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健康を科学で紐解く シリーズ265  「私たちには免疫系があるのになぜ「がん」が発生するのか?」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



私たちには免疫系があるのになぜ「がん」が発生するのか?

~がん幹細胞によるマクロファージの老化がカギだった!~




研究のポイント


1.がん幹細胞がマクロファージを老化させて免疫系から逃れるメカニズムを発見。


2.代謝改善剤の投与でマクロファージ老化を抑制しがんの発生を減少させることに成功。


3.老化マクロファージを標的とした新しいメカニズムに基づくがん治療法の開発に期待。




概要


 北海道大学遺伝子病制御研究所の和田はるか准教授及び清野研一郎教授らの研究グループは、同研究所の近藤 亨教授との共同研究により、免疫がある状態での「がん」の開始にはがん幹細胞によるマクロファージ(Mφ)の老化がカギとなっていることを突き止めました。

免疫系をもつ動物に「がん」が発生するのはなぜでしょうか。近年、「がん」の発端となる細胞として「がん幹細胞」が提唱されました。がん幹細胞を標的とした治療を行えば、理論上はがんの根治につながる可能性があるため、「がん幹細胞」を決定することは重要な課題となりました。しかし、ヒトやマウスのように免疫のある状態でもがんをつくる「がん幹細胞」については依然としてよく分からないままでした。そこで研究グループは“免疫のある状態でもがんを開始する「真のがん幹細胞」”とはどのようながん細胞であるかを探究することとしました。


「がん幹細胞」と免疫のある状態ではがんをつくらない「非がん幹細胞」を比較解析したところ、がん幹細胞は IL-6 を介して Mφ を細胞老化状態に誘導していることが明らかになりました。細胞老化状態の Mφ は免疫抑制因子アルギナーゼ 1 を産生しており、腫瘍組織内の T 細胞は活性化できない状態になっていました。このメカニズムにより、結果的にがん幹細胞は免疫のある状態においても免疫系からの監視を逃れ、がん組織の形成を可能にしていると考えられました。


更に研究グループは老化 Mφ が生命機能の維持に重要な NAD を分解し減少させる老化関連分子CD38 を高発現していることを発見しました。老化 Mφ では NAD の減少が予測されますが、代謝改善剤 NMN の添加により NAD 量を回復することが可能です。そこでがん幹細胞を移植したマウスにNMN を投与したところ、がんの発生が減少することが分かりました。この結果から、がんの発生を阻止するために NMN を用いる方法が有効である可能性が考えられました。


マクロファージの位相差顕微鏡写真。

左:がん幹細胞により細胞老化が誘導されたマクロファージ。

       右:非がん幹細胞性により誘導されたマクロファージ。




背景


 私たちには免疫系がありますが、ではなぜ「がん」が発生するのでしょうか。今回、研究グループはこの疑問に対する一つの答えを見出しました。

がんの発端となる細胞として「がん幹細胞(腫瘍を開始する細胞)」の存在が近年提唱され、注目を集めました。この「がん幹細胞」を根絶すれば、がんを根治できるのではないかと考えられたからです。この考えに基づき、がん幹細胞の目印となるマーカー分子の探索が世界的に行われ、多くの候補分子が報告されました。実際に、いくつかの標的分子に対する薬は臨床試験に進みましたが、期待されたほどの効果はありませんでした。

これまでの研究の多くは、(免疫系が関与しない)試験管内解析や免疫不全マウスへの移植実験によりがん幹細胞が規定されてきました。しかしヒトやマウス等の動物には T 細胞*1 やマクロファージ*2をはじめとする様々な免疫細胞から成る免疫系が存在し、異常となった細胞を排除する仕組みが存在します。つまり、私たちが治療標的とすべきがん細胞は、試験管内や免疫不全動物を用いた解析で見出されたがん細胞ではなく、免疫系が機能する状況においても「がん」を開始することのできるがん細胞であるといえます。そのため、研究グループは「免疫がある状況における『がん幹細胞』とはどのような細胞なのか」を突き止めることが重要であると考え、研究を進めました。

