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健康を科学で紐解く シリーズ268  「加齢に伴う筋肉の萎縮と柔軟性低下の根本的な仕組みを発見」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


加齢に伴う筋肉の萎縮と柔軟性低下の根本的な仕組みを発見

ー治療法の開発による健康寿命の延伸に期待ー




発表のポイント


1.筋の加齢変化に関連する遺伝子発現変化が多数報告されているが、これらを動かしている

 根本的な仕組みの解明が望まれていた。


2.筋幹細胞の活性化因子 HGF がニトロ化されると生理活性を失うことを見出し、この現象

 が加齢に伴い進行・蓄積することを明らかにした。


3.ヒトやペットの加齢性筋萎縮症の早期診断など医療分野への応用、健康寿命の延伸への

 貢献が期待される。




概要


 歳をとると、骨格筋はなぜ萎縮するのでしょうか? 結合組織はなぜ増えるのでしょうか (筋の柔軟性の低下)? 一見簡単そうな問でも答えるのは容易ではありません。筋の加齢変化に関連する遺伝子発現変化が多数報告されていますが、これらを動かしている根本的な仕組みの解明が望まれていました。


 九州大学大学院農学研究院の辰巳隆一教授、鈴木貴弘准教授、中村真子教授、中島 崇助教、エジプト Kafrelsheikh 大学の Alaa Elgaabari 講師らの国際共同研究グループは、筋幹細胞 (衛星細胞と呼ばれる“眠れる筋組織幹細胞”)(※1) の活性化因子 HGF (肝細胞増殖因子)(※2)がニトロ化(※3)されると生理活性を失うことを見出し(※4)、この現象が加齢に伴い進行・蓄積することを明らかにしました。


HGF による筋幹細胞の活性化は、筋肥大・再生の最初の必須イベントとして筋の恒常性に寄与しているので、これが加齢に伴い機能しなくなることが筋萎縮の根幹をなす要因です。また、HGF はコラーゲンを合成する線維芽細胞の増殖を抑制するので、結合組織の増加も説明できます。このように、筋幹細胞活性化因子 HGF のニトロ化・不活化によって筋の加齢変化を明確に説明できるようになりました。


これらの研究成果は、ニトロ化 HGF を特異的に認識するモノクローナル抗体の作出に成功したことに大きく依存しています。この抗体はヒト・ネコ・イヌなどの HGF にも広く適用可能なので、ヒトやペットの加齢性筋萎縮症の早期診断など医療分野への応用が期待されます。

また、酸化ストレスの軽減や適度な運動というこれまでの一般的な健康科学的施策に加えて、HGFのニトロ化抑制やニトロ化 HGF からニトロ基を外す (HGF の機能回復) 方法の開発により、健康寿命の延伸に大きく寄与すると期待されます。


参考図




研究の背景と経緯


 本研究代表者はこれまでに、骨格筋の肥大・再生の最初のイベントである「筋幹細胞(衛星細胞)の活性化」に関する研究を行い、物理刺激を引き金とする HGF (肝細胞増殖因子)依存的な分子機構を明らかにしました。すなわち、細胞外マトリックス(ECM)に保持されている HGF が NO ラジカル産生に依存的に遊離し、これが細胞膜受容体 c-met に結合すると筋幹細胞が活性化する連鎖調節機構(カスケード)を発見しました (計 22 篇の原著論文・総説)。HGF は現在までに認知されている唯一の活性化因子(液性因子)です。


この研究の過程で、「HGF のニトロ化による生理活性の消失」を主軸とする「筋幹細胞の活性化阻害機構」を着想しました(本論文のプロローグ)。また、HGF がニトロ化する生体条件として加齢を想定し、加齢に伴う筋萎縮 (筋線維の直径の縮小) および 筋損傷後の再生不全(結合組織の浸潤によって筋線維の数が減少して筋収縮張力が充分に回復しない他、筋の柔軟性も低下する現象)の新奇要因としてHGF のニトロ化・不活化を洞察しました。

この作業仮説を実証することができれば、加齢性筋萎縮 ・再生不全を予防するだけでなく、これまで不可能とされてきた画期的な治療法が開発されると期待し、本研究を実施しました。


