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健康を科学で紐解く シリーズ32  「軽度の睡眠時無呼吸でも、循環器疾患リスクが増加」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


軽度の睡眠時無呼吸でも、循環器疾患リスクが増加

― 約20年の追跡調査で明らかに ―



 順天堂大学大学院医学研究科公衆衛生学の谷川武 主任教授らの共同研究グループ(CIRCS研究)*1は、約13年間(最長20年間)の前向き追跡研究で睡眠時無呼吸*2が循環器疾患発症リスクを上昇させることを明らかにしました。


 睡眠時無呼吸の治療には経鼻的持続陽圧呼吸療法(CPAP療法)*3が用いられますが、この治療は中等症以上でない場合は保険適応になりません。その理由として、軽症の睡眠時無呼吸についてのリスクの強さが十分に検討されておらず、また、そもそもアジア人を含む国内のエビデンスが少ないことが挙げられます。


 本研究では、軽症(保険適応に該当しない)と判定される場合であっても、脳梗塞や虚血性心疾患*4などの循環器疾患発症リスクが高いことを明らかにしており、軽症の睡眠時無呼吸に対するCPAP治療の保険適用に向けて、循環器疾患発症の早期発見・早期治療が期待されます。



研究の背景


 これまで、睡眠時無呼吸と脳卒中や心筋梗塞などの循環器疾患の関連については、欧米の研究からその発症リスク上昇の要因と報告されており、米国では軽症でも関連症状があればCPAP治療の適応となります。


一方、国内では睡眠時無呼吸が中等症以上と診断されると治療が保険適応になるものの、日本を含むアジアの地域住民における睡眠時無呼吸が循環器疾患発症に及ぼす影響についての研究報告は多くはなく、患者さんのほとんどは軽症と判定されて経過観察となっています。


欧米の研究では軽症者が少ない上に、軽症であっても肥満などその他のリスク因子の影響が強いことから、これまで軽症の睡眠時無呼吸の影響については十分に検討されてきませんでした。


 軽症の睡眠時無呼吸を経過観察としていることで、潜在的な循環器疾患の発症リスクを放置してしまっている可能性があります。そこで、本研究では閉塞性睡眠時無呼吸の代替指標である、夜間間欠的低酸素*5と循環器疾患発症リスクとの関連について、国内の地域住民を対象とした追跡調査を実施しました。



研究の内容


 大阪府八尾市、茨城県筑西市、秋田県井川町の3地域で8年間かけて、全対象者への飲酒や喫煙などの生活習慣や血圧や糖尿病などの併存に関する調査を行い、虚血性心疾患および脳卒中の既往がない5,313人(40歳から74歳)を対象に、夜間間欠的低酸素の重症度の指標として、1時間あたり3%以上の酸素飽和度が低下した回数(3%酸素飽和度指数[ODI])を評価し、3%ODI*6<5と3%ODI≧5の2群に分けました。調査後から最長20年間での循環器疾患(脳梗塞および虚血性心疾患)の発症状況を追跡して、2群での循環器疾患発症リスクが異なるかを調べました。


循環器疾患発症リスクについて、Cox比例ハザード回帰モデルを用いて、年齢、性別、BMI、飲酒歴、喫煙歴を調整した多変量調整ハザード比と95%信頼区間を算出したところ、3%ODI<5と比較した3%ODI≧5の循環器疾患発症の多変量調整ハザード比(95%信頼区間)は1.49(1.09-2.03)、心疾患では1.93(1.16-3.19)でした。脳梗塞では2群のリスクに差が認められませんでしたが、脳梗塞の病型毎に検討したところ、ラクナ梗塞*7では2.13(1.08-4.22)とリスクの上昇が認められました。また、3%ODI≧5を治療して正常範囲にコントロールできた場合に防ぎ得たであろう割合は、循環器疾患全体で15.8%、心疾患で26.1%、ラクナ梗塞で30.1%でした。この予想される治療の効果は高血圧の治療効果と同等で禁煙や糖尿病の治療効果よりも高いことがわかりました。


 以上の結果から、夜間間欠的低酸素は地域在住の日本人において循環器疾患、特にラクナ梗塞と心疾患の発症リスクを増加させること、今後の循環器疾患発症予防において睡眠時無呼吸の早期発見・早期治療が重要であることを明らかにしました。




本研究成果のポイント


1.睡眠時無呼吸のスクリーニング検査を5,313人に実施し、その後の循環器疾患発症リス

 クについて検討した。


2.睡眠時無呼吸が軽度であっても、脳梗塞や虚血性心疾患の発症リスクが増加することを明

 らかにした。


3.睡眠時無呼吸治療の保険対象を検討するため貴重なエビデンスとなる。



今後の展開


 今回の研究では、現行制度であればCPAP治療の保険適応外と判断される場合(軽度)であってもラクナ梗塞や虚血性心疾患の発症リスクが増加することがわかりました。


 我が国における睡眠時無呼吸は潜在患者が300万人とも言われており、軽症を含む睡眠時無呼吸の治療は国内の循環器疾患予防に大きな影響を与えるものであると考えられます。



研究者のコメント


 CIRCS研究は循環器疾患の早期発見や予防方法の開発を目的として1963年に開始されました。本研究はCIRCS研究の一環として行われた睡眠時無呼吸の調査です。


まだ睡眠時無呼吸の認知度が低く、さまざまな疾患との関連がよくわかっていなかった時代に世界に先駆けて行われ、今までに高血圧や糖尿病、肥満といった生活習慣病との関連について研究してきました。


本研究は、脳卒中や虚血性心疾患との関連について約20年間の追跡調査を通じてまとめることができた貴重な研究であり、特に国内においては睡眠時無呼吸と循環器疾患の発症リスクの関連を示した初めての研究です。




用語解説


*1 CIRCS研究:


脳卒中などの生活習慣病の予防法について詳しいことがまだわかっていなかった昭和30年代に日本の都市部と農村部の住民を対象に開始された、日本を代表する循環器疾患の疫学研究です。


*2 睡眠時無呼吸:


上気道の閉塞で睡眠中に何度も呼吸が止まる病気です。10秒以上息が止まる状態を無呼吸といい、平均して1時間に5回以上、睡眠中に無呼吸が見られる場合に診断されます。


*3 経鼻的持続陽圧呼吸療法(CPAP療法):


気道が閉塞しないように、マスクから常に空気を送り、呼吸を助ける治療法です。


*4 虚血性心疾患:


心臓の筋肉に酸素がいきわたらないことで生じる疾患の総称です。心筋梗塞や狭心症などが含まれます。 本研究では突然死も含んでいます。


*5 夜間間欠的低酸素:


睡眠時無呼吸では上気道の閉塞が起こっており、閉塞により換気が十分にできないことで間欠的に血中の酸素濃度が低下してしまうことをいいます。


*6 3%ODI:


血中酸素飽和度を一晩測定し、3%以上の酸素飽和度低下が認められた1時間当たりの回数です。

*7 ラクナ梗塞:


脳実質内を走行する細い血管が詰まることによる脳梗塞で、多彩な神経学的症状を起こします。

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