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健康を科学で紐解く シリーズ34  「精子の成熟を制御するスイッチたんぱく質 NICOL を発見」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


精子の成熟を制御するスイッチたんぱく質 NICOL を発見

― 不妊症の原因究明と避妊薬開発に新たな視点 ―



研究の概要


 大阪大学微生物病研究所の淨住大慈助教(研究当時)、大学院薬学研究科修士課程の島田健太郎さん(研究当時)、微生物病研究所の伊川正人教授らの研究グループは、NICOL と名付けたたんぱく質が精子の成熟と雄の生殖能力に必須であることを世界で初めて明らかにしました。


 精巣で作られたばかりの精子はまだ受精能力を持っておらず、精巣上体※3 と呼ばれる器官へ送られ、そこで「成熟」することでようやく受精能力を獲得します。しかし、精子の形成機構にくらべて精子の成熟機構は解明が進んでいませんでした。


 研究グループは、ゲノム編集技術で遺伝子ノックアウト※4マウスを作製することにより、NICOL が精子を成熟させるスイッチとして機能していることを解明しました。

研究グループはこれまでに同様なスイッチたんぱく質として NELL2 を同定していましたが、今回の研究で NICOL がスイッチたんぱく質として NELL2 と一緒に機能することも解明しました。


 これにより、男性不妊のメカニズムの解明や、あらたな設計原理に基づいた男性避妊薬の開発が期待されます。




研究の背景


 精子は精巣で作られます。本研究グループは、ゲノム編集技術を駆使して遺伝子ノックアウトマウスを作製し、これまでに精子の形成に必須な遺伝子を数多く同定してきました(Nature 1997, Nature2005, Science 2015, Science 2020 など)。


一方、精巣で作られたばかりの精子は受精能力を持っていない(泳げないし、卵とも融合できない)ことも知られています。これは精子を成熟させる機能が精巣には備わっていないためです。それゆえ精巣で作られた精子は、精巣上体と呼ばれる器官へ送られ、そこで 2 週間という長い時間をかけて「成熟」することでようやく受精能力を獲得します。


しかし、精子の形成に比べてこの精子の成熟機構についてはほとんど研究が進んでいませんでした。



研究の内容


 研究グループは、ゲノム編集技術を活用して NICOL 遺伝子を破壊した遺伝子改変マウスを作製したところ、精巣上体における精子成熟機構がはたらかず、精子が成熟できないため雄性不妊となることを明らかにしました。


研究グループはさらに、NICOL がどのようにはたらいているのかを調べました。研究グループはこれまでの研究で、生殖路の中を通る情報が伝達される「ルミクリン※5」というしくみで働くスイッチ分子NELL2 を 2020 年に見出していましたが、本研究によって、NICOL もまたルミクリンというしくみによって、NELL2 と共に精子成熟機構のスイッチ分子として働いていることが世界で初めて明らかになりました。



研究のまとめ(ポイント)


1.精子の成熟※1を制御するたんぱく質 NICOL を発見。


2.これまで精子成熟を制御するメカニズムの研究は困難だったが、ゲノム編集※2技術を

 駆使することで可能に。


3.男性避妊薬開発への応用に期待。



本研究成果の意義


 不妊に悩むカップルのうち男性側に原因がある考えられるケースは約半数にのぼると言われています。特に精子の成熟に関わる因子は殆どわかっていませんでした。


NICOL による精子成熟の制御機構を明らかにしていくことで、不妊症の診断や治療薬だけでなく、新たな設計原理にもとづいた男性避妊薬の開発にも繋がることが期待されます。




用語説明


※1 精子の成熟


精巣で作られた精子が受精するために必要な能力を獲得すること。


※2 ゲノム編集


ゲノム(遺伝子を含む遺伝情報)上の任意の場所で、欠失・挿入などの変異を導入できる遺伝子改変技術のひとつ。


※3 精巣上体


精巣から連なった、高度にコイル化した一本の上皮組織の管。この管の中を通過する間に精子は成熟する。


※4 遺伝子ノックアウト


遺伝子改変技術により特定の遺伝子の機能を破壊すること。ノックアウト動物を解析することで、生体内での機能を解明することができる。


※5 ルミクリン


情報を伝えるたんぱく質が精巣から分泌されたのち生殖路を通って精巣上体に働きかける作用様式。

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