未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
真菌感染が誘導する急性膵炎の重症化メカニズムを解明
死亡率約20%の重症急性膵炎の新たな治療標的が明らかに
膵臓のCT画像(左:正常な膵臓、中:軽症急性膵炎、右:重症急性膵炎) 軽症急性膵炎では膵臓が腫大する。重症急性膵炎では膵臓周囲に液体が貯留し、膵臓が壊死に陥る。
近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)内科学教室(消化器内科部門)特命教授渡邉智裕と近畿大学大学院医学研究科医学系消化器病態制御学専攻博士課程4年大塚康生を中心とする研究グループは、真菌感染による急性膵炎の重症化メカニズムを明らかにしました。
重症急性膵炎※1 の患者数は、国内で年間約15,000人と推定され、死亡率は約20%にのぼります。重症急性膵炎には真菌感染が高い確率で起こることが知られていましたが、研究グループは、膵臓の免疫細胞が腸管から侵入した真菌を感知し、特定の分子が活性化されることで、急性膵炎が重症化することを突き止めました。
本研究により、その分子が重症急性膵炎の新たな治療標的として有望であることが明らかになりました。
本件のポイント
1.急性膵炎の重症化に、真菌の膵臓感染が引き起こす免疫反応が関係することを解明
2.LRRK2という分子の活性化により膵炎が重症化し、LRRK2の機能を低下させると膵炎が
軽症化することが明らかに
3.本研究成果により、真菌を介して活性化されるLRRK2を標的とした、重症急性膵炎の
新たな治療法確立に期待
本件の背景
急性膵炎は、飲酒・高脂肪食の摂取・胆石が主な原因で、通常十二指腸に分泌されて、消化酵素として働く膵液が膵臓内で活性化してしまい、膵臓を自己消化してしまう疾患です。急激な腹痛・背部痛が症状として挙げられ、国内の年間患者数は約8万人と推定されています。急性膵炎患者の約80%は良好に経過しますが、残りの約20%は膵臓の壊死や多臓器不全を併発して重症化し、その場合の死亡率は約20%と言われています。重症急性膵炎の発症メカニズムは完全には明らかになっておらず、治療法も開発されていません。
近年、急性膵炎が重症化する最大の原因として、膵臓への細菌や真菌の感染が報告されています。急性膵炎の患者では、病原体や毒素の侵入から腸管を守るバリア機能が低下するため、腸内細菌が膵臓に感染し、細菌感染が引き起こす免疫反応によって重症化することがわかっています。腸管バリア※2 機能の低下によりカンジダ菌などの真菌が感染した場合も、同様に真菌感染に伴う免疫反応により重症化する可能性が考えられますが、詳細なメカニズムは明らかになっていません。
本件の内容
研究グループは、真菌の感染により起こる免疫反応のなかでも、細胞内分子であるロイシンリッチリピートキナーゼ(LRRK2)※3 の活性化に着目しました。この分子は、細菌・真菌が感染した際に活性化されるタンパク質で、パーキンソン病やクローン病などの炎症性疾患の発症に関与していることが知られています。
まず、急性膵炎モデルマウスを用いて、LRRK2の機能を亢進あるいは低下させた場合に、症状がどのように変化するかを検証しました。その結果、LRRK2の活性化により膵炎が重症化し、逆に、LRRK2の機能を低下させると膵炎が軽症化することがわかりました。
さらに、LRRK2の機能を活性化させた膵炎モデルマウスを用いて、腸管内の細菌・真菌をそれぞれ除去した場合の症状を比較したところ、真菌を除去した場合にのみ重症化が顕著に抑制されることが分かりました。この結果から、膵臓が真菌に感染した場合、特に急性膵炎が重症化する可能性が示唆されました。また、LRRK2が活性化しているモデルマウスの膵臓では、細菌ではなく真菌の成分に反応して免疫反応が起こることも明らかになりました。
以上の結果から、膵臓に真菌が感染した際にLRRK2が活性化され、急性膵炎が重症化することが明らかになりました。
本研究成果により、真菌感染を介して活性化されるLRRK2を標的とした、重症急性膵炎の新たな治療法の確立が期待されます。
本件の詳細
