模に網羅的に解析すること。現在は質量分析装置を用いた方法がよく用いられている。


11)1 炭素単位(one carbon unit; C1 unit)メチル基、メチレン基などの炭素 1 個を含む残基の総称。DNA、タンパク質のメチル化など、1 炭素単位の転移反応は生体の恒常性に極めて重要。


12)グリシングリシンは、最も単純な構造のアミノ酸。神経系の情報伝達物質としても働く。


13)SAMS-アデノシルメチオニン(S-adenosyl methionine)の略称。メチル基を提供する代謝産物のひとつ。


14)胃がん胃がんや膵がんなどの消化器系腫瘍患者はカヘキシアを高頻度で発症する。

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