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健康を科学で紐解く シリーズ261  「脂質代謝や炎症反応に関わるタンパク質の構造を解明」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


脂質代謝や炎症反応に関わるタンパク質の構造を解明

~副作用の少ない新薬の開発の糸口に~



 横浜市立大学大学院生命医科学研究科博士研究員 朴在鉉さん、博士後期課程 3 年 石本直偉士さん、朴三用教授らの研究グループは、同大学院生命医科学研究科 池口満徳教授、浴本亨助教、東北大学大学院薬学研究科 井上飛鳥教授らとの共同研究により、脂質代謝異常症や炎症性疾患の薬として用いられるニコチン酸(ナイアシン)を含む 3 種の既存薬剤とその作用標的となるヒドロキシカルボン酸受容体 2(HCAR2)と Gi タンパク質三量体*1の複合体の立体構造をクライオ電子顕微鏡単粒子解析*2 により明らかにしました。


 本研究成果は、体内での脂質代謝や炎症反応の知見を深めるとともに、既存薬の副作用として問題となっている顔面紅潮*3 の原因の理解と、副作用の少ない新しい治療薬の開発に貢献することが期待されます。




研究成果のポイント


1.脂質代謝や炎症反応に関わるタンパク質である HCAR2 の立体構造の解明。


2.既存薬剤と HCAR2 の結合を原子レベルで解明したことで、新規治療薬の開発へ貢献が

 期待。


3.顔面紅潮の副作用を起こしにくい治験薬 GSK256073 と HCAR2 の複合体の構造解明

 と活性測定から、副作用の少ない新規薬剤の開発への貢献が期待。



研究の概要図





研究背景


 ヒドロキシカルボン酸受容体(Hydroxy-carboxylic acid receptor: HCAR)ファミリーは Gタンパク質共役受容体(GPCR)*4 の一つであり、3 つのサブタイプ HCAR1-3 からなります。HCAR ファミリーは生体内で脂質代謝や炎症反応で重要な役割を担っており、薬剤の標的としても注目されています。このうち、HCAR2 は動脈硬化や炎症性疾患の治療薬のニコチン酸(別名、ナイアシン)に結合し、血中コレステロールを低下する作用や抗炎症作用を誘導します。しかし、薬剤として投与されるニコチン酸は、顔面の紅潮や、痒み、火照りなどの副作用(ナイアシンフラッシュ)が問題とされ、新規薬剤の開発が求められています。これまでに、HCAR2 に作用する薬剤の開発が行われており、中でも治験薬であるGSK256073 は β アレスチンが関与する顔面紅潮の副作用が起こりにくいことが知られていました。しかし、各薬剤の結合様式や HCAR2 の活性化メカニズムなどに関する原子レベルでの解明には至っていませんでした。

 



研究内容


 本研究グループは、クライオ電子顕微鏡単粒子解析により、脂質代謝異常症の治療薬として用いられるニコチン酸を含む 3 種類の薬剤(うち 2 種類が承認薬)と、その標的タンパク質である HCAR2、Gi タンパク質三量体の複合体の立体構造を明らかにすることに成功しました。HCAR2 は GPCR に特有の 7 本の膜貫通型ヘリックスからなり、薬剤はそれぞれHCAR2 内に形成されたポケットに入り込んで結合していることが明らかとなりました(図1)。


図 1 (a)3 種類の薬剤の構造と HCAR2 の細胞内での情報伝達の概略図。

   (b)クライオ電子顕微鏡により明らかとなった HCAR2、G タンパク質三量体と薬剤の

    複合体の全体構造。




HCAR2 と既存薬剤の結合様式の解明


 HCAR2 と 3 種類の薬剤の結合様式の詳細を調べたところ、全ての薬剤は HCAR2 の 111番目のアルギニン(R111)と相互作用しており、HCAR2 内でポケットを形成するアミノ酸残基と相互作用しながら空間内に収まっていることが明らかとなりました(図 2a)。


GSK256073 に関しては他の薬剤よりも分子サイズが大きいものの、周辺のアミノ酸残基の位置が少しずつずれることで広い空間が形成され、ポケット内で結合していることを明らかにしました。さらに、明らかとなった立体構造を基に HCAR2 の1アミノ酸変異体を作製し、NanoBiT アッセイ*5によるシグナル活性測定を行いました。作製した 10 種類の変異体(N86Y、Y87A、W91S、L107F、N110A、R111A、S178A、F277A、F180A、Y284A)では、程度の差はありますが、いずれも G タンパク質活性と、β アレスチン活性*6 が減少することがわかりました(図 2b)。これにより、クライオ電顕構造で観察された薬剤とアミノ酸残基が、確かに薬剤の認識に関わり、HCAR2 の活性化に重要であることが確認されました。また、いくつかの変異体では薬剤に応じた活性の変化が見られました。


