top of page

健康を科学で紐解く シリーズ271  「腸内細菌の体内流入による免疫異常」それによる「骨髄外造血が起こる仕組み」

更新日:2023年12月8日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 



「腸内細菌の体内流入による免疫異常」と

それによる「骨髄外造血が起こる仕組み」を発見




研究のポイント


1.ヒト腸内細菌の一種であるAkkermansia muciniphila(アッカーマンシア・ムシニフィラ)

 の体内流入が脾臓※ 1における未熟な造血細胞の増殖を引き起こすことが分かりました。


2.上記の反応は免疫を司る分子であるToll様受容体と炎症反応に関与する生理活性物質で

 あるIL-1 を介していることが分かりました。


3.今回得られた知見は、骨髄以外の臓器で起こる造血や自己免疫疾患の理解とこれらに対す

 る新規治療法の開発に繋がると考えられます。




概要説明


 炎症性腸疾患※ 2の患者は関節炎を併発すること、また、関節リウマチ等の自己免疫疾患の患者は造血機能の異常や脾腫を合併する例があることが知られています。炎症性腸疾患の患者では腸の炎症により腸管上皮のバリア機能が低下することで腸内細菌が体内に侵入する可能性が示唆されていますが、これらが造血や免疫の異常を引き起こすかどうかについては明らかになっていませんでした。


今回、熊本大学国際先端医学研究機構(IRCMS)幹細胞ストレス研究室の滝澤仁特別招聘教授らの研究グループは、南方医科大学(中国)、神奈川県立産業技術総合研究所、慶應義塾大学先端生命科学研究所等との共同研究で、ヒト腸内細菌の一種であるAkkermansia muciniphila(アッカーマンシア・ムシニフィラ)の体内流入がToll様受容体及びIL-1 を介して、脾臓における髄外造血を引き起こすことを発見しました。


本研究成果は、髄外造血や自己免疫疾患の理解とこれらに対する新規治療法の開発に繋がることが期待されます。




背景


 細菌やウイルス等の異物を排除する役割を持つ免疫系が過剰に反応し、自分自身の細胞や組織に攻撃を加えることによって起こる疾患を自己免疫疾患といい、代表的な疾患として関節リウマチや全身性エリテマトーデス等が挙げられます。これらの自己免疫疾患の一部では、貧血や血液細胞の異常増殖等の造血機能の異常や、脾臓が腫れる症状である脾腫を合併する例が知られています。脾腫は様々な原因で起こりますが、普段は骨髄内に存在する未熟な造血細胞(造血幹細胞※ 3等)が、感染症等のストレスが加わった状態下で骨髄外に移動し、血液細胞を生み出すようになる「髄外造血」が脾臓で起こることによっても起こります。

また、潰瘍性大腸炎やクローン病等の炎症性腸疾患患者では関節炎を併発することが知られています。炎症性腸疾患では腸管上皮のバリア機能が低下することにより腸内細菌が体内に侵入すると考えられますが、これが髄外造血や関節炎の原因となる免疫の異常を引き起こすかどうかはこれまで明らかになっていませんでした。




研究の内容と成果


 本研究では、ヒトの腸内細菌の1~5%を占めるAkkermansia muciniphila(アッカーマンシア・ムシニフィラ。以下「アッカーマンシア」。)及びその菌体成分をマウスの腹腔内に注射することでアッカーマンシアの体内流入を模倣した動物モデルを作成し、生体の反応を観察しました。その結果興味深いことに、注射直後ではなく注射後2週間経過した時点で著明な脾腫が認められ、脾臓内に造血幹細胞等の未熟な造血細胞が増殖している髄外造血が起こっていることが分かりました。また、この現象は他の腸内細菌を使った実験では起こらなかったため、アッカーマンシア特有の現象であることが分かりました。


さらにToll様受容体という病原体を感知して免疫を司る分子や、炎症反応に関与する生理活性物質であるIL-1 を欠損したマウスでは、アッカーマンシア注射による脾腫の程度が軽くなったことから、アッカーマンシアによる髄外造血はToll様受容体及びIL-1 を介して起こることが分かりました。さらに、IL-1 は脾臓の成熟血液細胞から分泌され、これが骨髄から脾臓に移動した造血幹細胞等の未熟な造血細胞の増殖を刺激していることが分かりました(図)。


図 アッカーマンシアの体内流入による脾臓における髄外造血



 アッカーマンシアを腹腔内注射すると早期に骨髄から造血幹細胞や未熟な造血細胞(造血前駆細胞)が脾臓に移動し、脾臓の成熟血液細胞からIL-1 が分泌されます。このIL-1 が脾臓に移動した造血幹細胞や前駆細胞に存在する受容体に結合することでこれらの細胞の増殖を刺激し、約2週間後に脾腫を形成するに至ります。


上述の結果から、特定の腸内細菌が体内に侵入することにより免疫反応を介した髄外造血が起こることが分かりました。


本研究の成果は、炎症性腸疾患患者で併発する関節炎や自己免疫疾患の発症に腸内細菌が関与している可能性を示唆しており、アッカーマンシアの除菌等により、これらの疾患の新たな予防法や治療法に繋がることが期待されます。




展開


 今後はアッカーマンシアの菌体成分のうち、どのような成分が髄外造血や免疫異常を引き起こしているのかを明らかにすべく研究を進めていきます。これにより髄外造血や自己免疫疾患に対する新規治療薬の開発等に繋がることが期待されます。




用語解説


※1脾臓:人体の左上腹部にある臓器で、リンパ球の成熟や抗体の産生等の免疫機能や古くな

    った赤血球の破壊等の機能を担っている。骨髄で造血が始まる前の胎生期には脾臓

    で造血が行われている。


※2炎症性腸疾患:潰瘍性大腸炎やクローン病の総称であり、大腸の粘膜にびらんや潰瘍がで

        きる疾患で、主な症状は下痢や腹痛。難病指定されており、日本の患者

        数はおよそ 30 万人と見積もられている。


※3造血幹細胞:すべての血液細胞のもとになる細胞。造血幹細胞をはじめとする未熟な造血

       細胞は、普段は骨の中の骨髄に存在し、造血を担っている。






Comments


Commenting has been turned off.
bottom of page