 



研究手法


 近年の研究で、がん組織に含まれるがん細胞は均一ではなく、様々な種類が混在していることが分かってきました。大きく分けると、動物に接種するとがんをつくる上述の「がん幹細胞(腫瘍開始細胞)」と、がんをつくらない「非がん幹細胞」の二つに分類されます。


今回の研究では、近藤教授らにより人工的につくられた二つの脳腫瘍細胞を用いました(Hide T, et al., Cancer Res. 2009)。この脳腫瘍細胞は p53 遺伝子*3 を欠損したマウス由来の神経幹細胞に H-Ras 遺伝子の恒常活性化型*4を導入してつくられ、いくつかのクローンが樹立されました。このクローンを(免疫系が存在する)野生型マウス脳に移植してみると、腫瘍を形成しマウスを死なせる細胞株と、腫瘍を形成しない細胞株が存在することが分かりました。この結果から、前者はがん幹細胞株であり、後者は非がん幹細胞であると考えられます。そこで、この両者のがん細胞株と免疫細胞との相互作用性及びマウス脳内に移植した腫瘍組織を比較し、免疫系をもつ動物における「がん幹細胞」を規定する要因を探りました。

 



研究成果


 がん幹細胞または非がん幹細胞を(各種免疫細胞が存在する)脾臓の細胞と共培養すると、非がん幹細胞との共培養においてはマクロファージの盛んな増殖が観察された一方、がん幹細胞との共培養ではマクロファージの増殖は抑制されていました。また、これらのがん細胞により形成された初期の脳腫瘍組織を観察したところ、マクロファージが集積していることが分かりました。これらのことから、マクロファージが何らかのカギを握っているのではと考え、着目しました。

がん幹細胞と脾臓細胞を共培養すると、扁平で肥大化した形状のマクロファージの生成が多数観察され、研究グループは「マクロファージに細胞老化 *5 が生じているのではないか」と考えました。扁平で肥大化した形状と、細胞増殖の抑制(停止)は細胞老化の特徴に合致するためです。遺伝子発現解析の結果等から、このマクロファージはやはり細胞老化状態にあることが分かりました。

腫瘍組織を観察すると、がん幹細胞、非がん幹細胞双方の腫瘍組織中に T 細胞が存在していました。T 細胞はがん細胞などの異常細胞を攻撃し死滅させる細胞ですので、増殖し続けることが観察されるがん幹細胞の腫瘍組織中にも T 細胞が存在したのは意外なことでした。そこで T 細胞に何が起きているのかを解析しました。がん幹細胞/非がん幹細胞により誘導されたマクロファージと T 細胞を共培養すると、がん幹細胞誘導マクロファージと培養した T 細胞は、T 細胞の活性化に重要な CD3ζ分子の発現が低下し、抗腫瘍活性をもつインターフェロンγの産生も低下していることが分かりました。つまり、T 細胞が存在していても腫瘍を攻撃できない状態となっていたのです。老化マクロファージを解析したところ、アルギナーゼ1という免疫抑制因子を産生していることが分かりました。アルギナーゼ 1は CD3ζ分子の発現を低下させる分子として知られており、老化マクロファージが産生するアルギナーゼ 1 が T 細胞の不活性化に寄与していると考えられました。

次に、がん幹細胞がマクロファージを細胞老化させる要因を解析したところ、がん幹細胞が産生する IL-6*6が候補分子として浮上しました。そこで本当に IL-6 が重要であるかを明らかにするため、がん幹細胞から IL-6 を欠損させた株及び対照株を作りました。これらの細胞株を NOD/SCID 免疫不全マウスに接種すると、どちらの細胞株を接種した場合にもほぼ同様に全マウスが死亡しました。つまり、どちらの細胞株も免疫不全動物の中では腫瘍形成能を失っていないということです。一方で、がん細胞と同系の野生型マウスに接種した場合、IL-6 を産生する対照がん幹細胞株では免疫不全動物の場合と同様に全マウスが死亡しましたが、IL-6 欠損がん幹細胞株ではマウスの死亡率が大幅に低下しました。この結果から、がん幹細胞が産生する IL-6 は、免疫がある状態においてがん細胞がマウスを死に至らしめる“がん”を開始するために非常に重要であることが分かりました(図 1)。

