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健康を科学で紐解く シリーズ263  「神経の活性化によりインスリン産生細胞を再生 ‐マウス糖尿病の治療に成功‐」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



神経の活性化によりインスリン産生細胞を再生 ‐マウス糖尿病の治療に成功‐




発表のポイント


1.脳と膵臓(すいぞう)をつなぐ自律神経を個別に刺激する方法を独自に開発し、これによ

 り、マウスにおいてインスリンを作る細胞を増やせることを発見した。


2.インスリン産生細胞が減ってしまった糖尿病マウスの自律神経を刺激することで、インス

 リン産生細胞を再生し治療することに成功した。


3.自律神経刺激によってインスリン産生細胞を増やす糖尿病治療法・予防法の開発や、イン

 スリンを作る細胞の数や働きを調節するメカニズムの解明が進むことが期待される。

 



概要


 多くの糖尿病は、血糖値を下げるホルモン(インスリン)を産生する唯一の細胞である膵臓のβ細胞(注1)が減少することで血糖値が上昇し発症します。このβ細胞を体内で増やす治療法が世界中で求められていますが、現在のところ開発されていません。


 東北大学大学院医学系研究科糖尿病代謝内科学分野および東北大学病院糖尿病代謝科の今井淳太准教授、川名洋平助教、片桐秀樹教授らのグループは、マウスにおいて、脳と膵臓をつなぐ自律神経の一種である迷走神経(注 2)(膵臓迷走神経)を刺激することで、体の中でβ細胞を増やすことが可能であることを世界で初めて発見しました。


 本研究ではオプトジェネティクスという手法を用い、光によって膵臓迷走神経を刺激する方法(注 3)を開発しました。さらに、インスリンが減って糖尿病を発症しているマウスの膵臓迷走神経をこの方法を用いて刺激することで、β細胞を再生し、マウス糖尿病を治療することにも成功しました。この成果により、膵臓迷走神経刺激によってβ細胞を増やすという糖尿病の根本的な予防・治療法の開発につながることが大いに期待されます。


また、β細胞の数や働きを調節する仕組みや糖尿病発症のメカニズムの解明も進むものと考えられます。




研究の背景


 膵臓のランゲルハンス島内にあるβ細胞は、血糖値を下げる働きをもつホルモンであるインスリンを作ることができる唯一の細胞です。他にインスリンを作れる細胞はないため、β細胞が減ってしまうと血の中を流れるインスリンは減少し、血糖値が上昇して糖尿病になります。そのため、体の中でβ細胞を増やす治療法が世界中で強く求められていますが、現在のところそのような治療法は開発されていません。その一方で、生き物の体にはそもそもβ細胞の数を増やす仕組みが備わっています。


 これまで本研究グループは、迷走神経と呼ばれる自律神経の一種から放出される信号がβ細胞に与える影響の研究を続け、その重要性を発見してきました(Science322:1250-1254, 2008, Nature Communications 8: 1930, 2017)。そこで今回、体内でβ細胞を増やすためには、膵臓につながる迷走神経を刺激することが有用なのではないかと考え、膵臓迷走神経だけを活性化してβ細胞を増やすことができるか、またその方法で糖尿病を治療することができるかを研究しました。

 



今回の取り組み


 今回、東北大学大学院医学系研究科糖尿病代謝内科学分野および東北大学病院糖尿病代謝科の今井淳太(いまい じゅんた)准教授、川名洋平(かわな ようへい)助教、片桐秀樹(かたぎり ひでき)教授らのグループは、東北大学大学院生命科学研究科、東北大学大学院医工学研究科などとの共同研究により、マウスにおいて、膵臓につながる迷走神経を刺激することで、体の中でβ細胞を増やし、糖尿病を改善させられることを世界で初めて発見しました(図 1)。

まず、研究グループは、マウスの膵臓につながる迷走神経だけを意図したタイミングで刺激する方法を独自に開発しました(図 2)(方法の詳細は、注 3 に記載)。この方法を用い、膵臓につながる迷走神経だけを刺激したところ、糖分を与えたときの血中インスリン量が著明に増加し、β細胞の働きが良くなっていることが分かりました(図 3a)。さらに 2 週間ほど続けてこの神経を刺激した結果、β細胞の数を 2 倍以上にまで著しく増やすことに成功しました(図 3b)。つまり、膵臓迷走神経の刺激は、質と量の両面からβ細胞を活発にし、血中のインスリン量を増加させたというわけです。

