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健康を科学で紐解く シリーズ250  「大腸がん:骨髄が転移を促進?」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


大腸がん:骨髄が転移を促進?―新しい治療法への展望―




概要


 大腸がんは、男性で 2 位、女性で 1 位とがんによる死因の上位を占めています。その理由として、大腸がん全体の約 20%を占める、治療が難しく、転移しやすい、高悪性度大腸がんの存在が挙げられます。この高悪性度大腸がんは、腫瘍の中にがん細胞以外の組織や細胞(腫瘍間質)を多く含んでいるという特徴があります。


京都大学大学院医学研究科消化器内科の妹尾浩教授、中西祐貴助教、尾松万悠紀研究員らの研究チームは、がん細胞と腫瘍間質の相互作用に着目し、トロンボスポンジン-1(THBS1)というタンパク質が高悪性度大腸がんの転移形成において重要な役割を果たすことを発見しました。

さらに、この THBS1 が骨髄から呼び寄せられる細胞から分泌されていることを突き止め、骨髄が転移形成にとって重要であることを示しました。


THBS1 をターゲットとすることで、がんの転移を効果的に抑えることができる可能性があり、これにより転移を抑制する新たな治療法の開発への道が開かれることが期待されます。今後は、THBS1 の有望な阻害治療法の開発と、さまざまながん種への応用を検討していく予定です。





背景


 大腸がんは、患者数と死亡数が増加しており、新しい治療戦略開発の必要性が高まっています。予後が改善しない要因のひとつとして、高い転移能と治療抵抗性を持つ“悪性度が高い”大腸がんが全体の約 20%を占めていることが挙げられます。


このタイプの大腸がんは、腫瘍の中にがん細胞以外の組織や細胞(腫瘍間質)を多く含んでおり、腫瘍間質ががんの高悪性化に関わる可能性が示唆されてきました。ただし、腫瘍間質は様々な成分で構成されており、その多くが未だに解明されておらず、新しい治療戦略の開発につながる発見が限られているのが現状です。


今回の研究では、新たな治療標的を見つけるため、腫瘍間質内に存在する細胞外基質タンパク質であるトロンボスポンジン1(Thrombospondin-1: THBS1)に注目し、そのがん進展への影響を詳しく解析しました。




研究手法・成果


 最初に、ヒトの大腸がんの組織染色を行い、THBS1 が腫瘍間質で特異的に発現していることがわかりました。THBS1 の働きを理解するために、マウスの大腸がん細胞をマウスの大腸に移植することで、人間のがんの進展や転移を模倣するモデルを作成し、THBS1 の発現をなくしたマウス(THBS1 ノックアウトマウス)を用いて実験を行いました。この結果、THBS1 ノックアウトマウスの腫瘍では、肝臓やリンパ節への転移が抑制され、生存期間も改善することがわかりました。THBS1 ノックアウトマウスにできるがん組織を解析したところ、腫瘍内に活性化した免疫細胞(細胞障害性 T 細胞)が増えていることが明らかになり、このことが転移抑制の理由である可能性が示唆されました。この仮説を確認するため、免疫細胞を除去する実験を行った結果、再び転移が見られるようになりました。これにより、THBS1 は免疫細胞の働きを抑えることで転移形成を促進させることが明らかになりました。


さらに、THBS1 がどの細胞から分泌されているのかを解明するために、腫瘍内の個々の細胞の遺伝子発現データを分析しました。その結果、腫瘍内の骨髄系細胞の一種が THBS1 を最も多く発現していることがわかり、THBS1 の分泌源である可能性が示唆されました。骨髄系細胞は骨髄で発生し、その後腫瘍に移動する細胞です。骨髄移植により、蛍光色素で標識され、移動を追跡することができる骨髄細胞をもったマウスを作成し、腫瘍を形成させたところ、実際に骨髄系細胞が腫瘍内に呼び寄せられ、その細胞が THBS1 を発現しているということが確認できました。さらに、THBS1 ノックアウトマウスにおいて、正常なマウスの骨髄細胞を移植したところ、転移が再び見られるようになりました。このことから、骨髄から呼び寄せられる細胞が分泌する THBS1 が転移形成に重要であることが明らかになりました。治療の観点から、この骨髄由来細胞を誘導する因子を調べたところ、CXCL12 というタンパク質が THBS1 を分泌する細胞を誘導する作用を持つことを発見し、CXCL12 の阻害により転移を抑制できることを示しました。


今回の研究の結果から、大腸がんの転移における骨髄の重要性が明らかになり、さらに、THBS1 の阻害が癌の転移を抑える新たな治療法となる可能性が示唆されました。




波及効果、今後の予定


 転移の有無はがんの予後に大きな影響を及ぼします。遠隔転移を伴う場合、手術による根治治療が難しく、主に化学療法が用いられます。もし転移を予防できる手段があれば、手術できる患者の幅が増え、既存の治療法との組み合わせによる効果向上が期待できます。


今回の研究で、THBS1 をターゲットにする治療が新たな転移抑制法として有望であることを示し、大腸がんの治療戦略に新たな道を開拓しました。さらに、THBS1 は他の高悪性度のがん種でも強く発現していることが知られています。

このことから、本研究の成果は大腸がんだけでなく、他のがんにおける転移抑制治療法の開発にも応用できる可能性があります。


今後の展望としては、THBS1 の阻害法の有効な方法の開発と、様々ながん種への応用に向けた研究を進める予定です。




研究者のコメント


 がんは、早期に発見できない限りは根治が難しい病気です。特に、転移したがんの治療は限られており、多くの人の生命を脅かしています。


 本研究の成果が示すように、がんの進展には、がん細胞の働きだけではなく、全身的な反応が影響していることがわかってきました。このため、これからのがん研究においてはがん細胞そのものだけでなく、腫瘍間質やひいてはがん以外の場所にも視点を広げることで、より効果的な治療法の開発が可能になるのではないかと考えております。




用語解説


骨髄系細胞:単球、マクロファージ、樹状細胞、顆粒球など骨髄で発生する免疫細胞、骨髄

      移植: 元々あった骨髄を違うマウスの骨髄に入れ替えること




参考図表


左の図はヒト大腸がんでの THBS1 の免疫染色写真です。THBS1 が主に腫瘍間質で発現していることがわかります。右の図の上段は、大腸癌細胞をマウスの直腸に移植して腫瘍を形成したのち、腫瘍細胞を発光させて撮影した写真です。白色の矢印は原発巣、黄色の矢印が転移巣を示しています。腫瘍間質で THBS1 の発現をなくしたモデル(THBS1 ノックアウト)では転移形成が抑制されています。右の図の下段は、CD8 を染色することで腫瘍中の細胞障害性 T 細胞の割合を見ています。THBS1 ノックアウトでは細胞障害性 T 細胞が増えています。


大腸癌細胞をマウスの直腸に移植して腫瘍を形成したのち、腫瘍細胞を発光させて撮影した写真です。白色の矢印は原発巣、黄色の矢印が転移巣を示しています。THBS1 ノックアウトの骨髄細胞のみ THBS1 が発現できるようにすると、転移が再び出現するようになります。




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