この変化から各々の薬剤認識から引き起こされる HCAR2 の構造変化や活性化メカニズムが異なることが示唆されました。


図 2 HCAR2 の薬剤結合様式と変異体を用いた活性測定の結果。

(a)HCAR2 内に結合した薬剤と周辺アミノ酸の構造。

(b)NanoBiT アッセイによる G タンパク質活性(左)と β アレスチン活性(右)の測定結果。破線は野生型(変異導入前)の HCAR2 の応答を示す。




分子動力学シミュレーション*7 による薬剤結合経路の解明


 今回明らかとした構造を基に分子動力学(MD)シミュレーションから薬剤の結合経路を調べました。予測される結合経路として、HCAR2 の細胞外側にある 15,16,165,166 番目のリジン(K15、K16、K165、K166)から形成される入り口と、9 番目のヒスチジン、22 番目のアルギニン(H9、R22)付近で形成される入り口の 2 箇所が考えられました(図 3a)。MD シミュレーション解析からニコチン酸は H9、R22 の方向から入ることが示唆されたため(図 3b)、変異体を作製し、NanoBiT アッセイによるシグナル活性測定を行いました。その結果、R22 の 1 アミノ酸変異体において G タンパク質活性が顕著に低下し、MD の結果と実験の結果が一致し、薬剤の HCAR2 ポケットへの結合経路を実験的にも解明することに成功しました(図 3c)。


図 3 (a)HCAR2 表面の親水性(黄色:疎水性、緑:親水性)。

   (b)MD シミュレーションにより示唆された各薬剤の結合経路。

(c)MD シミュレーションの結果を基にした HCAR2 変異体による活性測定。




今後の展開


 本研究により明らかとなった HCAR2 と薬剤、および Gi タンパク質三量体の複合体構造は新規薬剤の開発や既存薬の改良から、薬剤からの副作用の軽減につながる知見となることが期待されます。

また、HCAR2 の G タンパク質および β アレスチンを介した細胞内での複雑なシグナル伝達経路の解明につながることが期待されます。




用語説明


*1 Gi タンパク質三量体:

G タンパク質三量体は αβγ の 3 つのサブユニットから構成されている。中でも Gα サブユニットは複数(i, s, q, 12/13)の種類が存在しており、Gα サブユニットの種類によって細胞内で起こる反応が異なる。Gαi サブユニットはアデニル酸シクラーゼを抑制することで細胞内のセカンドメッセンジャーであるcAMPの濃度を低下させる。


*2 クライオ電子顕微鏡単粒子解析:

タンパク質の立体構造を明らかにする手法の一つ。生体分子をマイナス 180 ºC 近い極低温状態の氷の中に包埋し、その状態で電子顕微鏡により観測する。観測した生体分子の粒子像を大量に撮影し、得られた数十万の粒子像から 3 次元に再構成することで立体構造を明らかにする手法のこと。


*3 顔面紅潮(がんめんこうちょう):

様々な要因により顔の血管が拡張し、顔面が赤くなる症状を示す。


*4 G タンパク質共役受容体(G-protein-coupled receptor : GPCR):

ヒトゲノム中に約 800種類存在している 7 回膜貫通型の膜タンパク質。視覚、味覚をはじめ、様々な生理活動に関与しており、細胞外の分子情報であるリガンドと結合し、G タンパク質を介して細胞内へと情報を伝達する。生体内の恒常性維持に関わっていることから薬剤標的としても重要であり、上市されている医薬品の約 3 割は GPCR を標的とすることが知られる。


*5 NanoBiT アッセイ:

NanoBiT G タンパク質乖離アッセイは、Large BiT(LgBiT、約 18kDa)と Small BiT(SmBiT、11 残基)の 2 つのルシフェラーゼの分割断片は結合することで発光する。この仕組みを利用して、三量体 G タンパク質の Gα サブユニットに LgBiT、Gγ サブユニットに SmBiT を融合した改変体を評価対象の GPCR と共に培養細胞に発現させる。Gタンパク質の活性化によって両者が乖離するため、減光を検出することで、リガンドに応じた活性を測定することができる手法。


図. NanoBiT G タンパク質乖離アッセイの原理


*6 β アレスチン活性:

GPCR は活性化された後、GPCR キナーゼによりリン酸化される。β アレスチンはリン酸化された GPCR を認識し、脱感作や内在化を担うとともに、G タンパク質とは異なるシグナル伝達の起点としても機能する。HCAR2 においては、β アレスチンが副作用応答に関わることが報告されており、β アレスチン経路を選択的に減弱させた作動薬が副作用を低減させた薬剤になると期待されている。


*7 分子動力学シミュレーション:

原子、分子の動きを周辺環境との相互作用を考慮しながら計算科学的に明らかにする手法の一つ。実験情報からは観測が困難な化合物やタンパク質の結合の過程や構造の変化を捉えることができる。

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