未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
入浴時に石けん類の使用頻度が少ない子たちは
アトピー性皮膚炎や食物アレルギーを発症する子が多い
~エコチル調査より~
研究の概要と成果
富山大学附属病院小児科の加藤泰輔 診療助手らのグループは、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」の参加者を対象に、入浴時の石けん類使用頻度とアレルギー疾患の発症の関連を調べました。
その結果、1 歳半の頃に入浴時に石けん類を毎回使用するお子さんと比較して、より使用頻度が少ないお子さんでは、3 歳の時にアトピー性皮膚炎や食物アレルギーと診断されている子が多いという関連が明らかになりました。
研究の内容
アレルギー疾患は、世界中で小児期に最も多く見られる慢性疾患で、その多くがつらい症状を伴います。近年「アレルギーマーチ」と言って、生後間もない頃にアトピー性皮膚炎を発症したことに続いて、食物アレルギーや気管支喘息など他のアレルギー疾患がまるで行進(マーチ)のように発症する現象が知られています。この現象は、皮膚に問題が起きてダニや食物などのアレルギー物質が皮膚から体内に入ってしまうことが原因の一つと考えられています。したがって、乳幼児期にアレルギー物質から体を守る「皮膚のバリア機能」を保つことは、アレルギー疾患を予防する上で非常に重要と考えられています。
皮膚のバリア機能は、遺伝子タイプによって生まれつき弱い人がいるということが知られているほか、乾燥や寒さといった気象条件、食事、汚染物質、皮膚刺激物質などからも影響を受けると言われています。また、お風呂やシャワーといった日々の入浴習慣も皮膚のバリア機能に影響を及ぼすと考えられており、アトピー性皮膚炎の患者さんを対象とした研究が多数行われてきました。しかし、皮膚のバリア機能が問題となる乳幼児期の子どもを対象とした研究は非常に少なく、入浴習慣や入浴時の石けん類の使用とアレルギー疾患の関係についてあまり知られていませんでした。
そこで本研究では、子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)に参加している子ども 74,349 名を対象に、入浴習慣の情報とアレルギー疾患の発症の有無に関連があるかを調べました。エコチル調査は、対象となるお子さんがお母さんのおなかにいるときから、出生して成長していく過程について様々な項目を調べる調査です。本研究で取り扱った入浴習慣の状況は、1 歳半時点で保護者にお送りした質問票によって情報収集しました。
また、アレルギー疾患の有無については、医師の診断があったかどうかを 3 歳時点で保護者にお送りした質問票にて情報収集しました。
図 1 本研究の情報収集の方法
本研究で調べたお子さんは、1 歳半の時にはほとんどの子がほぼ毎日お風呂あるいはシャワーで体を洗う習慣をもっていました。しかし、入浴時に石けん類を使う頻度は異なり、「毎回使う」子が 9 割と大多数を占めましたが、「だいたい使う」、「ときどき使う」、「ほとんど使わない」お子さんも一定数いました。そこで、「毎回使う」お子さんを基準にした場合の、「だいたい使う」、「ときどき使う」、「ほとんど使わない」お子さんにおける、3 歳の時点でのアトピー性皮膚炎、食物アレルギー、ぜん息の 3 つの疾患の診断状況を調べました。
その結果、1 歳半時点の入浴時の石けん類使用の頻度が少ないお子さんでは、3 歳時点でアトピー性皮膚炎と食物アレルギーと診断されている子が多くなる傾向があるということがわかりました。一方、ぜん息に関しては入浴時の石けん類使用の頻度との関連は認められませんでした(図 2)。
図 2
入浴時の石けん類の使用頻度とアレルギー疾患との関連
オッズ比は一般化線形混合モデルにより算出した。調整変数:母親年齢、婚姻状況、世帯収入、教育歴、妊娠中の就労状況、母親のアレルギー歴、妊娠中の能動喫煙、受動喫煙、妊娠前の体格(BMI)、帝王切開の有無、性別、在胎週数、出生児体重、出生時の季節、授乳方法、出生順位、ペットの飼育、託児の利用、入浴の頻度、湿疹の有無、地域。垂直バーは 95%信頼区間を示す。
このような結果となりましたが、今回の調査対象者のうち 1 歳半の時点で湿疹のような肌にトラブルがある方では入浴時の石けん類の使用頻度が少ない傾向もわかりました。図2 の結果は、1 歳半の時点で湿疹がある子とない子の石けん類使用の違いの影響が消えるような方法で解析を行っています。しかし、やはり単に「アトピー性皮膚炎になった子や食物アレルギーになった子が石けん類を使っていなかっただけ」という「原因と結果」が逆転していることを見ている可能性もあるため、1 歳半の時点で湿疹がないお子さんだけに絞り込んだ追加の解析を行いました(図3)。
図 3 追加解析のデザイン
その結果、1 歳半時点で湿疹のないお子さんに絞り込んでも、1 歳半時点の入浴時の石けん類使用の頻度が少ないお子さんで、3 歳時点でアトピー性皮膚炎と食物アレルギーの診断がつく子が多くなるということがわかりました(図 4)。
図4
1 歳半時点で湿疹がないお子さんにおける入浴時の石けん類の使用頻度とアトピー性皮膚炎および食物アレルギーとの関連
本研究では 1 歳半時点での入浴時の石けん類の使用状況と、3 歳時点でのアトピー性皮膚炎と食物アレルギーの診断との関連を検討したもので、石けん類がアレルギー疾患の発症にどのように関連するかを調べたわけではありません。しかし、これまでの研究で、皮膚に黄色ブドウ球菌が多い場合にアトピー性皮膚炎が発症しやすいといった報告があります。
本研究から見えた結果は、アトピー性皮膚炎発症にかかわるような皮膚の細菌あるいは皮膚に付着したアレルギー物質を石けん類で洗い流すことができなかったことなどが原因ではないかと考えられます。
一方、この研究の解釈にはいくつかの注意点もあります。まず、扱った情報は保護者の回答する質問票より収集したため、記憶違いや回答ミスなどが含まれている可能性があります。また、石けん類はアルカリ性、酸性、中性といった種類や、抗菌剤を含むものなど多様な種類がありますが、こういった種類についての情報はわかりません。そして、本研究の結果は大多数の人々を比較して見えた傾向であって、アレルギー疾患を持つ個人が「石けん類を使わなかったからアレルギーになった」ことを示す内容ではありません。
今後は、今回の結果では不確かだった点を克服する研究をセッティングし、乳幼児期の石けん類の使用でアレルギー疾患が予防できるかさらに調べていく必要があります。
「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」とは
子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成 22(2010)年度から全国で約 10 万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。
臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしています。
エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された 15 の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。
環境省「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」WEB サイト
富山大学 エコチル調査 WEB サイト
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