多くの糖尿病では、β細胞が減ったり働きが落ちたりして、インスリンが減り血糖値が上昇して発症します。


本研究ではβ細胞が減って糖尿病を発症したマウスでこの膵臓迷走神経刺激を行い、減少してしまったβ細胞を劇的に再生、回復させ、血糖値の上昇を抑えることができました(図 4)。このことは、膵臓迷走神経を刺激することでマウス糖尿病を治療することに世界で初めて成功したことを示しています。



図 1. マウスの膵臓の迷走神経を青色光で活性化することにより、血中のインスリンとβ細胞数を増やすことに成功。

写真:β細胞(緑)の集まりが膵臓のランゲルハンス島、増えているβ細胞の核(ピンク、白色の矢頭)。



 

図 2. 近赤外線とランタノイド粒子を用いて、膵臓でのみ迷走神経を活性化する方法を開発



図 3.膵臓迷走神経刺激により、糖分を与えた後の血中のインスリンを増やすこと (a)

  β細胞(茶色の部分が膵β細胞の集まっている膵ランゲルハンス島)を増やすこと(b)

  に成功



図 4.膵臓迷走神経刺激により、糖尿病マウスの血糖値を改善し (a)

   減少してしまったβ細胞の量を再生、回復させ (b)、マウス糖尿病の治療に成功




今後の展開


 本研究によって、膵臓につながる迷走神経を刺激することで、マウス体内でβ細胞を増やすことが可能であることを発見し、マウス糖尿病の予防・治療に成功しました。この方法は遺伝子改変を活用しているため、ヒトの膵臓内にあるβ細胞を増やす試験には直接適応できません。しかし、ヒトのてんかん、うつ病や一部の腸炎などで迷走神経を電気刺激する治療方法が用いられており、迷走神経刺激装置も広く普及しています。


今回の成果により、膵臓迷走神経刺激によってβ細胞の働きを良くしたり増やしたりすることで、糖尿病の予防・治療法の開発が進むことが大いに期待されます。また、膵臓迷走神経がβ細胞の数や働きを調節する上で大きな役割を果たしていることを発見したことで、糖尿病の原因の解明などにもつながるものと考えられます。




ムーンショット型研究開発事業 片桐秀樹プロジェクトマネージャーからのコメント


 本研究は、膵臓迷走神経刺激によってβ細胞を増やすという、糖尿病の根本的な予防・治療法の開発につながるものであり、β細胞の数や働きを調節する仕組みや糖尿病発症のメカニズムの解明も進むものと考えられます。


 本ムーンショット目標 2 研究開発プロジェクトの目的である、糖尿病未病段階の解明とその段階から正常に回復させる手法の開発に貢献する成果です。




用語説明


注1. β細胞:

血糖値を下げるホルモンであるインスリンを作る体内唯一の細胞。ランゲルハンス島といわれる膵臓の中にある多くの島状の部位に集まって存在する。食事に応じ、インスリンを血中に放出(分泌)する働きにより、食前は血糖値が下がりすぎず、食後の血糖値の上昇を抑えることができる。このβ細胞の働きが悪くなったり、数が減ったりすることで、糖尿病が発症することが知られている。


注2. 迷走神経:

脳から心臓や肺、腹部内臓などの末梢器官に情報を伝達する自律神経の一種。自律神経は交感神経と副交感神経に分類され、迷走神経は副交感神経の一種。心拍数や血圧を低下させる、消化管の運動を促すなどの働きがある。


注3. 光によって膵臓迷走神経を刺激する方法:

本研究ではオプトジェネティクス(光遺伝学)と呼ばれる「青い光を当てると神経が活性化される」という手法を活用している。まず、迷走神経に青い光を当てるとその神経が活性化するように遺伝子改変されたマウスを作製した。次に、近赤外光が当たると青い光を発する物質(ランタノイド粒子)をそのマウスの膵臓に留置した。近赤外光は体を透過する光であり、体外から近赤外光を当てた時だけ、膵臓が青く光り、膵臓迷走神経が活性化する(図 2)。この独自の手法の開発により、生きたマウスに対し、意図したタイミングで膵臓につながる迷走神経だけを刺激することが可能となった。

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