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健康を科学で紐解く シリーズ266  「筋萎縮性側索硬化症(ALS)における運動神経細胞のストレス応答異常のメカニズム」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



筋萎縮性側索硬化症(ALS)における運動神経細胞の

ストレス応答異常のメカニズムを解明





発表のポイント


1.ALS 原因遺伝子産物である TANK 結合キナーゼ 1(TBK1)の活性が ALS 患者の神経組

 織で低下することを発見


2.ALS における TBK1 の活性低下は小胞体・ミトコンドリア接触領域の破綻が原因である

 ことを解明


3.MAM 依存的な TBK1 の活性化は神経細胞のストレス応答、特にタンパク質の恒常性維

 持に重要であることを解明




要旨


 名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学分野の渡邊 征爾 講師(筆頭著者)、山中 宏二 教授の研究グループは、発生・遺伝分野 荻 朋男 教授、および大学院医学系研究科 神経内科学 勝野 雅央 教授と共同して、筋萎縮性側索硬化症(ALS)において、小胞体・ミトコンドリア接触領域(MAM)(※1)の破綻が ALS 原因遺伝子産物である TANK 結合キナーゼ 1(TBK1)(※2)の活性低下を引き起こして、運動神経細胞のストレス応答異常を引き起こすことを解明しました。


ALS は、運動神経細胞が細胞死を起こして脱落することにより、全身の筋肉が徐々に動かせなくなり、発症から 2~5 年で死亡する最も重篤な神経難病です。これまでに、研究グループは運動神経細胞内にある細胞内小器官(※3)である小胞体とミトコンドリアが互いに接触する領域、MAM の破綻が ALS の発症に重要であることを明らかにしてきました。しかし、MAM の破綻がどのように運動神経細胞の細胞死を引き起こすのか、その全容は明らかではありませんでした。


研究グループが ALS 原因遺伝子産物であり、また自然免疫における重要分子TBK1 に着目して解析を行ったところ、ALS 患者の脳組織や脊髄組織では TBK1 の活性化が顕著に低下していることを見出しました。TBK1 の活性低下は MAM を人為的に破綻させたマウスでも同様に認められたことから、MAM 依存的であることが明らかになりました。これらの結果は ALS における MAM の破綻が TBK1 の活性低下を引き起こしていることを示唆しています。さらに、MAM が破綻したマウスではTBK1 の活性低下に伴って、ストレスをかけた場合に運動機能障害が観察されました。

本研究により、MAM が TBK1 の活性化を介して運動神経細胞のストレス応答に貢献しており、ALS では MAM の破綻に伴って TBK1 の活性が低下することが運動神経細胞の細胞死につながっていることが示唆されました。MAM や TBK1 を標的とすることで、ALS における新たな治療戦略の開発につながるものと期待されます。




背景


 ALS は運動神経細胞が選択的に傷害される神経変性疾患です。全身の筋肉が徐々に萎縮して筋力が低下していき、発症から 2~5 年で死亡する難病で、根本的な治療法も確立されていないため、早期の病態解明および治療法の開発が望まれています。これまでに、研究グループは運動神経細胞内にある細胞内小器官である小胞体とミトコンドリアが互いに接触する領域、MAM の破綻が ALS の発症に重要であることを明らかにしてきました。MAM は脂質の合成やオートファジーの制御など、多彩な生理機能をもつ、細胞機能制御に重要な領域です。 しかし、MAM の破綻がどのように運動神経細胞の細胞死を引き起こすかについて、その全容はこれまで明らかではありませんでした。

 



研究成果


 本研究を始めるにあたって、研究グループは ALS 原因遺伝子産物である TANK 結合キナーゼ 1(TBK1)に着目しました。TBK1 は自然免疫(※4)に重要な分子で、ウイルスや寄生虫の感染にともなって活性化し、様々な炎症反応やオートファジー(※5)による異物の除去を促進することが知られています。一方、近年のゲノム解析技術の発展に伴い、TBK1 の機能喪失を引き起こす遺伝子変異が ALS の原因となることが示されてきました。そこで、ALS 患者の病変組織において TBK1 の活性がどのようになっているかを検討したところ、ALS の病変組織では TBK1 の活性が顕著に低下していることを見出しました(図 1A)。TBK1 は野生型マウスの脊髄では運動神経細胞において強く活性化していましたが、ALS モデルマウスの脊髄では ALS 患者と同様、顕著に活性が低下していました。この TBK1 の活性低下に MAM が影響を与えているのか確認するため、遺伝子欠損によって MAM を破綻させたマウスの脊髄を用いて検討したところ、MAM の破綻したマウスでも同様に TBK1 の活性低下が観察されました(図 1B)。以上の結果から、中枢神経組織において TBK1 の活性を維持するためには MAM が必須であることが判明しました。


