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健康を科学で紐解く シリーズ253  「がん転移を阻止する新たな仕組みを発見」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


がん転移を阻止する新たな仕組みを発見

-液滴を介した転移促進タンパク質の分解でがんの遠隔転移を克服できる可能性-




発表のポイント


1.がん細胞の増殖を抑制する薬であるチロシンキナーゼ阻害薬(TKIs)(注1)の中には、がん

 細胞の転移を強力に抑制するものがあることを発見しました。


2.がん細胞の転移を抑制する TKIs は、共通して液滴(注2)と呼ばれる細胞内構造体の形成を

 促進し、転移促進タンパク質を分解することを発見しました。


3.本研究により、液滴を標的とした薬剤ががん転移阻止に有効であることが示されました。


4.本研究成果は、TKIs 既存薬を転移抑制剤として再開発するなど、新たな転移抑制剤の開

 発や画期的ながん転移阻止戦略につながると期待されます。




概要


 現在までに、がん細胞の増殖を抑制する薬剤として数多くの TKIs が開発されています。これら TKIs は分子標的治療薬(注3)に分類され、少ない副作用で高い治療効果が得られると期待されています。

東北大学大学院薬学研究科の野口拓也准教授、関口雄斗博士、島田竜耶大学院生、松沢厚教授らの研究グループは、がん細胞の転移を強力に抑制する TKIs を発見し、そのメカニズムについて解析しました。がん細胞の転移を抑制する TKIs は、共通してシグナル伝達分子である p62(注4)および NBR1(注5)を骨格(コア)とした液滴(p62/NBR1 液滴)の形成を促進していました。さらに、p62/NBR1 液滴が形成されたがん細胞は運動能力が低下して遠隔転移することができなくなりました。一方、p62/NBR1 液滴の形成を阻害すると TKIs による転移抑制作用が消失したことから、がん細胞の転移における p62/NBR1 液滴の重要性が示されました。

本研究はp62/NBR1 液滴を介した新規がん転移抑制メカニズムを発見した成果であり、TKIs既存薬を転移抑制剤として再開発するなど、画期的な転移抑制剤の開発やがん転移阻止戦略につながることが期待されます。




研究の背景


液−液相分離(注6)によって形成される分子凝集構造体(液滴)は、「膜のないオルガネラ」とも呼ばれ、細胞内で特定のタンパク質を濃縮することで、より効率的なシグナル伝達を可能にしていることが発見され、近年、その構造や機能の解析が盛んに行われています。


本研究グループは最近、抗がん剤や抗菌薬などの薬剤が、シグナル伝達分子である p62 および NBR1 の液−液相分離を引き起こすことで、液滴(p62/NBR1 液滴)の形成を促進することを発見し、これら薬剤によって誘導されたp62/NBR1 液滴の細胞機能についての解析を行っています。




今回の取り組み


 野口拓也准教授、関口雄斗博士、島田竜耶大学院生、松沢厚教授らの研究グループは、TKIs が誘導する p62/NBR1 液滴の機能を解明することを目的に研究を行いました。イレッサ、グリベック、タグリッソ、タイケルブなどの TKIs はリソソーム(注7)を刺激する(リソソームストレス(注8)を誘導する)ことでp62/NBR1液滴の形成を促進しました。一方、タセルバ、インライタ、ヴォトリエントなどの TKIs は p62/NBR1 液滴の形成を促進できませんでした。そこで、p62/NBR1 液滴の形成を促進する TKIs(イレッサなど)を用いて、p62/NBR1 液滴の解析を行いました。イレッサが誘導した p62/NBR1 液滴を解析すると、p62/NBR1 液滴の中にがん細胞の転移を促進するタンパク質である Rac1(注9)とその分解酵素 cIAP1(注10)が包含されていることが判明しました。さらに、p62/NBR1液滴の中で、cIAP1 による Rac1 の分解が誘導されていることを突き止めました。この結果から、イレッサは p62/NBR1 液滴の中で Rac1 の分解を促すことでがん細胞の転移能を低下させていることが示唆されました。また、p62/NBR1 液滴の形成を阻害するとイレッサによる転移抑制作用が消失したことから、イレッサによる転移抑制にはp62/NBR1 液滴が重要であることが判明しました。さらに、イレッサによる転移抑制作用における p62/NBR1 液滴の重要性は、肺転移モデルマウスの解析により生体内でも確認されました。

以上より、イレッサ、グリベック、タグリッソ、タイケルブなどのリソソームを刺激する TKIs は、p62/NBR1 液滴を介した Rac1 の分解により、がん転移を阻止するという、全く新しいメカニズムが明らかになりました。(図1)。


