未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
脳内における新たな音声信号の処理方法が明らかに!
- 左上側頭溝における γ オシレーションが音声の持つ時間情報の脳内表現に寄与していることを発見-
研究の概要
宮崎大学医学部臨床神経科学講座精神医学分野平野羊嗣 准教授、田村俊介 助教らの研究グループは、音声聴取時の脳波計測を行い、左半球の上側頭溝における γ オシレーションが、ヒトの音声が持つ時間情報の脳内表現において重要な役割を担うことを発見しました。
研究の背景
我々が音声から言語情報を正確に知覚するためには、音声信号に含まれる様々な速さの時間変動を、脳で正確に抽出する必要があります。特に、10 Hz 以下の時間変動成分である振幅包絡と、50 Hz 以上の時間変動成分である時間微細構造(図の左)の両者を脳内で捉え処理することが重要です。
振幅包絡成分は音声から言語情報を抽出する際に重要で、時間微細構造は主に雑音環境下でコミュニケーションに必要な音声の情報を抽出する際の重要な手がかりになることが知られています。これらの時間情報を処理する脳の機能として、律動的な神経活動であるニューラルオシレーション(注2)が注目されています。具体的には、低い周波数(4~8 Hz)を持つ θ 帯域のオシレーション(以下 θオシレーション)が振幅包絡の情報処理を担い、高い周波数(主に 30 Hz 以上)を持つ γ 帯域のオシレーション(以下 γ オシレーション)が時間微細構造の情報処理において重要な役割を担うことが知られています。
しかしながら、実験デザインや解析技術の制約によって、θ オシレーションと γ オシレーションは別々に計測・評価されることが多いため、音声の持つ複数の時間特徴を脳がどのように同時並行で処理しているのかについては明らかになっていませんでした。
研究の成果
本研究では、音声信号に含まれる振幅包絡と時間微細構造の処理に関わる脳内のニューラルオシレーションを特定するために、音声および時間微細構造を取り除いた合成音声を聴取している際の脳波を計測し、各々の刺激に対する脳活動の挙動を詳細に解析しました。
その結果、音声聴取時には、左半球の上側頭溝において、時間微細構造と同じリズムの γ オシレーションが発生すること、さらに、その γ オシレーションのパワーが振幅包絡と同じリズムで変動することが明らかになりました(図の右上)。
この結果は、脳内におけるγオシレーションが、音声信号に含まれる振幅包絡と時間微細構造を結びつけて処理する上で非常に重要な役割を担うことを示しています。また、時間微細構造を取り除いた合成音声の聴取時には、γ オシレーションが発生せず、振幅包絡と同じリズムのパワーの変動も見られないことが分かりました(図の右下)。
このことからも、γ オシレーションが音声の時間情報処理に特化した機能を持つことが支持されます。
今後の展望
本研究で用いた実験デザインは、精神神経疾患を抱える患者が有する言語情報処理異常の神経メカニズムを調べる際に有用だと考えられます。特に、言語性幻聴や連合弛緩など特徴的な言語情報処理障害が見られる統合失調症患者では、聴覚刺激時の γ オシレーションに異常が見られることが繰り返し報告されています。
音声刺激を使って γ オシレーションの機能異常を確かめた研究はこれまでにほとんど存在ないため、統合失調症を対象として本研究と同様の実験を行うことで、統合失調症の病態理解に寄与する研究成果が得られる可能性が高いと思われます。
また、本研究は、近年話題となっている「隠れ難聴」(正常な聴力であるにも関わらず, 聴覚系の時間情報処理能力の低下が原因で, 雑音下で声が聴き取りにくくなる)の診断法開発にも繋がる知見だと考えられます。
臨床場面での聴覚機能評価は未だ純音聴力検査に依存しており、日常生活で耳にする音とは大きく性質が異なる聴覚刺激を用いられているのが現実です。
本研究で行った実験のように、日常的な音声コミュニケーションに即した形での刺激設定で、聴覚時間情報処理能力を評価することが可能となれば、「隠れ難聴」を調べるための新たな聴覚検査法の臨床応用が促進されることが期待されます。
研究のまとめ(ポイント)
1.ヒトが音声を聴取する際に、左上側頭溝における γ オシレーションが、音声の持つ主要
な時間変動成分である振幅包絡と時間微細構造(注 1)の同時処理に大きく関わっていること
を発見。
2.本研究で採用した実験デザインは、統合失調症などの精神神経疾患で見られる言語情報処
理異常の神経メカニズムを調べるために有用だと考えられる。
用語説明
(注 1) 振幅包絡とは、音声信号が持つ緩やかな振幅の変化のことで、主に 10 Hz 以下のリズムを持つ。このリズムは、音節(日本語で言うとひらがな一文字)の出現頻度と一致することから、音声から言語情報を知覚するために重要な手掛かりだと考えられている。一方で時間微細構造は、振幅包絡とは逆に、音声信号の微細な振幅の変化を表し、50 Hz 以上のリズムを持つ。主に音声の音源である基本周波数(声の高さ)を反映したリズムであることから、雑音環境下などで他の音から音声の情報を分離する際に役立つとされている。
(注 2) ニューラルオシレーションとは、周期的な神経活動の変化のことで、その周波数によって異なる機能があることが知られている。今回の研究で注目した γ オシレーションは 30 Hz 以上の周波数を持つニューラルオシレーションで、意識、注意、知覚認知、記憶などの高次脳機能に関連した重要な神経活動であることが知られている。
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