図 1 ALS 患者の病変組織である脊髄(A)および MAM 破綻マウスの脊髄(B)では活性

   型 TBK1 のレベルが顕著に低下する

 


 次に、研究グループは MAM 依存的に TBK1 が活性化されるメカニズムの解明に取り組みました。その結果、培養細胞を亜ヒ酸で処理すると TBK1 が MAM 依存的に強く活性化されることを見出しました。亜ヒ酸は細胞に酸化ストレスを与えることが知られ、タンパク質の構造を異常化させるなどして細胞死を誘導します。細胞はそのようなストレスに対し、ストレス顆粒(※6)と呼ばれる構造体を形成し、自身のストレス抵抗性を高めて生存します。ところが、MAM を遺伝学的に破綻させるか TBK1 の機能を薬剤等で強制的に低下させたところ、このストレス顆粒の構成が上手くいかず、細胞のストレス抵抗性が低下して細胞死が生じることが判明しました(図 2)。さらに、MAM の破綻したマウスでは亜ヒ酸を経口摂取させると、運動神経細胞の機能が傷害されて運動機能障害を生じることが明らかになりました。以上の結果は、MAM 依存的な TBK1 の活性化が運動神経細胞のストレス応答に重要であることを示唆しています。


図 2 MAM 破綻マウス由来の細胞では亜ヒ酸処理に伴うストレス顆粒形成に障害を生じ

  (A);アポトーシス(細胞死)を示す細胞が増加する

  (B); 矢印はアポトーシスを生じている細胞

 


 最後に、研究グループでは質量分析を用いた解析を行い、細胞にストレスがかかった際に MAM に合成途中のタンパク質が蓄積することが TBK1 の MAM における活性化に重要であることを見出しました。ストレス時に、タンパク質の合成を速やかに停止させ、ストレス顆粒内にタンパク質の設計図である mRNA を隔離することは、細胞のストレス抵抗性を上げるために重要であることが知られています。TBK1 の MAM における活性化も、MAM においてオートファジーを介したタンパク質の分解を促進してストレス顆粒の形成を助ける役割があることが考えられました。




今後の展開


 本研究により、MAM が TBK1 の活性化を介して運動神経細胞のストレス応答に貢献しており、ALS では MAM の破綻に伴って TBK1 の活性が低下することが運動神経細胞の細胞死につながっていることが示唆されました。MAM や TBK1 を標的とすることで、将来的な ALS における新たな治療戦略の開発につながるものと期待されます。

また、本研究は MAM の細胞内における重要性を改めて示すものです。細胞内小器官はお互いに、特に小胞体との間で物理的に接触し、連携して生理機能を発揮することが近年の研究で明らかにされつつあります。MAM も含めた細胞内小器官の接触領域に着目した研究が進展することで、ALS 以外の疾患に対する新たな治療法開発にもつながることが考えられます。

 



用語説明


※1 小胞体・ミトコンドリア接触領域(mitochondria-associated membranes;MAM)

細胞内小器官である小胞体とミトコンドリアの外膜が物理的に接触する細胞内の領域で、狭義には接触部の小胞体膜側の構造を指す。ALS のほかにもアルツハイマー型認知症や糖尿病などでも異常化していることが報告されている。


※2 TANK 結合キナーゼ 1(TBK1)

ウイルスや寄生虫の感染に伴って活性化するタンパク質リン酸化酵素。近年、ALS を含めた複数の神経変性疾患への関与が報告されており、特にオートファジー制御の機能が重要であると指摘されている。


※3 細胞内小器官

オルガネラともいう。細胞内において膜で区切られ、様々な生理機能を分担する細胞内構造体。タンパク質の翻訳や分泌に関与している小胞体、エネルギー産生に重要なミトコンドリアも、それぞれ細胞内小器官の一種である。


※4 自然免疫

抗体による獲得免疫と比較して、比較的、早期に誘導される免疫反応の総称。外来の異物を認識して、炎症性反応やオートファジーを誘導することにより異物の除去が行われる。


※5 オートファジー

自食作用ともいう。細胞が隔離膜と呼ばれる構造を形成し、内部に様々な物質を取り込んだ後、分解酵素を多く含むリソソームと融合することで内容物を分解する。オートファジーの異常化は、神経変性疾患を含む様々な疾患の発症につながることが報告されている。


※6 ストレス顆粒

細胞がストレスを受けた際に形成する顆粒状の構造体。主に、タンパク質の設計図であるmRNA と mRNA に結合する RNA 結合タンパク質から構成され、ストレス下でタンパク質の新規合成を停止させて細胞のストレス抵抗性を高める役割があると考えられている。ALS でも複数の研究でストレス顆粒の異常化が発症に関与することが指摘されている。

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