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健康を科学で紐解く シリーズ264  「糖尿病発症初期の新しい分子機序を解明」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



糖尿病発症初期の新しい分子機序を解明




 糖尿病モデルマウスの膵島の単一細胞レベルでの遺伝子発現解析により、糖尿病発症初期の膵β細胞では血糖値の上昇に伴い Anxa10 の発現が増加すること、増加した Anxa10 は細胞内カルシウム恒常性に影響を及ぼし、インスリン分泌能を低下させることを見いだしました。

 

糖尿病の大部分を占める 2 型糖尿病は、肥満などによるインスリン抵抗性(インスリンが効きにくい状態)と、それに対する膵臓のβ細胞の代償性インスリン分泌の破綻(膵β細胞機能不全)および膵β 細胞量の減少が関与すると考えられています。しかし、その病態や発症機序は未だ不明な点が多く残されています。


 本研究では、2 型糖尿病の発症過程における、健常から未病状態、糖尿病発症へ進展する際の膵島(膵臓でインスリンを作る組織)の構成細胞の変化を明らかにするために、糖尿病モデルマウスであるdb/db マウスの膵島の単一細胞レベルでの遺伝子発現解析を行いました。その結果、β 細胞、α 細胞、δ 細胞、PP 細胞、マクロファージ、血管内皮細胞、膵星細胞、導管細胞、膵腺房細胞など 20 種類の細胞クラスターを同定しました。また、糖尿病モデルマウスの膵 β 細胞は病態の進行に伴って 6種類のクラスターに分類され、擬時間解析により、膵β細胞が脱分化後に膵腺房様細胞に分化転換するという新規の経路を明らかにしました。さらに、糖尿病発症初期の膵 β 細胞で特異的に発現が増加する遺伝子として Anxa10 を同定し、Anxa10 の発現は膵 β 細胞内カルシウムの上昇によって誘導され、インスリン分泌能を低下させることを明らかにしました。


これらの知見は、2 型糖尿病の特に発症初期の分子機序の解明や新規の予防・診断・治療法の開発に貢献すると期待されます。




研究の背景


 わが国の糖尿病有病者と糖尿病予備群は合わせて約 2,000 万人に上ると言われており、生活習慣と社会環境の変化に伴って急増しています。糖尿病により引き起こされる網膜症・腎症・神経障害などの合併症や脳卒中、虚血性心疾患などの心血管疾患の発症・進展が大きな問題となっていることから、糖尿病の発症予防や、一度発症しても早期に診断・介入するための有効な予防・診断・治療法の確立が、喫緊の課題です。


糖尿病の大部分を占める 2 型糖尿病(生活習慣の悪化によって発症する)は、肥満などによるインスリン抵抗性と膵臓の β 細胞のインスリン分泌の低下により引き起こされると考えられていますが、その病態や発症機序は未だ不明な点が多く残されています。

 



研究内容と成果


 本研究では、2 型糖尿病の発症過程における、健常から未病状態、糖尿病発症へ進展する際の膵島(膵臓でインスリンを作る組織)の構成細胞の変化を明らかにするために、著明な肥満と高血糖を呈する 2 型糖尿病モデルマウスであるdb/db マウスの膵島のシングルセル RNA シーケンシング(scRNA-seq)解析注 1)を行い、β細胞、α細胞、δ細胞、PP 細胞、マクロファージ、血管内皮細胞、膵星細胞、導管細胞、膵腺房細胞など 20 種類の細胞クラスターを同定するとともに、糖尿病モデルマウスの膵β細胞注 2)は病態の進行に伴い 6 種類のクラスターに分類されることが分かりました(図1)。擬時間解析注 3)により、糖尿病の進行に伴って変化する細胞状態のパスウェイを調べたところ、その中の一つが、β細胞が脱分化後に膵腺房様細胞に分化転換注 4)する新規の経路であることを見いだしました(図2)。さらに、糖尿病発症初期の膵β細胞で特異的に発現が増加する遺伝子として、カルシウムおよびリン脂質に結合するタンパク質ファミリーの一つである Anxa10 を同定しました(図3)。Anxa10 と膵 β 細胞および糖尿病発症との関連はこれまで報告が無く、Anxa10 が糖尿病に至る前の新規未病マーカーとなる可能性があります。また、本遺伝子の発現は、高グルコースや脂肪毒性によるβ細胞内カルシウムの上昇によって誘導され、一方で脱分極に伴うβ細胞内カルシウム量の増加を抑制することにより、インスリン分泌能を低下させることを明らかにしました。以上のことから、Anxa10 は機能的にも膵 β 細胞の初期の機能不全に深く関与することが示唆されます。


 図1 シングルセル RNA-seq から明らかになった正常マウスおよび糖尿病モデルマウス

  (db/db マウス)の膵島の細胞組成

  20 種類の細胞クラスターが同定され、特に糖尿病モデルマウスの膵 β 細胞は、

  前糖尿病(未病)から糖尿病への病態の進行に伴い 6 種類のクラスターに分類された。



図2 糖尿病モデルマウス(db/db マウス)の糖尿病発症過程における膵β細胞の組成と擬時間

  解析

  6 週齢(前糖尿病)および 10 週齢(糖尿病)のdb/db マウスの膵島から 9 種類の膵β細

  胞クラスターを同定した。また、糖尿病の進行に伴って細胞状態が変化する 4 つのパ

  スウェイを明らかにした。その中の一つは、β細胞が脱分化後に膵腺房様細胞に分化転

  換するという新規経路であった。



図 3 正常マウスおよび糖尿病モデルマウス(db/db マウス)の膵島の Anxa10(赤色部分)

  およびインスリン(Insulin、緑色部分)の免疫染色像

  正常マウスの膵島では Anxa10 は発現していないのに対して、db/db マウスの膵島で

  は Anxa10 の強い発現が認められる。また、db/db マウスの膵β細胞(インスリン陽性

  細胞)での Anxa10 の発現は 6 週齢で最も高く、糖尿病の進行とともにその量は減少

  する。一方、膵島周囲の腺房細胞における Anxa10 の発現は糖尿病の進行とともに増

  加する。




今後の展開


 本研究により、糖尿病の未病から発症初期の膵β細胞の性質の変化と膵島細胞社会の変遷、特に、未病の膵β細胞で増える Anxa10 が細胞内カルシウムの恒常性を乱し、膵β細胞からのインスリン分泌低下を引き起こすという新しい分子機序が明らかとなりました。


これらの知見は、2 型糖尿病発症初期の分子機序の解明や、新規の予防・診断・治療法の開発に寄与すると期待されます。




用語解説


注1) シングルセル RNA シーケンシング(scRNA-seq)

1 細胞レベルで RNA 発現量を解析できる最新技術。


注2) 膵β細胞

膵臓ランゲルハンス島にあり、インスリンを合成・分泌する細胞。


注3) 擬時間解析

発現変動遺伝子の情報を元に、相対的な細胞型や細胞状態の遷移を推定する解析

注4) 分化転換(transdifferentiation)

ある分化した細胞が、別の分化した細胞に変化すること。


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