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健康を科学で紐解く シリーズ252  「授乳中の3-4ヶ月児と母親の脳活動の同期を捉える」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


授乳中の3-4ヶ月児と母親の脳活動の同期を捉える

-母子愛着、言語発達との関係も示唆-




 慶應義塾大学文学部心理学研究室、ヒト生物学-微生物叢-量子計算研究センター(WPI-Bio2Q)の皆川泰代教授、同大学グローバルリサーチインスティテュートの森本智志特任助教、秦政寛特任助教らは、3-4ヶ月齢の乳児に対して親が授乳や抱っこなどの養育行動をしている際の脳活動を親子で同時計測し、授乳時に特定部位の脳活動が親子で同期していることを明らかにしました。

母親側では特に眼窩前頭と呼ばれる親子愛着に関与する脳部位が同期に強くかかわり、それら脳同期が強いほど、別途行った親子相互作用実験で観察された親子間の愛着指標やその後の2歳辺りでの子どもの言語発達が良好であったことなどが示されました。


 10 年ほど前から様々な社会場面(例、ゲーム、討論、授業)での複数者の脳活動同期について成人を対象に研究されてきました。これらの研究では円滑な協力行動や作業没頭時に脳活動の同期が得られることなどが示され、脳同期と他者理解を含む社会性との関係も示唆されてきました。しかし、乳幼児については、限られた研究しか行われていません。


本研究は3-4ヶ月児という発達初期の乳児でも既に母親との相互作用において、他者と協調する発達初期の脳内基盤が構築され始めていることを示唆します。脳活動とその他の行動や発達特徴の関係の解析からは、親子脳同期に親子愛着が関与し、そのような同期の強い親子間の良好なコミュニケーション関係によって子どもの言語発達が促進されることが推察されました。




研究のポイント


1.円滑で良好な他者との相互作用時に動作ばかりでなくお互いの脳活動が同期*注 1 すること

 が知られています。


2.この研究では 3-4 ヶ月乳児 87 名(その内 16 名は自閉症を有す可能性がある乳児群)と

 その母親が授乳や抱っこをしている養育時の脳活動を親子で同時計測しました。


3.授乳条件時に愛着に関わる脳部位などで親子の強い脳の同期がみられました。脳の同期の

 強さが強いほど、親子愛着の指標ばかりでなく、その後の言語発達の指標が高まることが

 示されました。


4.自閉症を有す可能性のある乳児群とそうでない群では脳の同期特性に違いはありませんで

 した。


5.相互作用時の脳同期は社会的動物であるヒトの社会性の特徴とも考えられますが、乳児期

 に既にその萌芽が親に対して見られ、その先の発達に関与することが初めて示されまし

 た。




研究の背景


 人と人との相互作用において波長が合う、あるいは一体感を得るという言い方をしますが、実際に円滑な協調作業や共感性が高まっているときに動作や身体状態(例、心拍や呼吸)の同期ばかりでなく、脳活動が同期することが知られています。また自閉スペクトラム症を持つ成人ではこのような同期が得られにくいことも報告されています。しかし、これら脳の同期現象の発達変化やその個人差についてはまだ多くのことが明らかになっていません。


一方で、乳児と親との親子関係はヒト乳児が初めて人間の相互関係性を学ぶ基礎的な拠点ともいえますが、この研究ではその発達初期の親子関係に着目し母親と乳児の脳の同期活動を検討しました。具体的には母子の授乳や抱っこ時における脳活動を親子同時に計測し、それら脳同期の指標と別途、行なった親子遊びなどの相互作用行動の評価や、その後の 2 歳辺りの言語や社会性の発達との関係を検討しました。さらには、自閉症などの神経発達症を持つ可能性のある乳児においても同様の脳計測を行い、定型発達乳児との比較も行いました。




研究の成果と意義


 実験では 1.母子の授乳、2.母親の乳児抱っこ、3.実験者の乳児抱っこ、の 3 条件で母子の脳活動同期を機能的近赤外分光法(fNIRS)*注2を用いて計測しました。その結果、1.授乳条件で条件 2 と 3 の抱っこ条件よりも強い脳活動同期が多くの脳部位間で見られました(図)。特に母親の眼窩前頭部*注3と呼ばれる母子愛着に関与する脳部位が多くの乳児の脳部位と同期していました。乳児側は左の側頭頭頂接合部(TPJ) *注4が多くの母親の脳部位と同期していました。乳児は自閉症を持つ可能性のある乳児群とそれ以外の乳児群では特に同期の程度に差は見られませんでした。これらの同期は、その程度が高いほど、親子遊びでの愛着を示す行動指標や自由遊びでの乳児の発話頻度がより高くなるといった正の相関が見られました。さらには、脳同期とその当時の言語発達ばかりでなくその後の2歳辺りの言語能力とも正の相関が見られました。


図 乳児と母親の脳活動の同期と親子愛着や子の発達との関係

母親は OFC(眼窩前頭部)、乳児は TPJ(側頭頭頂接合部)に相手との同期が多くみられた。これら脳の同期の強さは別の行動実験や質問紙調査で得られた指標と統計的に有意な正の相関がみられた。



 ヒトは他者の行動や心の状態を予期したり理解したりしながら他者と社会的相互作用を行います。そのような円滑な予期や理解ができると、動作、目の瞬き、心拍、呼吸ばかりでなく脳活動がシンクロすなわち同期することが知られています。相手と親密であるほど同期も強くなることも知られています。


 本研究は授乳中の3-4ヶ月児と母において愛着や社会性に関与する脳部位で同期が見られることを初めて示しました。このことは授乳という触覚、嗅覚など五感をフル活用する養育行動が親子の関係性を良好にする可能性を示します。親子関係や子どもの発達における授乳の重要性をあらためて示したともいえます。




今後の展開


 今後は親子遊びなど、より複雑な親子相互作用の脳の同時計測を行い、親と子のコミュニケーション信号のやり取りと個人の脳活動や脳同期の関係をモデリングすることを目指しています。この知見は、子どもへのどのような働きかけがより良い発達につながるのか、という示唆ばかりでなく、ヒトと AI やロボットとの良好なインタラクションへも有益なヒントにもなります。




用語解説


*1 脳活動の同期:

ここでは脳活動に伴う血中の酸素化ヘモグロビン濃度変化を計測していますが、同期とは、その変化量が2者間で時間的に同様な増減を示す、すなわち同じタイミングで活動していることをさします。


*2 機能的近赤外分光法:

functional Near-Infrared Spectroscopy (fNIRS) 生体透過性の高い近赤外光を頭皮上から照射し、脳を通って再び頭皮に戻る散乱光を検出することにより、大脳皮質の血液中のヘモグロビンの変化を測定し、脳の活性化状態を計測します。


*3眼窩前頭部:

前頭葉の下部(底部)に位置していますが、fNIRS では特におでこ側の眼窩前頭前部の反応をとらえています。この部位は報酬価の評価、感情や動機付けに関与する脳機能を持ち、親子愛着(アタッチメント)の脳内基盤ともいわれています。


*4側頭頭頂接合部:

Temporoparietal Junction(TPJ)側頭葉と頭頂葉が接する領域です。特に TPJ は他者の心の理解や意図推定を含む社会脳の1つとして知られています。




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