 超高齢社会を健全に維持・発展させるためには、現在の社会的施策では全く不充分であることは多くが認識しているところです。健康寿命の延伸という喫緊の課題に対して、生物学的加齢変化に抗うべき主な対象は運動・認知機能の低下です。適度な運動と高タンパク質の栄養摂取の他、活性酸素種を除去することが期待される種々の健康補助食品(サプリメント)を主軸とするこれまでの方策を変革するブレークスルーが求められています。研究代表者の研究領域である筋萎縮・再生不全の他、神経変性疾患(アルツハイマー病やパーキンソン病など)、アテローム性動脈硬化症、悪性腫瘍などの加齢関連疾患とニトロ化との関係性が指摘されていることから、「ニトロ化で変性・老化したタンパク質・細胞・組織の機能を蘇えらせる(リセットする)」というアイデアも夢物語ではありません。この “若返りコンセプト” の基礎となるのが本研究成果です。ここに、本研究の学術的独自性と創造性、発展性があります。最新の科学的エビデンスに基づいて、原因に直接働きかける革新的治療法や社会的施策を開拓できる可能性があります。機能性食品成分や抗体もその候補であり(医薬品の開発基盤)、これは “不治の病”と言われる上記の加齢関連疾患に共通の原因に直接作用する“予防・治療の万能薬”となる可能性があります。アルツハイマー病(早期段階)の進行を抑制する抗体新薬レカネマブ((株)エーザイと米国バイオジェンの共同開発薬;2022 年 9 月 28 日発表、2023 年 8 月 21 日 厚生労働省専門部会承認)とは異なる効果が期待されます。




研究の内容と成果(図 1 参照)


1.筋幹細胞 (衛星細胞) の活性化因子 HGF がニトロ化されると、細胞膜受容体 c-met への

 結合能(※5)を失うことを見出しました(生理活性の消失)。また、この現象が加齢に伴い

 進行・蓄積することを、ラットを用いて明らかにしました。


2.筋幹細胞の増殖や分化を制御する他の細胞増殖因子 (FGF2, IGF1, TGF-β3)ではニトロ

 化は認められないことから、HGF のニトロ化・不活化は極めて特異的かつ重要な生理学

 的意義を持つと言えます。


3.HGF がニトロ化を受けるチロシン残基(Y)は Y198 と Y250 であることを明らかにしま

 した。この2つのチロシン残基は受容体 c-met との結合部位を構成していることから、

 これらのニトロ化によって立体構造が変化し c-met に結合できなくなると考えられま

 す。


4.HGF のニトロ化は、速筋型の IIx, IIa 型筋線維(※6)で顕著に進行・蓄積することを見  出しました。このことは、ヒトの骨格筋の加齢性萎縮の筋線維型選択性(速筋型筋線維が

 優先的に萎縮すること)を説明できる世界ではじめての成果です。ヒトでは、速筋型

 の IIb 型筋線維はほとんど存在しませんので、IIx, IIa 型筋線維が主要な速筋型筋線維とい

 えます。従って、HGF のニトロ化を原因とする加齢性筋萎縮・再生不全はヒトでは特に

 顕著に進行すると考えられます。


5.これらの研究成果は、ニトロ化 HGF を特異的に認識するモノクローナル抗体(ニトロ

 化 Y198-HGF抗体およびニトロ化 Y250-HGF 抗体)の作出に成功したことに大きく依

 存しています。市販のニトロ化チロシン抗体とは異なり、ニトロ化した HGF に特異的に

 結合する抗体です。従って、種々のニトロ化タンパク質が混在する試料であっても、ニト

 ロ化 Y198, Y250-HGF を免疫学的手法によって可視化することができるようになりま

 した。この抗体はヒト・ネコ・イヌ・マウス・ラットなどの HGF にも広く適用可能です

 (ニワトリでは抗ニトロ化 Y250-HGF 抗体のみ適用可能)。ヒトやペットの加齢性筋萎縮

 症の早期診断など医療分野への応用が期待されます。


6.HGF による筋幹細胞の活性化は、筋肥大・再生の最初の必須イベントであり、筋の恒常

 性に寄与しています。また、HGF は現在までに認知されている唯一の活性化因子(液性因

 子)ですので、代替的に働く因子の存在は期待できません。従って、HGF が加齢に伴い機

 能しなくなることが、筋萎縮・再生不全の要因の根幹をなすと考えるのが最も適当です。

 また、HGF は線維芽細胞の増殖を抑制するので、コラーゲンを主成分とする結合組織の

 増加も説明できます。このように、筋幹細胞の活性化因子 HGFのニトロ化・不活化によ

 って筋の加齢変化を明確に説明できるようになりました。


図 1. 加齢に伴う HGF のニトロ化.

ラットのふくらはぎの筋肉(凍結切片)を抗ニトロ化 HGF 抗体で蛍光染色し、ニトロ化 HGF を可視化した。加齢に伴い、筋線維の周囲(細胞外マトリックス)に結合・保持している HGF (筋幹細胞の活性化因子 HGF の供給源)のニトロ化が進行・蓄積することがわかった (上のパネル)。また、HGF のニトロ化を示す蛍光は、特に速筋型の IIa, IIx 型筋線維(顕微鏡像 c で、それぞれ青色と緑色で表示)で顕著に観察された。このことは加齢性筋萎縮が速筋型筋線維に優先的に進行することと符合した(下のパネル)。赤色*は IIb 型、白色*は I 型の筋線維を示しており、HGF のニトロ化レベルが低いことがわかる。(当該論文のFig. 5 から抜粋し加筆・改変して使用)。