図 1. TKIs によるがん細胞の転移抑制機構

イレッサ、グリベック、タグリッソ、タイケルブなどの TKIs は、リソソームストレスによるp62 と NBR1 の蓄積を介して p62 と NBR1 の液−液相分離を引き起こし、p62/NBR1液滴の形成を促進する。p62/NBR1 液滴には、細胞運動を促進するタンパク質 Rac1とその分解酵素 cIAP1 が集積し、cIAP1 による Rac1 の分解(プロテアソーム分解)が促進される。その結果、細胞運動能が低下し、がん細胞の浸潤および転移が抑制される。



図2. イレッサによるがん細胞の肺転移抑制

マウスを用いた肺転移の実験では、約 40 個の転移巣が肺に確認できたが、イレッサの投与により肺の転移巣の数は 1/10 程度にまで減少した。各マウスの平均値をグラフで表し、p 値(有意確率)をスチューデントの t 検定によって算出した。




今後の展開


 イレッサ、グリベック、タグリッソ、タイケルブは、それぞれ特定のチロシンキナーゼを特異的に抑制する分子標的薬としてがん治療に活用されています。本研究により、これらの TKIs は、本来の標的であるチロシンキナーゼの抑制とは全く別のメカニズムでがん細胞の転移を抑制することが明らかとなりました。したがって、これらのTKIsは、現在の適応だけでなく、多種多様ながんの遠隔転移を抑制する転移抑制剤として転用できる可能性があります。また、cIAP1 は遺伝子増幅によりがん細胞で発現量が増えることが報告されています。cIAP1 の発現量が高いがん細胞は、抗がん剤に耐性を示すことが多く、転移の危険性の高いがんと言えます。したがって、TKIs による転移抑制作用は、転移の危険性の高いがんにこそ有効である可能性があります。本研究の成果は、p62/NBR1 液滴を介した転移抑制という、全く新しいコンセプトを持つ革新的な転移抑制剤の開発につながることが期待されます。




用語説明


注1. 抗腫瘍チロシンキナーゼ阻害薬(TKIs: tyrosine kinase inhibitors)

がんの発症・進展に関与するチロシンキナーゼを標的とした分子標的治療薬の総称。


注2. 液滴

細胞内で液−液相分離によって形成されるタンパク質凝集体。この液滴中には様々なエフェクタータンパク質が含まれており、液滴はその分子機能を効率的に発揮するための『膜のないオルガネラ』であると考えられている。液滴は、タンパク質分解、代謝、プログラム細胞死など多様な細胞内シグナル伝達機構を制御することが報告されている。


注3. 分子標的治療薬

病気の原因となっている特定の分子に対してのみ作用するように設計された治療薬


注4. p62(SQSTM1/p62)

細胞内のストレスによって発現が上昇し、凝集体を形成することが知られているアダプタータンパク質の一つ。凝集体中で様々な分子との相互作用し、シグナル伝達、オートファジーの受容体として働く多機能タンパク質


注5. NBR1 (neighbor of BRCA1 gene 1)

p62 と類似した構造を持つアダプタータンパク質。p62 と同様に液滴を形成し、様々な分子との相互作用することでシグナルの調節因子として機能する。その働きは、p62 と相補的であることが知られている。NBR1 の発現量もまた、リソソームの機能によって制御されている。


注6. 液−液相分離 (liquid-liquid phase separation, LLPS)

分子が均一に混ざりあった状態から 2 相の区別できる液体に分離する現象。身近な例として、サラダドレッシングが水と油の 2 相に分かれる状態があげられる。近年、細胞内においても、分子の発現量増加などによって、液-液相分離を引き起こした分子凝集体(液滴)が数多く報告されている。


注7. リソソーム

細胞内外成分の分解機能を担うオルガネラ。リソソームの内腔は pH4.5~5.0 に酸性化されており、至適 pH を保つことによって多くの加水分解酵素の活性を保っている。


注8. リソソームストレス

リソソーム内の酸性環境の変化などにより、リソソームの機能が抑制され、加水分解酵素の不活化やタンパク質蓄積が生じた状態を指す。リソソームストレスはストレス応答シグナル経路を介して、リソソームや細胞の恒常性回復や転写制御に寄与する一方、最近、その破綻が神経変性疾患などの多様な病態に関連することで注目されている。


注9. Rac1 (Ras-related C3 botulinum toxin substrate 1)

Rac1 は、細胞の遊走やエンドサイトーシスといった様々な細胞運動を制御するタンパク質。Rac1 は様々な癌細胞において過剰発現や恒常活性化変異が認められており、癌細胞の転移を促進する癌遺伝子として知られている


注10. cIAP1 (cellular inhibitor of apoptosis protein 1)

タンパク質の分解を誘導するユビキチン化酵素の一つ。Rac1 に K48 型ポリユビキチン鎖を付加することで Rac1 のプロテアソーム分解を促進する分子として報告されている。また、癌細胞では過剰に発現した cIAP1 が Rac1 を分解することによって、癌細胞の浸潤や転移を抑制することが知られている。


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