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健康を科学で紐解く シリーズ269  「必須栄養素コリンの吸収経路を発見」


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


必須栄養素コリンの吸収経路を発見

――腸管ATP8B1欠損は体内コリン欠乏を引き起こす――




発表のポイント


1.リゾリン脂質の腸管吸収が必須栄養素コリンの体内への供給源として不可欠であることを

 発見しました。


2.膜タンパク質ATP8B1は腸管でリゾリン脂質の吸収に働いており、その機能低下はコリ

 ン欠乏に起因する脂肪肝炎の発症に繋がることを見出しました。


3.本発見は、ATP8B1 の機能低下に伴う脂肪肝炎に対する新たな治療法開発へと繋がると

 期待されます。


必須栄養素コリンの体内への供給経路




概要


 東京大学大学院薬学系研究科の田村隆太郎大学院生、佐分雄祐大学院生(研究当時)、林久允准教授、Axcelead Drug Discovery Partners 株式会社の安藤智広主席研究員らの研究チームは、「必須栄養素コリンの吸収経路」を明らかにしました。コリン(注1)は米国において必須栄養素と定められているビタミン様物質です。生体内のコリンは主に食事中のリン脂質(注2)に由来します。リン脂質は、腸管内でリゾリン脂質(注3)、遊離型コリンを含む様々な物質に分解された後、この分解産物が吸収され体内に取り込まれると考えられています。しかしながら、その吸収に関わる分子機構は明らかになっていません。


本研究チームは、膜タンパク質ATP8B1(注4)が腸管でリゾリン脂質の吸収に働いており、その破綻がコリン欠乏に起因する脂肪肝炎の発症を招くこと、すなわち、体内へのコリン供給の仕組みとその意義を明らかにしました。

 



研究の背景


本研究チームは、PFIC1 の患者さんが肝移植後に脂肪肝炎(注6)を発症することに着目し、その原因を追究することにしました。

 



研究の内容


 本研究チームは PFIC1 の患者さんが肝移植後に脂肪肝炎を発症するという事実から、本病態と肝外組織との関係性に着目しました。PFIC1 の原因遺伝子である ATP8B1 は幅広い組織分布を示すことから、種々の細胞種特異的 Atp8b1 欠損マウスを作出し、その表現型解析を行いました。解析の結果、腸管上皮細胞特異的に ATP8B1 を欠損させたマウス(IEC-KO マウス)が、肝移植後の PFIC1 の患者さんと同様に脂肪肝炎を発症することを確認しました。Axcelead DrugDiscovery Partners 株式会社(以下、Axcelead DDP)の協力を得て、IEC-KO マウスの血漿、肝臓、腸管上皮細胞を対象としたメタボローム解析(注7)、リピドーム解析(注8)を実施したところ、腸管上皮細胞ではリゾリン脂質の一種であるリゾホスファチジルコリン(LPC)がコントロールマウスに比べて蓄積していること、血漿、肝臓では、遊離型コリン及びその代謝物群が減少していることが分かりました。コリン欠乏は、肝臓内の中性脂肪の蓄積、ひいては脂肪肝炎を引き起こすことが知られています。ATP8B1 は細胞膜でリン脂質の外膜から内膜への輸送を担うタンパク質(フリッパーゼ)であることから、本研究グループは「ATP8B1 が腸管上皮細胞においてコリン含有リゾリン脂質である LPC の吸収を担っている」と仮説を立てました。この仮説を検証するために、IEC-KO マウスから腸管上皮細胞を採取し、LPC の吸収試験を行いました。その結果、コントロールマウスに比べて、LPC の細胞外膜から内膜への取り込み低下が確認できました。IEC-KO マウスでは、LPC が腸管上皮細胞の外膜に蓄積してしまい、細胞内へと正しく吸収できないと考えられます。一方、遊離コリンの吸収は、IEC-KO マウスにおいても正常でした。そこで、IEC-KO マウスのコリン欠乏を解消するため、遊離コリンを補充した餌を与えたところ、IEC-KO マウスの脂肪肝炎は消失しました。PFIC1 の患者さんの血漿サンプルを解析した所、IEC-KO マウスと同様に、コリン欠乏が確認されたことから、本成果はヒトにも適用可能な知見であることが示唆されました。

 



今後の展望


 本研究を通じ、ATP8B1 を介した腸管での LPC 吸収が、必須栄養素コリンの主要な体内への供給経路であることが明らかになりました。本経路の破綻により発症する脂肪肝炎は、コリンの補充により治療できる可能性があります。本検証のため、現在研究チームは、Axcelead DDPと連携して、PFIC1 を含む ATP8B1 の機能低下が関連する疾患を対象にした臨床試験の準備を進めています。

