未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
植物由来の青黛等を用いた自己免疫性膵炎の治療メカニズムを解明
指定難病である自己免疫性膵炎の新たな治療法確立に期待
膵臓が大きく腫大している自己免疫性膵炎患者のCTとPET CT画像
近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)内科学教室(消化器内科部門)特命教授 渡邉 智裕と、特命准教授 鎌田 研を中心とする研究グループは、自己免疫性膵炎※1 の治療メカニズムに、芳香族炭化水素受容体※2(以下、AhR)という免疫機構を制御する因子の活性化が関与することを、モデルマウスを用いた実験と自己免疫性膵炎患者の臨床検査の両方で明らかにしました。
これにより、芳香族炭化水素受容体の活性化作用がある、植物由来の「青黛(せいたい)※3」などを用いた、自己免疫性膵炎の新たな治療法の開発につながることが期待されます。
研究の背景
自己免疫性膵炎は、自己の免疫システムが膵臓を攻撃することで発症し、膵臓の腫大に伴い黄疸、腹痛、糖尿病などの症状があらわれる、高齢の男性に多い指定難病です。現在、国内患者数は約1万人と推定されており、年々増加しています。
自己免疫性膵炎の大半は、全身性のIgG4関連疾患※5 が膵臓に起こったもので、ステロイドによる免疫制御療法が効果的ですが、さまざまな副作用があり寛解後も長期間の維持療法が必要です。また、約10%の患者は治療を継続しているにもかかわらず再発することが知られており、自己免疫性膵炎の病態の理解に基づいた新規治療法の開発が望まれています。
近年、免疫機構を制御する因子として、細胞内に存在するAhRというタンパク質に注目が集まっています。AhRは生体外物質、微生物代謝物、天然物質など、さまざまな分子により活性化され、免疫反応を調節します。強いAhR活性能をもつ天然物質として、「青黛」という植物由来の生薬があり、すでに先行研究で大腸の免疫疾患である潰瘍性大腸炎の治療に個人の判断で服用することが認められています。
青黛によるAhR機能の活性化を用いた免疫制御療法の開発には大きな期待が寄せられていますが、自己免疫性膵炎の発症に対してどのような効果をもたらすかは明らかになっていませんでした。
研究の内容
研究グループは、先行研究で腸内細菌叢の変化が自己免疫性膵炎の発症を促進することを解明しています。(Int. Immunol. 2019;31:795-809, Int. Immunol. 2023;34:621-634, Clin. Exp. Immunol. 2020;202-308-320)。
AhR活性化分子は腸内細菌により合成される代謝産物であり、さまざまな免疫反応を誘導することが知られています。そこで、腸内細菌叢の変化がAhR活性化分子の合成量を変化させ、自己免疫性膵炎の発症を制御するのでは、という仮説をたて、本研究を開始しました。
仮説を検証するため、まず、3種類のAhR活性化分子の投与が、実験的自己免疫性膵炎の発症に及ぼす効果を検討しました。自己免疫疾患モデル動物であるMRL/MpJマウスに、Poly(I:C)(合成二本鎖RNA:ウイルス由来の二本鎖RNAと同等の免疫賦活作用を有する)を繰り返し投与することにより、自己免疫性膵炎を誘導しました。この自己免疫性膵炎モデルマウスに対して、ダイオキシンの一種である2, 3, 7, 8-テトラクロロジベンゾジオキシン、ブロッコリーに多く含まれるインドール系化合物の一つであるIPA(インドール-3-ピルビン酸)、植物由来生薬である青黛の3種類のAhR活性化分子を含む餌を与えました。
その結果、3種類全てのAhR活性化分子の投与が、効率良く自己免疫性膵炎の発症を防ぐことを見出しました。
次に、AhR活性化による自己免疫性膵炎の制御メカニズムを検証した結果、AhRの活性化に伴い、膵臓にIL-22が多く産生されていることを発見しました。また、IL-22を中和する抗体を投与すると、AhR活性化分子を投与しても膵炎の発症は抑制されませんでした。さらに、AhR活性化によりIL-22を産生するのは、膵ランゲルハンス島※7 のα細胞であることを突き止めました。
IL-22は組織修復機能を持ち、炎症を制御することが知られており、AhR活性化分子の投与により膵ランゲルハンス島で産生されたIL-22も、同様の効果が期待できます。検証の結果、膵ランゲルハンス島で産生されたIL-22は、自己免疫性膵炎の特徴である腺房-導管異形成※8 の発生を抑制し、膵臓腺房構造の恒常性の維持に寄与することが示唆されました。
