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健康を科学で紐解く シリーズ242  「動脈の硬さは血圧よりも脳小血管病に与える影響が大きい」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


動脈の硬さは血圧よりも脳小血管病に与える影響が大きい

~動脈スティフネスを指標とした脳卒中や認知症の予防へ~




どのような成果を出したのか


 自覚症状がなくても脳 MRI で検出される脳の小さな血管障害(脳小血管病注 1)は、脳卒中や認知症の危険因子であることが知られています。動脈の硬さ(スティフネス 注 2)の指標である脈波伝播速度(PWV)が血圧よりも脳小血管病との関連が強いことを世界で初めて明らかにしました。




新規性(何が新しいのか)


1.実臨床における動脈スティフネス測定の意義を明確に示しました。


2.脳卒中を起こしたことのない方の脳ドックデータを用いた解析により、PWV が高い群は

 血圧が高くなくても脳小血管病を多く有し、逆に、PWV が低い群は血圧が高くても脳小

 血管病が少ないことを明らかにしました。


3.脳小血管病の重要な危険因子と認識されている高血圧よりも動脈スティフネスの影響が

 大きいことを見出しました。




社会的意義/将来の展望


 脳卒中や認知症の予防には、単に血圧を下げるだけでなく、動脈スティフネスを治療ターゲットとした新たな治療法の開発が必要であることを示しました。


また動脈スティフネスは、特に 60 歳未満の中年期において脳小血管病と強く関連する可能性があるため、脳小血管病の早期発見指標として有用である可能性があります。




研究の背景


 脳小血管病は脳内の微小な血管の硬化などによって生じ、自覚症状がなくても脳 MRI で検出することができます。脳小血管病は将来的な脳卒中や認知症の発症予測因子と考えられており、加齢や高血圧で増加することがわかっていました。大きな動脈が硬くなり伸展性を失う「動脈スティフネス(動脈壁硬化)」が進行すると影響が末梢の微小血管に及ぶため、動脈スティフネスが脳小血管病と関連する可能性も知られていました。動脈スティフネスと高血圧は関連が強く、動脈が硬くなると血圧が上昇し、血圧が高くなると動脈はさらに硬くなるという『動脈スティフネス-高血圧』が密接に結びついた悪循環に陥り、その結果、脳小管病が生じると考えられていました。


しかし実臨床では、動脈の硬さの指標である脈波伝播速度(PWV)と血圧との関係において、正常血圧でも PWV が高い症例や高血圧でもPWV が低い症例が存在します。

そこで本研究では、血圧と動脈スティフネスの脳小血管病に与える影響の違いを解析しました。




研究の方法


 2013 年から 2020 年に沖縄県健康づくり財団で脳ドックを受け、PWV を測定した脳卒中の既往がない 1894 人を対象に観察的横断研究を行いました。脳 MRI で白質病変、微小出血、ラクナ梗塞、拡大血管周囲腔を評価し、いずれかを有する場合を脳小血管病ありとしました。正常血圧(120/80 mmHg)と PWV(14.63 m/s)を基準値とし、対象者を①血圧/PWV 両方低値群、②血圧のみ高値群、③PWV のみ高値群、④血圧/PWV 両方高値群、の 4 群に分けて脳小血管病との関連を調べました。




研究の結果


 調査した 1894 名のうち、718 名(38%)が脳小血管病を有していました。脳小血管病の有病率は、①血圧/PWV 両方低値群 22%、②血圧のみ高値群 24%、③PWV のみ高値群 56%、④血圧/PWV 両方高値群 55%で、血圧にかかわらず PWV 高値の 2 群で高いことがわかりました。この結果は、年齢、性別、従来の危険因子等で調整した多変量解析でも同様でした。サブグループ解析では、60 歳未満の対象者において特に PWV と脳小血管病の関連が強いことがわかりました。




社会的意義・今後の展開


 この研究の結果から、動脈スティフネスが脳小血管病に与える影響は血圧よりもインパクトが大きい可能性が示されました。これまでは高血圧対策が中心であった脳卒中や認知症発症の予防には、動脈スティフネスを治療ターゲットとした新たな治療戦略の開発が必要であると考えられます。また動脈スティフネスは、特に比較的若い危険因子の少ない人で脳小血管病を早期に発見できるマーカーになる可能性があります。さらに、動脈スティフネスの治療を行うことで長期的に脳卒中や認知症の発症を減らせる可能性があり、ひいては医療費の削減につながることが考えられます。研究グループは本研究に基づいて、脳卒中や認知症の早期診断法や新たな治療法の開発を進めてゆきます。




用語解説


注 1)脳小血管病: 脳 MRI 検査で白質病変、微小出血、ラクナ梗塞、脳室周囲腔拡大とし

  て認められる。脳卒中や血管性認知症の発症予測因子である。


注 2)動脈スティフネス: 動脈の壁が硬くなり伸展性を失うこと。動脈壁硬化ともいい、

  動脈内腔が狭くなる粥状動脈硬化とは区別される。一般的に脈波伝播速度(PWV)検査

  で評価し、「血管年齢」としても用いられている。


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