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健康を科学で紐解く シリーズ260  「糖尿病による持久力低下を回復させる候補物質を発見」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



糖尿病による持久力低下を回復させる候補物質を発見

骨格筋の代謝物を標的とするサルコペニア治療法の開発に期待




研究のポイント


1. 糖尿病は骨格筋量と筋力の低下(サルコペニア)と関連するが、有効な治療法がなく、

 高齢化社会のわが国において喫緊の課題である。


2. 肥満糖尿病マウスに SGLT2 阻害薬を投与すると、骨格筋で内因性 AMPK 活性化物質

 の増加を伴って持久力を改善させることを発見した。


3.骨格筋の代謝物を標的とするサルコペニアに対する画期的な治療法の開発が期待される。




概要 


 糖尿病は、転倒や骨折や寝たきりに結びつくサルコペニア(※1)のリスク増加と関連しますが、サルコペニアに対する有効な治療法はありません。最近、糖尿病の治療薬であるナトリウム-グルコース共輸送体 2(SGLT2)阻害薬(※2)が心不全や慢性腎臓病の治療効果が報告されていますが、糖尿病状態の骨格筋にどのような影響を及ぼすのか、特に骨格筋機能に与える影響については不明でした。


 九州大学大学院医学研究院の小川佳宏主幹教授、宮地康高助教、中村慎太郎大学院生らの研究グループは、肥満・糖尿病マウスに SGLT2 阻害薬カナグリフロジンを投与すると、走行距離が約 5 倍に伸びることを発見しました。また、同大学生体防御医学研究所の馬場健史教授、和泉自泰准教授、高橋政友助教、中谷航太助教らとの共同研究により、骨格筋のメタボローム解析(※3)を行ったところ、走行距離が伸びた個体のヒラメ筋は AICARP(※4)と呼ばれる代謝物が増加することを見出しました。更に、AICARP の増加は燃料センサーとして知られる AMPK(※5)の活性化と脂肪酸酸化の亢進により骨格筋におけるエネルギー産生を増加して持久力を改善する可能性が示されました(図 1)。


今回の研究は、骨格筋内における AICARP の増加と持久力の回復の関連を示すものです。将来、骨格筋の代謝物を標的としたサルコペニア治療法の開発が期待されます。


図1 SGLT2 阻害薬の投与により骨格筋で AMPK 活性化物質 AICARP を同定




研究の背景と経緯


 加齢などによる骨格筋量と筋力の低下はサルコペニアと呼ばれ、転倒や骨折や寝たきりのリスクを増加させます。サルコペニアに対する有効な治療法がないため、高齢化社会の日本においてサルコペニアの治療法の開発は喫緊の課題です。糖尿病はサルコペニアのリスクを増加させることが知られていますが、糖尿病の治療薬が骨格筋機能に与える影響については、これまでほとんど検討されていませんでした。


SGLT2 阻害薬は、腎臓の近位尿細管に作用して尿糖排出を促進させることで血糖値を低下させる糖尿病治療薬です。これまで尿糖排出によるカロリー消失により、血糖低下のみならず体重減少などの有効性が報告されてきましたが、同時に骨格筋量が減少するのではないかという懸念がありました。


 私たちは以前に、糖尿病のないマウスに SGLT2 阻害薬を投与して骨格筋への影響を検討したところ、エサを自由に食べさせた時には SGLT2 阻害薬を投与しても骨格筋量に変化はありませんでしたが、エサを制限すると骨格筋量が減少して握力が低下することを報告しました(Biochem. J. 479:425-444,2022)。今回は肥満糖尿病マウスに SGLT2 阻害薬を投与して骨格筋機能に対する効果を評価しました。

 



研究の内容と成果


 肥満糖尿病マウスに SGLT2 阻害薬カナグリフロジンを 4 週間投与したところ、骨格筋量は減少せず、握力も変化しませんでした。一方、持久力を評価したところ、SGLT2 阻害薬を投与したマウスは、投与していないマウスと比較してトレッドミル走行距離が約 5 倍に増加しました。更に、持久運動に重要なヒラメ筋と瞬発運動に重要な長趾伸筋のメタボロームデータを比較しました。その結果、SGLT2 阻害薬によりヒラメ筋と長趾伸筋で複数の代謝物が共通して変化していましたが、AICARP と呼ばれる代謝物はヒラメ筋でのみ増加していることが分かりました(図 2)。


図 2 肥満糖尿病マウスのヒラメ筋で SGLT2 阻害薬の投与により変化した代謝物

  カナグリフロジンの投与により、糖尿病マウスのヒラメ筋と長趾伸筋で N-アセチルオ

  ルニチンやヒドロキシ酪酸やブドウ糖は共通して変化した。一方、AICARP はヒラメ

  筋でのみ増加した。




 AICARP という代謝物は、別の研究から AMPK と呼ばれる燃料センサーを活性化させて、脂肪酸を酸化させることが知られていました。実際、ヒラメ筋を解析したところ、AICARP の増加と一致して AMPKが活性化し、脂肪酸酸化が亢進していることが分かりました。AMPK の活性化は糖や脂肪酸の利用を促進してエネルギー産生を増加するため、ヒラメ筋において認められた代謝変化はマウスの持久力の改善につながった可能性があります。

以上の結果から、SGLT2 阻害薬の投与により、骨格筋での代謝物の変化を伴って糖尿病マウスの持久力が改善することが明らかになりました。




今後の展開


 骨格筋における AICARP-AMPK 経路の役割を詳細に検討することにより、SGLT2 阻害薬に対する反応のみならず、運動や様々な疾患における機能的意義が明らかになると考えられます。

また AICARP などの骨格筋の代謝物を制御することが出来るようになれば、加齢や糖尿病などにより低下した運動機能を改善させる治療法の創出につながることが期待されます。




研究者からひとこと


 これまでの研究により、サルコペニアの予防には筋肉量を増やすことが重要とされています。今回の研究では、筋肉量の変化はほとんど認めませんでしたが、持久力が大幅に改善しました。骨格筋内のエネルギー産生を促す代謝物である“AICARP”増加のメカニズムの解明は、骨格筋の機能低下を改善させ、サルコペニアに対する新たな治療標的になる可能性があります。




用語解説


(※1) サルコペニア

加齢などにより骨格筋量と筋力が低下し、転倒や骨折や寝たきり状態に至る危険性が高い状態のこと。


(※2) SGLT2 阻害薬

腎臓の近位尿細管に発現するナトリウム-グルコース共輸送体2(SGLT2)の働きを抑えることにより、尿糖の排出を促して血糖値を低下させる薬剤。近年の大規模臨床試験の結果により、糖尿病のみならず糖尿病を合併しない心不全や慢性腎臓病に対しても一部の SGLT2 阻害薬が保険適用になっている。


(※3) メタボローム解析

動植物の組織や細胞の代謝物を質量分析計により網羅的に計測して解析する手法のこと。

(※4) AICARP(5-アミノイミダゾール-4-カルボキシアミド-1-β-D-リボフラノシル 5ʼ-一リン酸)

ZMP とも呼ばれるプリンヌクレオチド生合成経路の中間体の一つ。AMPK 活性化作用を有する。


(※5) AMPK(AMP 活性化プロテインキナーゼ)

細胞内の燃料センサーとして知られるたんぱく質。細胞内のエネルギーが欠乏すると活性化し、糖の取り込みを増やしたり、脂肪酸を酸化したりすることにより、エネルギー産生を行う。

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