研究グループは、自分たちの先行研究をもとに、セルレイン※4 という分子をマウスに繰り返し投与して急性膵炎を誘導しました。この急性膵炎モデルマウスに対して、まずはLRRK2を特異的に抑制する阻害薬を投与すると、膵炎を引き起こす炎症性サイトカイン※5 反応が低下し、急性膵炎が軽症化することが分かりました。また、全身の細胞にLRRK2が強く発現し、LRRK2の機能が活性化しているLRRK2トランスジェニックマウス(LRRK2 Tgマウス)に膵炎を誘導したところ、阻害薬投与の場合とは逆に、炎症性サイトカイン反応が増加し、急性膵炎が重症化することが判明しました。ここから、LRRK2の機能亢進と低下が、それぞれ膵炎の重症化と軽症化に関与することを発見しました。
膵炎の発症には、腺房細胞※6 と免疫細胞の両方が関わることが知られています。どちらの細胞のLRRK2が影響を及ぼしているかを検証するため、LRRK2 Tgマウスと野生型マウスを用いて骨髄移植※7 実験を行いました。その結果、免疫細胞であるマクロファージ・樹状細胞※8 のLRRK2が、急性膵炎の重症化に必須であることが分かりました。
さらに、急性膵炎の重症化に、細菌と真菌のどちらがより影響するか検証するため、腸管内の細菌と真菌をそれぞれ抗細菌薬と抗真菌薬で除去し、症状の変化を確認しました。その結果、抗細菌薬による細菌の除去はLRRK2 Tgマウスの膵炎の重症度に影響を与えず、抗真菌薬による真菌の除去により、膵炎は著しく軽症化しました。さらに、重症膵炎を発症したLRRK2 Tgマウスの膵臓のマクロファージ・樹状細胞は、細菌成分ではなく真菌成分に反応し、炎症性サイトカインを多く産生しました。
最後に、腸管の真菌叢の違いにより、LRRK2の機能が変化し、膵炎の重症化に影響しているかどうかを検討しました。次世代シークエンス解析により、野生型マウスとLRRK2 Tgマウスの真菌叢を網羅的に解析した結果、常在真菌叢のレベルでは大きな違いはなく、真菌叢の違いは重症化に影響しない可能性が高いことが明らかになりました。
重症急性膵炎には真菌感染が高い確率で起こり、真菌に対する免疫反応が重症化に大きな影響を及ぼすことが臨床的に知られていますが、これまではメカニズムが不明で、重症急性膵炎の治療法は確立されていませんでした。
本研究成果により、LRRK2を標的とした重症膵炎の予防・治療法の確立が期待されます。
重症急性膵炎の発症メカニズム
研究代表者コメント
渡邉智裕(わたなべともひろ) 所属:近畿大学医学部内科学教室(消化器内科部門)
職位:特命教授 学位:博士(医学)
コメント:良性疾患であるにもかかわらず、重症急性膵炎の死亡率は高いままです。本研究を通して、重症急性膵炎の病態解明と治療法開発に取り組んでいきたいと思っております。
用語解説
※1 重症急性膵炎:
アルコールや高脂肪食の摂取に伴い発症する、腹部救急疾患の膵炎が重症化したもの。膵臓だけでなく、多臓器に障害が及ぶ。腸内細菌や真菌の感染が重症化と関わることが知られている。
※2 腸管バリア:
腸管の粘液層や上皮構造が形成し、腸管の微生物を腸管外臓器に侵入させないようにするバリア機能。
※3 LRRK2:
細胞内分子の一つ。微生物に対する免疫反応・オートファジーなどに関わる多機能分子であり、LRRK2の遺伝子変異は、神経難病であるパーキンソン病や腸管難病であるクローン病の発症を引き起こす。
※4 セルレイン:
腺房細胞の表面にあるコレシストキニン(食後の胃酸、膵液、胆汁の分泌を制御する消化管ホルモン)受容体を活性化する小分子。
※5 炎症性サイトカイン:
主に免疫細胞が作る液性のタンパク質。免疫防御に働く一方で、過剰になると炎症を引き起こす。
※6 腺房細胞:
消化酵素である膵液を産生する細胞。正常な膵臓では規則正しく分布しているが、炎症や発がんの際は膵臓の腺房構造の破壊が起こる。
※7 骨髄移植:
移植を受ける患者に放射線照射を施し、骨髄由来の免疫細胞を破壊させたのち、ドナー由来の骨髄細胞を移植する手法。血液疾患で用いられるが、免疫学研究では、機能する細胞が骨髄由来免疫細胞か骨髄に由来しない上皮細胞かを決定するために用いる。
※8 マクロファージ・樹状細胞:
免疫細胞の一種。微生物を捕捉し、免疫防御に関わる。
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