老化マクロファージは免疫がある状態での腫瘍形成の一因となることから、これを標的とする治療を開発すれば、腫瘍の発生を減らしたり、腫瘍の開始を遅らせたりすることができる可能性があります。そこで老化マクロファージに特徴的な分子の探索を行ったところ、CD38 分子が老化マクロファージで高発現していました。CD38 分子は近年、個体の加齢とともに発現が増加する分子として注目されています。CD38 分子は生命活動において必須ともいえる NAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)の分解機能をもつ分子ですので、老化マクロファージでは NAD 量が減少している可能性が考えられました。そこでマクロファージを老化させる実験系である、(マクロファージ含む)脾臓細胞とがん幹細胞との培養に NAD の前駆体である NMN(ニコチンアミド・モノヌクレオチド)を添加する実験を行いました。すると、老化様にあるマクロファージの数が減少し、興味深いことにアルギナーゼ 1 の発現も低下しました。このマクロファージの T 細胞活性化能を解析したところ、T 細胞の一種である CD4 陽性 T 細胞の活性化能が顕著に回復することが分かりました。最後に、NMN が個体レベルでがんの発生や進展に寄与するかを解析するために、がん幹細胞を移植した免疫健常な野生型マウスに NMN を投与し続ける実験を行いました。その結果、NMN を投与し続けたマウスでは対照群の生理食塩水を投与し続けたマウスに比べ、腫瘍の開始が減少及び遅延し生存期間が延びることが確認されました。


 図 1. 免疫系が存在する状況下でのがん幹細胞と非がん幹細胞

上段:発生したがん細胞(がん幹細胞)は IL-6 を産生している。近接したマクロファージ

   (Mφ)はIL-6 により細胞老化状態となる。老化 Mφ はアルギナーゼ-1 を産生し 

   T 細胞を不活性化する。結果的にがん細胞は免疫系細胞から殺傷されることなく、

  腫瘍形成に至る。

下段:発生したがん細胞(非がん幹細胞)はIL-6を産生していない。近接したMφは老化する

  ことなく、T細胞は活性化する。活性化T細胞はがん細胞を破壊するため、結果として

  腫瘍が形成されない。




今後への期待


 がん幹細胞は周囲のマクロファージを老化させて免疫抑制環境を作り、T 細胞活性を抑制することで、結果的に免疫がある状態でもがん細胞の増殖を可能としていることが明らかになりました。マクロファージの細胞老化を標的としたがん治療法はこれまでになく画期的であり、新たながん治療選択肢の一つとして開発されてゆくことが期待されます。


一方、今回の研究は主にマウス脳腫瘍細胞を用いて行われたものであり、他のがんにおいても同様の現象が生じているのかを注意深く観察する必要があります。また今後実用化に向けてはヒトのがん組織を用いた実験や、ヒト免疫系を考慮した研究を慎重に重ねる必要があります。




用語解説


*1 T 細胞

免疫細胞の一種。異常細胞を認識し、液性因子を放出したり攻撃したりして破壊する。


*2 マクロファージ

免疫細胞の一種。体内に侵入した細菌などを貪食して死滅させる。炎症後の組織修復に関与するものもある。


*3 p53 遺伝子

がん抑制遺伝子の一つ。欠損するとがんを発生しやすくなる。


*4 H-Ras 遺伝子の恒常活性化型

細胞が増殖する必要がある際に活性化するタンパク質をコードするが、細胞増殖が恒常的に活性化するように変異を導入したもの。


*5 細胞老化

細胞が不可逆的に増殖を停止した状態。無際限な細胞の増殖、つまり細胞のがん化を防ぐための仕組みの一つとされる。一方で近年では老化細胞が発がんリスクを高めているとする研究もある。


*6 IL-6

インターロイキン-6。細胞間コミュニケーションを担うタンパク質の一つ。

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