また、自己免疫性膵炎患者でも、ステロイド治療により病気の状態が改善すると、血清中のIL-22が大きく増加することも明らかになり、AhR活性化によるIL-22の増加が、自己免疫膵炎の発症抑制に寄与していることが明らかになりました。
本研究により、自己免疫性膵炎の発症メカニズムの解明や新規治療法の開発への新たな一歩に繋がることが期待されます。
現在、近畿大学病院において、自己免疫性膵炎患者を対象として、青黛(試験薬名:青黛腸溶FC錠)を用いた臨床研究(試験ID:jRCTs051210171)を実施しており、青黛の安全性・有効性を確認する予定です。
今後、青黛に代表されるAhR-IL-22経路の増強を標的とする、自己免疫性膵炎の新規治療法の開発が期待されます。
AhR機能活性化による膵組織修復メカニズム
研究の成果
研究グループは、自己免疫性膵炎のモデルマウスに対して、青黛など3種類のAhR活性化分子をそれぞれ含む餌を与え、膵臓にどのような変化が生じるかを検証しました。
その結果、どのAhR活性化分子を用いても、自己免疫性膵炎の発症が抑制されました。
さらに、AhR活性化分子を含む餌を食べたマウスの膵臓では、免疫反応を制御するタンパク質の一つであるインターロイキン22(IL-22)が増加していることもわかりました。この結果から、AhR機能の活性化により、IL-22の産生が促進され、膵臓の腺房構造※6 が維持される、というメカニズムが明らかになりました。
さらに、ヒトの自己免疫性膵炎患者でも、ステロイド治療により炎症が改善するとIL-22が増加することが確認されており、IL-22の増加が、自己免疫性膵炎の発症抑制に寄与していることを見出しました。
本研究成果により、AhRの活性化による自己免疫性膵炎の新たな治療メカニズムが明らかになり、今後、青黛を用いた新しい治療法の確立が期待されます。
研究のまとめ(ポイント)
1.AhR活性化分子によって、自己免疫性膵炎の発症が抑制されることをモデルマウスで
確認。
2.AhR活性化分子により、インターロイキン-22※4 という免疫反応を制御するタンパク質
が増加し、自己免疫性膵炎の発症が抑えられるメカニズムを解明。
3.本研究成果により、青黛をはじめとするAhR活性化分子を用いた、自己免疫性膵炎の新た
な治療法の確立に期待。
研究代表者コメント
渡邉 智裕(わたなべ ともひろ) 所属:近畿大学医学部内科学教室(消化器内科部門)
職位:特命教授 学位:博士(医学)
コメント:
自己免疫性膵炎は比較的新しい疾患概念であり、発症のメカニズムは解明されていません。また、疾患の理解に基づいた治療法も開発されていません。本研究を通して、自己免疫性膵炎の病態解明と治療法開発に取り組んでいきたいと思っております。
用語解説
※1 自己免疫性膵炎:
自分の膵臓の組織を、自己の免疫システムが攻撃して生じる膵炎。IgG4関連疾患の発見により、自己免疫性膵炎の大半はIgG4関連疾患が膵臓に生じたものであることが判明した。
※2 芳香族炭化水素受容体:
Aryl Hydrocarbon Receptor。細胞内に存在し、環境由来分子を認識する。活性化分子が結合することで、さまざまな免疫反応、代謝反応を誘導する。
※3 青黛:
藍等の植物から得られ、中国では生薬として、国内でも染料や健康食品等として用いられている。近年、潰瘍性大腸炎に対する有効性が期待されている。
※4 インターロイキン-22:IL-22。細胞が産生する液性因子で、免疫反応を制御する機能を有する。また、組織修復に働くことがわかっている。
※5 IgG4関連疾患:
免疫異常や血中IgG4高値に加え、リンパ球とIgG4陽性形質細胞の著しい浸潤と線維化により、同時性あるいは異時性に全身諸臓器の腫大や結節・肥厚性病変などを認める原因不明の疾患。
※6 腺房構造:
消化酵素である膵液を産生する、膵臓腺房細胞が10~20個集まって形成する膵臓の構造体。正常な膵臓では規則正しく分布するが、炎症や発がんでは膵臓の腺房構造の破壊が起こる。
※7 膵ランゲルハンス島:
膵臓に存在する内分泌腺組織。インスリンを産生するβ細胞とグルカゴンを産生するα細胞などから構成される。
※8 腺房-導管異形成:
膵臓の慢性炎症において腺房細胞の脱分化を繰り返すなかで、一部の腺房細胞が導管様に変化すること。
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