未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
「特発性炎症性筋疾患においてPD-1/PD-L1は病態形成に寄与する」
― PD-1+ CD8+ T細胞による攻撃と筋線維のPD-L1を介した反撃 ―
研究のポイント
1.通常、慢性的な抗原刺激下では、PD-1+CD8+T 細胞は疲弊し、機能を喪失していきま
すが、特発性炎症性筋疾患患者さんの末梢血では疲弊することなく、活性化していまし
た。
2.筋炎のマウスモデルを用いて、PD-1+CD8+T 細胞が筋傷害に関与する病的なサブセッ
トであることを発見しました。
3.PD-1+CD8+T 細胞からの攻撃に対して、筋線維は PD-L1 を使って反撃していること
を明らかにしました。
4.特発性炎症性筋疾患における PD-1+CD8+細胞を標的とした新規治療法の可能性、免疫
疲弊を回避するメカニズムに関する新たな知見となります。
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 膠原病・リウマチ内科学分野の保田晋助教授、佐々木広和助教らの研究グループは、特発性炎症性筋疾患において、PD-1+CD8+T 細胞は機能的に活性化し、筋傷害に関与するサブセットであり、それに対して筋線維は PD-L1 を使って対抗していることを明らかにしました。
研究の背景
特発性炎症性筋疾患(IIM)は原因不明の自己免疫疾患で、骨格筋が主に傷害されます。自分自身に対する異常な免疫反応を抑えるため、副腎皮質ステロイドを中心とした免疫抑制薬が用いられますが、様々な細胞に作用するため、多彩な副作用が知られています。また、現在使用可能な治療法で良くならない患者さんも存在します。IIM の病態に関与する細胞を見つけることで、より効果的な治療の開発が期待できます。
PD-1 は主に活性化した T 細胞※1の細胞表面上に発現します。PD-1 を発現した T 細胞(PD-1+T 細胞)はPD-1 のリガンド※2 である PD-L1 と結合すると、T 細胞内に活性化を抑制する信号が伝わり、攻撃する機能を失っていきます。PD-1 と PD-L1 が結合しないようにして、PD-1+T 細胞を持続的に活性化させる免疫チェックポイント阻害療法は癌の治療で有効ですが、治療例の一部で筋炎を発症することがあります。また、IIM 患者さんの筋組織では PD-1+細胞の浸潤と筋線維の PD-L1 発現が見られます。こうした現象はあたかも PD-1+細胞が筋肉を攻撃し、筋線維が PD-L1 という武器で対抗しているように見えます。
一方で、癌の微小環境※3や慢性ウイルス感染といった慢性的に抗原(敵)が存在し、T 細胞が刺激されている状況では、PD-1+CD8+T 細胞は疲弊し、攻撃する力を失ってしまいます。IIM では、T 細胞が自己の筋を誤って敵と認識して攻撃していると考えられます。
この場合、自己の抗原(筋)により慢性的に刺激されている状況であると考えられ、PD-1+CD8+T 細胞は疲弊し、攻撃する機能を喪失していてもおかしくありません。つまり、IIMにおいて、PD-1+CD8+細胞が筋傷害に寄与するサブセットなのか、あるいは疲弊しているのかは不明と言えます。
研究成果の概要
癌の微小環境や慢性ウイルス感染といった慢性的な抗原刺激下で、CD8+T 細胞が疲弊する過程において、TOX という分子が重要な役割を担っています。PD-1+CD8+T 細胞が TOX を高発現すると、細胞溶解分子(パーフォリンやグランザイム B など)の発現が低下し、攻撃能が低下することが報告されています。IIM 患者さんの末梢血で PD-1、TOX、細胞溶解分子の発現を解析したところ、活動期には非活動期と比較して、PD1+CD8+T 細胞はパーフォリンやグランザイム B といった細胞溶解分子を高発現していることがわかりました(図1A)。一方で PD-1 を発現していない CD8+T 細胞では細胞溶解分子の発現率は活動期と非活動期の間に差を認めませんでした(図 1B)。また、活動期の PD-1+CD8+T 細胞のごく一部でのみ TOX を高発現し、細胞溶解分子の発現率が低下していましたが、大部分の PD-1+CD8+T 細胞は活性化した状態を維持していました。
これらの結果から、癌の微小環境や慢性ウイルス感染と異なり、IIM における PD-1+CD8+T 細胞は慢性的な自己抗原による刺激下でも、疲弊することなく、活性化していると言えます。
