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健康を科学で紐解く シリーズ259  「てんかん発作時の抑制性シナプスではアストロサイトの塩素イオン輸送体が 神経細胞とは逆に発作を抑制する」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



てんかん発作時の抑制性シナプスでは

アストロサイトの塩素イオン輸送体が神経細胞とは逆に発作を抑制することを発見




研究成果のポイント


1.グリア細胞の一種アストロサイトが塩素イオン(Cl-)輸送体の NKCC1 を利用して、

 てんかん発作の発生を抑制していることを発見しました。


2.本研究の知見は、NKCC1 を阻害する利尿薬のブメタニドによるてんかんや自閉症の臨床

 治験の方向性に影響を与えるものです。


3.今後のてんかんや自閉症の治療において、神経細胞の NKCC1 に選択的に作用する薬剤

 の開発が期待されます。




概要


 浜松医科大学医学部神経生理学講座の福田敦夫教授(研究当時)、名古屋大学大学院医学系研究科機能形態学講座分子細胞学分野の和氣弘明教授らの研究グループは、グリア細胞の一種アストロサイトが塩素イオン(Cl-)輸送体の NKCC1 の働きで、抑制性シナプス伝達の破綻によるてんかん発作において、発作抑制的に働くことを明らかにしました。




研究の背景


 てんかんは、グルタミン酸による興奮性信号伝達と GABA による抑制性信号伝達のバランス崩壊と、その結果生じる過剰興奮が発作の発生につながると考えられています。

これらの信号伝達のうち GABA は GABAA受容体という Cl-チャネルを開口させ、シナプス後細胞を Cl-流入による過分極により抑制しますが、その作用は細胞内外の Cl-濃度差に依存します。その細胞内外のCl-濃度差は Cl-輸送体(KCC2=排出、NKCC1=取込)により制御されています。

てんかん発作では、シナプス後神経細胞内の Cl-濃度の上昇が GABAA受容体の Cl-透過の方向を逆転させ、GABA 作用の抑制から興奮への逆転を起こすと考えられてきました。


 本研究では、シナプスを被覆するアストロサイトがシナプス間隙*1から漏れ出した GABA に応答し、GABAA受容体を介してシナプス間隙に Cl-を補填することでシナプス間隙の細胞外 Cl-を緩衝し、細胞内外の Cl-濃度差を維持することで抑制性シナプス伝達の破綻を防いでいる可能性を調べました。



 

研究手法・成果


 NKCC1 は、神経細胞にも発現しています。そこで本研究では、アストロサイト選択的に NKCC1を欠損する遺伝子改変マウス*2を使用することで、アストロサイトがシナプス間隙の Cl-を緩衝し、シナプス後神経細胞の細胞内外の Cl-濃度差の急激な減少を防ぐことで抑制性シナプス伝達を維持し、てんかん発作の抑制に果たす役割を検討しました。


この遺伝子改変マウスの海馬神経細胞では、神経入力路の高頻度刺激により誘発される発作波様後発射*3が野生型より弱い刺激強度で誘発され、てんかん発作に至るまでの時間も短く、さらにてんかん発作も重症化することがわかりました。つまりアストロサイトの NKCC1 は、てんかん発作を起こりにくくしていることがわかりました。また、このとき NKCC1 を選択的に阻害する利尿薬のブメタニドを投与すると、てんかん発作の憎悪が抑えられました。これは、神経細胞の NKCC1 をブロックした結果と考えられます。つまり、てんかん発作に関してアストロサイトの NKCC1 は保護的に、神経細胞の NKCC1 は増長的に働くことがわかりました。


これらの結果から、アストロサイトの NKCC1 は過剰なシナプス活動が発生した場合に GABAA受容体経由でシナプス間隙に Cl-を補填することで、神経細胞内外の Cl-濃度差の急激な減少によるGABA 作用の抑制から興奮への逆転を防ぎ、てんかん発作を起こりにくくしていることがわかりました(図 1)。一方で、神経細胞の NKCC1 はシナプス後神経細胞内の Cl-濃度を高くして GABA 作用の興奮への逆転を起こりやすくしているというこれまでの仮説も証明できました。


 図 1. アストロサイトによるシナプス間隙 Cl-濃度緩衝作用の模式図。

(A)アストロサイト選択的NKCC1 欠損マウスでは、過剰なシナプス伝達が生じたときにアストロサイトからシナプス間隙への Cl-緩衝作用が無いためシナプス間隙の Cl-濃度低下が生じやすくなる(A 右図)。

(B)ブメタニドの作用を示した模式図。野生型マウスでは、シナプス後神経細胞の NKCC1 に対する発作の軽減作用に加え、アストロサイトの NKCC1 に対する発作の憎悪作用があるため、発作の軽減作用が得られにくくなっている(B 左図)。

アストロサイト選択的に NKCC1 を欠損する遺伝子改変マウスでは、シナプス後神経細胞の NKCC1 のみにブメタニドが作用するため、てんかん発作の軽減作用が得られる(B 右図)。




今後の展開


 我々とハーバード大学やマルセイユ大学のグループは以前から、てんかん発作のメカニズムの一つとして、シナプス後神経細胞の細胞内 Cl-濃度上昇による GABA 作用の抑制から興奮への逆転現象があることを主張してきました。実際にブメタニドが抗けいれん作用をもつことが動物実験において示されています。そこで、これらの知見に基づいてハーバード大学では新生児けいれんに対して、マルセイユ大学では病態の一部にてんかんと同様の機序をもつ自閉症に対する治療薬としてブメタニドの臨床治験が行われてきました。第 2 相までは効果がありそうでしたが、いよいよ第 3 相となると、はっきりとした効果が認められないことも報告されています。本研究結果は、てんかん発作に対してアストロサイトのNKCC1が神経細胞のNKCC1とは逆の働きをすることを示しており、これまでの仮説の盲点として、ブメタニドの臨床治験が思ったような結果になっていないことの説明になると考えられます。今回の研究結果から神経細胞に発現する NKCC1 を選択的に機能阻害するような治療薬が開発されれば、てんかんや自閉症の新たな治療薬になることが期待されます。

 



用語解説


*1シナプス間隙:


神経細胞はシナプスを介して情報を伝達します。神経細胞と神経細胞はシナプスで密着しておらず、わずかな隙間がありこれをシナプス間隙といいます。神経細胞は、このシナプス間隙に神経伝達物質を放出して信号伝達を行います。


*2 アストロサイト選択的に NKCC1 を欠損する遺伝子改変マウス:


アストロサイト内への Cl-の取り込みが減少しアストロサイトの細胞内 Cl-濃度が低下しているため、GABAA 受容体の活性化による Cl-のアストロサイトからの流出が起こらず、シナプス間隙の Cl-の補填ができないと考えられます。


*3発作波様後発射:


てんかん発作時の脳波所見を反映すると考えられている、実験的に神経細胞で記録される神経活動。

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