 



本研究チームの活動について


 本成果取得は、希少疾患(注9)である PFIC1 の患者さんの臨床情報(肝移植後に脂肪肝炎を発症する)が手掛かりとなりました。PFIC1 は治療法の確立していない難病ですが、今回の成果は、本疾患の新たな治療法開発に繋がる可能性があります。

 

 このように疾患の治療法開発は、対象疾患をしっかりと理解することがスタートとなります。疾患の理解にはたくさんの情報が必要ですが、希少疾患では患者さんの数が少ないため、十分な情報が集まっていないケースがほとんどです。

本研究チームは、このような状況を打開するために、小児期発症の希少肝疾患群を対象とした患者登録研究(CIRCLe)を実施しています(https://www.circle-registry.org/)(注10)。CIRCLe では、患者さん・ご家族、主治医の先生方に御協力いただき、臨床情報、生体試料(血液、尿など)を収集しています。本活動を通じ、小児期発症の希少肝疾患を理解し、本疾患に対する画期的な検査法や診断法、治療法を開発することを目指しています。

希少難病の新規治療法開発には我々研究者だけでなく、患者さん・ご家族、主治医の先生方など全員の協力が必要です。お子さんの長引く黄疸でお悩みのお父さま・お母さま、遷延性黄疸の患者さんを診ている先生方は、是非、CIRCLe への参加をご検討ください。黄疸の原因が不明な場合には、確定診断のお手伝いもいたします。


1:CIRCLe の概要図




用語解説


(注1)コリン

水溶性のビタミン様栄養素で、細胞膜の主要成分であるホスファチジルコリンや、神経伝達物質のアセチルコリンの原材料となる。通常食事から摂取され、体内での生合成の寄与は3割にとどまる。コリンの欠乏は脂肪肝を引き起こすことが知られており、米国では必須栄養素として指定され、1日の摂取量目安が設定されている。

 

(注2)リン脂質

構造中にリン酸エステル部位をもつ脂質の総称で、両親媒性を持ち、脂質二重層を形成して細胞膜の主要な構成成分となっている。グリセリンやスフィンゴシンを中心骨格として2つの脂肪酸とリン酸が結合し、さらにリン酸にアルコールがエステル結合した構造を持つ。

 

(注3)リゾリン脂質

リン脂質の2つの脂肪酸のうち1つが加水分解により切断された分子。

 

(注4)ATP8B1

PFIC1 の原因遺伝子。細胞膜に発現し、リン脂質を細胞外膜から内膜に輸送するフリッパーゼとしての機能が知られている。様々な臓器に発現し、生体膜の非対称性を維持している。

 

(注5)PFIC1

進行性家族性肝内胆汁うっ滞症1型の略称。ATP8B1 の遺伝子変異が原因であり、胆汁うっ滞性肝障害を呈することを特徴とする。本疾患の病態発症機構は明らかになっていないため、有効な治療法は確立していない。最終的に肝硬変に至るため肝移植が実施されるが、PFIC1 患者は肝移植後に脂肪肝炎に起因するグラフト機能不全に至ることが知られている。

 

(注6)脂肪肝炎

肝臓内に中性脂肪が過剰に蓄積している状態を脂肪肝と呼び、その中でも炎症細胞浸潤などを認め、肝障害に発展している状態。

 

(注7)メタボローム解析

メタボロームは代謝物(metabolite)とギリシャ語の「全て」を意味する ome を合成した言葉で「代謝物の総体」を意味する。生物実験サンプル内の代謝物を網羅的に解析する手法。

 

(注8)リピドーム解析

リピドームは生体内に存在する脂質(Lipid)の総体を意味する。生物実験サンプル内の脂質を網羅的に解析する手法。

 

(注9)希少疾患

患者数が極めて少ない疾患を指し、全世界では 6,000 をこえる希少疾患が特定されている。希少疾患の定義は国によって異なり、日本では5万人未満、米国では 20 万人未満、欧州では人口1万人に患者数5人未満が基準とされている。

 

(注10)CIRCLe

Comprehensive and Informative Registry system for Childhood Liver disease の略称で、日本語では「小児期発症の胆汁うっ滞性肝疾患を対象とした多施設前向きレジストリ研究」という意味。小児期に発症する胆汁うっ滞性肝疾患に関する情報を様々な研究機関・医療機関と連携して収集し、治療・研究に役立てている。詳細は、ホームページを参照(https://www.circleregistry.org/)。


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