図 1:患者末梢血 T 細胞における細胞溶解分子の発現率。
活動期の患者さんでは、PD-1+CD8+T 細胞において細胞溶解分子を高率に発現している(A)。
一方で、PD-1-CD8+T 細胞においては、活動期及び非活動期の患者さんの間で細胞溶解分子の発現率に差はなかった(B)。
また、マウスの筋炎モデルを用いて、PD-1+CD8+T 細胞の病原性も検証しました。マウス筋炎では、PD-1 を発現していない CD8+T 細胞と比較して PD-1+CD8+T 細胞が細胞溶解分子を高発現していました。特に傷害された筋組織において、細胞溶解分子を発現する PD-1+CD8+T 細胞の集積が顕著でした(図 2A)。PD-1+T 細胞の活性化を抑制するブレーキである PD-L1 を欠損させた PD-L1 ノックアウトマウス(PD-L1KO)では、筋力低下が顕著に見られ、筋炎の重症化が見られました(図 2B)。PD-L1 ノックアウトマウスの筋組織では、通常の野生型マウスと比較して、細胞溶解分子を高発現する PD-1+CD8+T 細胞の増加が見られました(図 2C)。
これらの結果から、筋炎において、PD-1+CD8+T 細胞は筋傷害に関与する病的なサブセットであることがわかりました。
図 2:マウス筋炎では筋局所で細胞溶解分子を発現する PD-1+CD8+T 細胞が増加していた。一方、PD-1-CD8+T 細胞では細胞溶解分子の発現率が低いことがわかる(A)。
PD-1 のリガンドである PD-L1 を欠損させたマウス(PD-L1KO)では筋力低下が強く見られ、筋組織の重症度スコアも高く、筋炎が重症化していた(B)。
PD-L1KO では野生型マウスと比較して、筋組織で細胞溶解分子を発現する PD-1+CD8+T 細胞が増加していた(C)。
一方、攻撃される筋側に目を向けてみると、IIM の筋線維は PD-1+CD8+T 細胞の攻撃に対抗すべく PD-L1を発現しているように見えます。CD8+T 細胞は細胞溶解分子以外にも様々な攻撃分子を持っていて、そのうちの IFNγは癌やウイルス除去に重要な因子として知られています。筋線維における PD-L1 の制御メカニズムは十分にわかっていませんでしたが、筋炎において CD8+T 細胞などから産生される IFNγが CDK5 という分子を介して、筋線維の PD-L1 発現を制御していることを明らかにしました。また、IFNγによって PD-L1 が高発現した筋線維は CD8+T 細胞の攻撃を減弱させることも分かりました。つまり、IIM において、筋線維は危険信号として IFNγに反応し、PD-L1 発現を介して PD-1+CD8+T 細胞に反撃していると言えます(図 3)。
図 3:研究から想定される IIM の病態
研究成果の意義
IIM における PD-1+T 細胞を標的にした新規治療法の可能性に関する新たな知見となります。これまで IIMを含む自己免疫疾患における T 細胞の疲弊メカニズムは十分にわかっていませんでした。
この研究により、IIM 患者では PD-1+CD8+T 細胞は疲弊せず、むしろ病態形成に関与していることがわかりました。このことは、IIM において T 細胞が疲弊を回避するメカニズムが存在することを示唆しています。IIM のみならず、慢性的に自己の抗原により免疫細胞が刺激されていると考えられる多くの自己免疫疾患の病態の理解に重要な知見となると考えられます。
用語解説
※1 T 細胞
免疫系における主要な細胞の一つで、体内の感染症や異常な細胞(癌細胞など)に対する免疫応答を調節し、制御する役割を果たす白血球である。T 細胞は感染細胞や癌細胞を特定し、破壊する役割を担うキラーT 細胞、免疫応答を調節し、他の免疫細胞に指示を出すヘルパーT 細胞、免疫応答を制御し、過剰な免疫反応を抑制する制御性 T 細胞といったサブセットが知られている。
※2リガンド
ある細胞膜表面のタンパク質に対して特異的に結合する分子であり、細胞膜タンパクとリガンドが結合すると、細胞内へ信号が送られる。
※3 癌の微小環境
癌細胞を取り囲む癌周囲の環境のこと。癌細胞に加え、T 細胞を含む様々な免疫細胞、線維芽細胞、血管により構成される。癌の微小環境内で生じる免疫応答が癌の進展に関与する。
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