今後の展開


 上述の通り、特定のタンパク質のニトロ化が、アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患、アテローム性動脈硬化症、悪性腫瘍などの多くの加齢関連疾病と関係があることが示唆されています。原因タンパク質のニトロ化(生理活性の消失・不活化、稀に亢進)が疾病の発症や増悪に深く関与していると考えらます。本研究では、老齢期の ADL・QOL 低下のリスク因子である加齢性筋萎縮・再生不全(加齢性サルコペニアとその前段階のフレイルを含めて)の新奇主要因として、筋幹細胞(衛星細胞)の活性化因子 HGF のニトロ化による不活化を見出しました。原因タンパク質のニトロ化を解除できれば(脱ニトロ化)、加齢性筋萎縮・再生不全を含めて上記の加齢関連疾患の予防は勿論、積極的な治療が可能になると期待されます。


健康長寿遺伝子と期待される脱ニトロ化酵素と発現細胞の同定および食品機能学的発現誘導が今後の大きな展開となります。従前の「酸化ストレスの軽減」から「酸化ストレスで変性した機能を蘇えらせる(若返り)」に学術的方向性を変革することを志向しており、老化した生体機能を“リセット”するという独創的コンセプトを実現するため、新奇遺伝子(脱ニトロ化酵素)の同定と発現誘導を主内容とする本研究を強力に進める所存です。ヒトやペットの健康医療・福祉の発展に貢献が期待されることは前述のとおりです。




用語解説


(※1) 筋幹細胞(別名:衛星細胞):

骨格筋組織に存在する幹細胞。通常は休止した状態にあるが(細胞周期でいう休止期)、運動や筋損傷などの物理刺激を受けると HGF (肝細胞増殖因子)依存的に活性化し増殖を開始する。その後、増殖した細胞は互いに融合し新しい筋線維(骨格筋を構成する主要な細胞。細長く大きな多核細胞なので“筋線維”と呼ばれる)を形成する他、既存の筋細胞に融合する。これにより筋線維の肥大・再生が起きる。


(※2) 活性化因子 HGF (肝細胞増殖因子):

1980 年代前半に、九州大学理学部の中村敏一教授(当時)らの研究グループにより、肝臓から同定された細胞増殖因子。英語表記 (hepatocyte growth factor) の頭文字をとって HGF と命名された。現在では、肝臓を含めた種々の組織や細胞で多彩な機能を発揮しており、多機能性細胞制御因子として認知されている。骨格筋においては、筋幹細胞の活性を誘導することが認知されている唯一の因子である。活性化した筋幹細胞の増殖を促進する一方で、線維芽細胞の増殖や脂肪細胞の肥大化を抑制する働きを知られている。全身性のノックアウトは致死性であることから、HGF の重要性は容易に理解される。


(※3)ニトロ化(下図参照):

特定の芳香族アミノ酸 (主にチロシン残基) の側鎖に-NO2基を導入する翻訳後化学修飾反応。酸化反応に分類される。生体内において、一酸化窒素ラジカル(*NO)と活性酸素(*02-)との反応により速やかに生成するペルオキシナイトライト(ONOO-、別名 ペルオキシ亜硝酸イオン;単寿命の高反応性生体内分子)によって非酵素的にニトロ化が起こる。-NO 基が導入されるニトロソ化(ニトロシル化)とは異なる。また、「タンパク質の有機化学反応として古くは硫酸酸性条件下での硝酸あるいはテトラニトロメタンによるニトロ化」と「本研究でのペルオキシナイトライトによるニトロ化(生体内反応)」とは区別される。


(※4)HGF の生理活性の消失:

前述の通り、HGF は細胞増殖因子であるので、細胞膜受容体 c-met に結合して細胞内シグナリング活性を発現する。HGF のニトロ化はチロシン残基(Y)198 と 250 の2箇所で起き、これにより受容体 cmet への結合性が消失することを本論文で明らかにした。Y198 と Y250 は c-met 結合部位を構成していることから、ニトロ化により立体構造が居所的に変化し c-met に結合できなくなったと推測される。(下図参照;当該論文の Supplementary Fig.より抜粋;Uchikawa et al. 2021, Nature Communicationsより引用し、加筆・改変して作成)


(※5)結合能:

特定のタンパク質同士が特異的に結合する能力。本研究では、HGF と受容体 c-met が結合する特性あるいは親和性をいう。


(※6)筋線維型:

筋線維は速筋型(易疲労性あるいは II 型とも呼ばれる)と遅筋型(抗疲労性, I 型)の2つに分類され、速筋型は IIb, IIx, IIa に細分化される。筋線維型組成(速筋型と遅筋型筋線維の相対比)は骨格筋の収縮速度や疲労耐性などの収縮特性を決める重要な要素。また、毛細血管の密度、運動神経末端の接着様式、脂肪の沈着の程度も両者で異なることが知られている。

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