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健康を科学で紐解く シリーズ251  「葉酸が口蓋裂の発症を予防する仕組みを解明」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



葉酸が口蓋裂の発症を予防する仕組みを解明

口蓋裂の個別化予防法の確立に期待




研究成果のポイント


1.マウスの口蓋形成において新たな分子経路を同定し、これを阻害すると口蓋突起の癒合不

 全による口蓋裂が発症することを発見


2.葉酸がこの分子経路の阻害による口蓋裂の発症を予防すること、それに関わる分子機構を

 解明


3.本研究成果を発展させ、個人の体質や病態に合わせた口蓋裂の発症に対する予防法の確立

 に期待




概要


 口蓋裂は様々な環境要因や遺伝要因による多因子性遺伝疾患であり、未だ、病態の発生のメカニズムは十分に理解されていません。一方、葉酸は、口蓋裂の発症を予防する可能性が示唆されていますが、その科学的根拠が十分に示されていませんでした。


 大阪大学大学院歯学研究科顎顔面口腔矯正学講座の山城隆教授・犬伏俊博講師らの研究グループは、マウスを用いて、Stat3シグナルの活性化とそれに伴うp63の抑制が口蓋突起の癒合に重要であること、このシグナルの不調が口蓋突起の癒合不全の一因であることをマウスモデルで明らかにしました。さらに、葉酸がStat3の賦活化を介してp63を抑制することで、口蓋突起の癒合不全の解消に寄与することが示されました(図1、2)。


本研究の成果より、口蓋突起癒合部のp63発現の発現制御に影響を及ぼす遺伝要因と環境要因を明らかにすることで、葉酸による口蓋裂のより効率的な個別化予防の実現に寄与することが期待されます。


図1. Stat3シグナルを阻害すると口蓋突起が接触しても癒合上皮は残存し、口蓋突起の癒合不全が生じます。葉酸を加えると癒合不全は解消します(矢頭)。


図2. 口蓋突起の癒合における、Stat3のリン酸化とp63分子の役割。A、口蓋突起が癒合する際、癒合予定部位において、Stat3のリン酸化が亢進し、p63の発現が抑制され、癒合部の上皮は消失し、突起の癒合が完了します。B、Stat3シグナルを阻害すると、癒合予定部の上皮のp63の発現が抑制されずに維持され、突起が接触しても癒合上皮は残存し、口蓋突起の癒合不全が生じます。C、葉酸はStat3シグナルを活性化し、癒合不全を解消します。D、p63のハプロ不全を導入しても、癒合不全は解消します。




研究の背景


 がんや生活習慣病における遺伝子診断が進歩し、様々な疾患の発症リスクが評価されるようになってきています。口蓋裂についても同様で、これまで口蓋裂を誘発する様々な環境要因や遺伝因子が明らかにされています。そのような状況から、今後、口蓋裂の発症リスクを評価する遺伝子診断が実施されるようになると予想されます。しかし、口蓋裂の発症リスクが同定されても、その変異やリスクに基づく予防策や対処法が確立されておらず、その整備が急務です。そのなかで、葉酸は口蓋裂を予防する可能性が示唆されていますが、その作用機序は未だに不明であり、臨床的な予防効果は十分に確立されていません。葉酸の口蓋裂の発症を予防する分子機序が明らかにされれば、遺伝要因や特定の環境因子を特定して、葉酸を用いた効果的な口蓋裂予防策の基盤が構築されることが期待されます。




研究の内容


 山城隆教授らの研究グループは、マウスにおいて、口蓋突起の癒合時に癒合部の上皮でStat3のリン酸化による、Stat3シグナルの活性化が亢進し、Stat3シグナルを阻害すると、口蓋突起の癒合不全による口蓋裂が発生することを発見しました。この癒合部においては、がん抑制遺伝子であるp63の発現が、癒合直前に抑制されるものの、Stat3のリン酸化が阻害されると、p63の発現が維持されました。そこで、p63のハプロ不全を導入すると、Stat3のリン酸化を阻害しても口蓋突起が癒合することが判明しました。また、葉酸は、Stat3シグナルを活性化することでp63の発現を抑制し、口蓋の癒合不全を解消することが明らかになりました。


これらの結果から、Stat3-p63経路は口蓋突起の癒合不全による口蓋裂の新たな分子機構であり、口蓋裂の発症を予防するための標的の一つとして明らかになりました。さらに、葉酸がp63の発現を抑制することで口蓋の癒合不全を解消し、口蓋裂の発症を予防する可能性が示唆されました。




本研究成果の意義


 本研究成果により、口蓋形成において特に口蓋突起の癒合を制御するStat3シグナルを介したp63の制御の分子機構が明らかになり、この分子経路が阻害されることで口蓋裂が生じることが判明しました。Stat3はこれまでに、口蓋裂の原因として知られているさまざまな分子に関与していることが知られています。一方で、口蓋裂の発症に関連する薬剤などが、Stat3シグナルに影響を及ぼすことが報告されています(図3)。そのため、Stat3-p63経路は、様々な原因によって生じる口蓋裂の少なくともその一部を説明する分子機構であることが示唆されます。また、葉酸はStat3によって活性化され、p63を標的にすることで口蓋突起の癒合不全の解消に寄与することが示されました。


今後、このStat3-p63経路で生じる口蓋裂の原因となっている遺伝要因と環境要因を明らかにすることで、葉酸による口蓋裂のより効率的な予防の実現が期待されます。


図3. 口蓋突起の癒合における、Stat3のリン酸化とStat3シグナルを活性化する遺伝要因と環境要因。癒合予定部位において、Stat3のリン酸化が亢進する。Stat3シグナルは、これまで口蓋裂を誘発することが報告されている多くの分子や薬剤などの環境因子によって、がんや免疫において活性化される。




用語説明


口蓋裂

口蓋裂は、口の中の天井部分である口蓋が、生まれつき完全に閉じていない状態を示します。口蓋は、鼻腔と口腔を隔てる役割を果たしています。口蓋裂があると、鼻腔と口腔がつながってしまい、鼻水や食べ物が鼻に逆流したり、発音に障害が出ることがあります。


Stat3

STAT3(signal transducer and activator of transcription 3)は、細胞内シグナル伝達に関与するタンパク質です。細胞内シグナル伝達は、細胞外から細胞内への情報伝達を細胞内の応答に結びつけるプロセスです。STAT3は、さまざまなシグナル伝達経路で活動し、シグナルを細胞核に伝達し、遺伝子の転写を促進することで、細胞の増殖や分化を制御します。


p63

がん抑制遺伝子であるp63は、上皮組織の形成において重要な役割を果たすタンパク質です。p63はp53ファミリーに属し、DNA結合ドメインを持つ転写因子であり、細胞の成長、分化、アポトーシス(細胞死)などのプロセスに影響を与えます。特に、胚発生過程において、体の表面にある上皮組織の形成や皮膚の表面にある硬い細胞である角化細胞の分化を促進します。


ハプロ不全

ハプロ不全とは、遺伝子の片方のコピーが機能しないため、正常な表現型を維持するのに十分な量の遺伝子産物が生成されない状態です。

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