未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
高齢骨格筋で筋幹細胞の数が減少するメカニズムを解明
〜NAD+添加によるミトコンドリア機能活性化が筋萎縮予防の鍵〜
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所遺伝子疾患治療研究部の本橋紀夫室長、峰岸かつら室長、青木吉嗣部長の研究チームは、加齢と共に骨格筋の幹細胞数が減少するメカニズムの一端を解明しました。さらにニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)の前駆体(注1)であるニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)投与によるミトコンドリア機能回復が筋幹細胞数の維持に貢献する事を発見しました。
本成果は社会問題であるサルコペニアの予防あるいは治療の鍵となる可能性を初めて示しました。
研究の背景
全身で最大の組織である骨格筋は、日常生活の身体活動に大きく関与しますが、傷害を受けた場合に再生をする、あるいは肥大・萎縮する能力を持っています。その中心的役割を果たしているのが、骨格筋に存在する筋幹細胞(注2)です。この細胞は、筋肉が壊れた際に増殖・分化をして新しい筋線維を形成して修復を行う、あるいは筋力トレーニングを行なった際に筋線維に動員されて筋肥大を助けます。したがって、筋幹細胞の数を維持することは、筋再生や筋肥大の能力を維持するためにも非常に重要です。
しかし、この筋幹細胞の数は加齢に伴って減少します。すると筋萎縮が進行して転倒等による受傷リスクが上昇し、さらに傷害を受けた筋の修復が遅延することで寝たきりに陥り、結果としてサルコペニアが進行すると考えられています。
興味深いのは、筋幹細胞数の減少は全身では均一には起こらず、加齢の影響を受けやすい部位と影響を受けにくい部位が存在するという事です。つまり、筋幹細胞の数を維持するためのヒントがそこに隠されていると考えました。
そこで本研究では、様々な筋肉(大腿四頭筋・前脛骨筋・ヒラメ筋・横隔膜・外眼筋)を由来とする筋幹細胞の機能特性を比較することで、筋幹細胞の数を維持するメカニズムを明らかにし、サルコペニアに対する予防・治療法の開発につなげる事を目指しました。
概要
骨格筋には収縮速度の違いによって分類された2種類の筋線維タイプ(速筋・遅筋)が存在します(注3)。私たちは以前に、それぞれの筋線維タイプに存在する筋幹細胞は異なる機能を持つことを見出しました(Motohashi et al., Cell Death Differ., 2019)。
本研究では、さらに様々な骨格筋から単離・培養した筋細幹胞を用いて遺伝子発現解析を行い、由来する骨格筋部位と筋幹細胞機能との関連について調べました(図1)。すると様々な骨格筋を由来とする筋幹細胞の遺伝子発現パターンはそれぞれ大きく異なる事が示されました(図2)。特に同じ速筋線維で形成される大腿四頭筋または前脛骨筋を由来とする筋幹細胞の遺伝子発現を比べますと、そのパターンは大きく異なることがわかりました(図2)。
すなわち筋幹細胞の能力は、各筋幹細胞が存在する筋線維タイプの影響は受けず、むしろ由来する筋組織によって異なる事がわかりました。
図1 様々な筋組織由来の筋細胞を用いた遺伝子発現解析
図2 組織由来が異なる筋細胞は遺伝子発現パターンが異なる
加齢に伴って筋幹細胞の数は多くの骨格筋で減少しますが、中には減少しにくい骨格筋部位も存在します。特にヒラメ筋は加齢の影響を受けにくい事が知られ、前脛骨筋と比べても明らかに筋幹細胞の数が維持されている事がわかります(図3)。そこでヒラメ筋および前脛骨筋由来の筋幹細胞を用いてプロテオミクス解析(注4)を行いました。その結果、ヒラメ筋由来の筋細胞ではミトコンドリア複合体を形成するタンパク質であるNdufs8 (NADH:Ubiquinone Oxidoreductase Core Subunit S8)が高く発現している事がわかりました。さらにNdufs8遺伝子発現は加齢に伴って減少することから(図4)、サルコペニアと関連する可能性が考えられました。
図3 ヒラメ筋は前脛骨筋に比べて筋幹細胞の数が減少しにくい
図4 Ndufs8遺伝子発現は加齢に伴って減少する
筋細胞にNdufs8遺伝子を過剰に発現させますと、1)ミトコンドリア形態が変化する, 2)筋細胞の細胞死が抑制される、さらに3)筋幹細胞の産生が促進される事が明らかとなり、筋幹細胞数の維持に関与する可能性が示唆されました(図5)。
図5 Ndufs8遺伝子の過剰発現によって、細胞死が抑制され、筋幹細胞が産生される
一方、筋細胞内でNdufs8遺伝子発現が低下すると、細胞内NAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)量が減少し、長寿遺伝子と呼ばれるSirtuinの活性が低下するため、結果としてp53タンパク質活性化による細胞死が誘導されることがわかりました(図6)。
そこでNdufs8発現が低下した筋細胞に対して、NAD+の前駆体であるNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)を添加すると、細胞内NAD+量が回復してp53タンパク質の不活性化され、その結果、細胞死が抑制され、培養条件下においてより多くの筋幹細胞が産生されました。さらにNMNを加えて培養した細胞をマウス骨格筋に移植すると、多くの筋幹細胞および筋線維を産生しました。すなわち、加齢した筋細胞に対するNAD+補充は、筋幹細胞数の維持に有効である可能性を示しました(図6)。
図6 NMNによるサーチュイン活性化は筋幹細胞の産生を促進する
今後の展望
本研究は加齢によって生じる筋幹細胞数減少のメカニズム解明に基づいた、サルコペニアの新しい治療法の開発につながる事が予想され、健康寿命の増進にも大きく貢献できると考えられます。近年では糖尿病を含む様々な疾患においても、筋幹細胞数の減少および組織内NAD+量の減少がこれまで報告されており、今回発見したメカニズムと同様の機構が関与している事が予想されます。
したがって本研究で得られた成果は、現在社会問題となっているサルコペニアのみならず、生活習慣病などの様々な疾患に対する予防・治療法開発の大きな手がかりとなることが期待されます。さらに骨格筋量は認知機能にも影響を与える可能性が指摘されており、この研究成果は様々な神経筋疾患の予防・治療開発に波及することを期待しています。
用語の説明
(注1)前駆体
ある物質について、その物質が生成される前段階の物質のことです。生体内取り込まれたNMNは、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)という補酵素へと変換され、エネルギー産生などを助けます。
(注2)筋幹細胞
骨格筋に存在する組織幹細胞のことであり、筋衛星細胞とも呼ばれます。筋線維と基底膜の間に存在しており、筋が刺激を感知すると増殖し、必要な箇所に移動して、筋の再生や肥大を助けます。
(注3)筋線維タイプ
骨格筋には速筋と遅筋の2種類が存在します。速筋は収縮力に優れ瞬発的な運動に適していますが、疲労しやすい性質があります。遅筋は、収縮力は遅いですが、持久的な運動に適しており、疲れにくい性質を持っています。
(注4)プロテオミクス解析
細胞や組織に含まれるタンパク質を網羅的に解析する方法です。
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