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健康を科学で紐解く シリーズ45  「てんかん患者の脳機能の調節における シナプス可塑性の重要な役割が明らかに」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


脳機能の中核を担うAMPA受容体を「見る」ことで解明

—てんかん患者の脳機能の調節におけるシナプス可塑性の重要な役割が明らかに—



 横浜市立大学大学院医学研究科 生理学 高橋琢哉教授らの研究グループは、脳の機能を担う AMPA 受容体*1を可視化するPET 用のトレーサー(化合物)*2を用いて、AMPA 受容体のダイナミクスが、てんかん患者の脳機能を調節することを解明しました。


AMPA 受容体は脳の働きを支える重要な分子であり、この分子をヒトの生体脳で可視化することで、これまでブラックボックスであった精神・神経疾患の病態解明や、その情報を根拠にした革新的な診断・治療法の開発が進むと考えられています。


 本研究グループが開発した PET 用トレーサーを用いた臨床研究により、てんかん発生の生物学的なメカニズムの解明に近づくことができました。



研究の背景


 てんかんは、脳内の過剰な電気的活動を特徴とする神経疾患であり、誘発されない反復性の発作を引き起こし、世界中で何百万人もの人々が罹患しています。また、てんかんの原因は、脳の電気的リズムの不均衡により生じると考えられているため、神経興奮の中心的役割を担うAMPA受容体に着目した発症メカニズム解明や創薬研究が推進されてきました。


 本研究グループでは、2020年に生きたヒトの脳における細胞表面のAMPA受容体を可視化・定量化する世界初の新規放射性トレーサー化合物:[11C]K-2を開発し、てんかん発生における分子病態解明の新たな方法論としてブレークスルーをもたらしました。

これにより、発症メカニズムの更なる解明や診断・治療法開発の進展が待ち望まれてきました。



研究の内容


 AMPA 受容体は、脳のシナプス可塑性において中心的な役割を果たしています。


 本研究では、男性てんかん患者 30 名と健常者 31 名に対し、陽電子断層撮影(PET)および脳波検査(EEG)を用いて、脳の AMPA 受容体の密度と EEG で測定した動的な電気活動の関係を比較解析することで、てんかん発生における AMPA 受容体の関与を分析し、疾患の生物学的根拠の解明を目的としました。


 シナプス*5はニューロンとニューロンの間の情報の伝達を仲介する構造体です。しかし、シナプスの機能不全は、てんかんを含む様々な脳障害を引き起こします。シナプスの可塑性、つまりニューロンの活動がニューロン間の結合の強さの変化を引き起こす過程には、主に2つの形があり、Hebbian型シナプス可塑性*6と恒常的(ホメオスタシス)可塑性*7があります。

Hebbian型シナプス可塑性は、複数の神経細胞の同時発火などにより、その神経をつないでいるシナプスに変化が起きる現象で、記憶や学習などのメカニズムと考えられています。一方、恒常的(ホメオスタシス)可塑性は過度に興奮した神経組織の興奮性を元の状態に戻します。例えば、神経組織全般に興奮性が上がった際に、元の興奮性に戻すためにシナプス表面のAMPA受容体量が低下するといった現象です。

本研究は、AMPA受容体が関与するこれらのシナプス可塑性がてんかん脳で起きており、てんかん脳の病的な特性を作り上げているという仮説に基づいて取り組みました。


 本研究において、てんかん患者の脳内AMPA受容体分布をPETでモニタリングした結果、細胞表面のAMPA受容体密度と焦点性てんかんにおけるγ波(安静閉眼時で取得したてんかん脳における異常脳波データ)の振幅との間に、正の相関を認めました。つまり、焦点性てんかんでは、Hebbian型シナプス可塑性により細胞表面に移行したAMPA受容体がてんかん性異常脳波の増幅を担っていることが明らかになりました。さらに、焦点性発作から全般発作への移行(二次性全般化)においては、細胞表面のAMPA受容体密度とθ波*8の振幅における正の相関が失われ、負の相関を認める領域が広がることが明らかになりました。


 最新の研究動向では、θ波は抑制性神経活動を反映しているという説が議論されており、本結果は細胞表面のAMPA受容体の密度増加により引き起こされる脱抑制の広がりが二次性全般化のメカニズムであることを示唆しています。とりわけ、てんかんにおける突然死の最も重大な危険因子は、焦点性発作から両側性強直間代発作への移行(二次性全般化)であることから、本結果は、てんかん発生の分子メカニズム解明の上でも非常に重要な発見となりました(図1)。


図1  二次性全般化のメカニズム


(左)全般発作を伴わない焦点性発作の患者では、細胞表面のAMPA受容体の増加が観察される同じ領域で、AMPA受容体の増加によって抑制神経活動の増強も起こり、焦点性てんかんの興奮性活動がある程度制御されている。


(右)FBTCS(焦点起始両側強直間代発作:二次性全般化)の患者では、細胞表面のAMPA受容体の増加による脱抑制(抑制性活動の低下)が脳内に広がり、焦点性発作から全般発作への移行を引き起こすと考えられる。


また、焦点性てんかん患者と対照的に、全般てんかんの患者では、細胞表面のAMPA受容体密度とγ波の振幅との間に負の相関を認めました。このことから全般てんかんではナトリウムチャネルなどのAMPA受容体以外の要因によりてんかん性異常脳波が増幅され、細胞表面のAMPA受容体は恒常性可塑性によりてんかん性活動を抑制させようと減少していると考えられます。


さらに、てんかん患者は健常対照者よりもAMPA受容体密度が低い領域が存在し、全般てんかんの患者は、焦点性てんかんの患者よりも、皮質のより大きな領域で健常対照者と比較してAMPA受容体密度の低下している領域を示しました(図2)。


図2 全般てんかんで健常者と比較してAMPA受容体密度が低下している領域をPETで撮像した画像値から算出したもの。



 焦点性てんかん患者では、てんかん性活動によりAMPA受容体が増加している領域の周辺で健常者よりAMPA受容体密度が低下し、全般てんかんではてんかん性活動に伴ってAMPA受容体密度が低下している領域と概ね一致した領域で健常者よりAMPA受容体密度が低下していました。


多くの科学者がてんかんではAMPA受容体が増加していると考えている中で、我々の「てんかん患者においては健常者よりもAMPA受容体が低下している領域がある」という結果は大変おどろくべき結果であると言えます。また、これらの低下も恒常性可塑性によっててんかん活動を抑制しようとする脳の働きによって引き起こされると考えています。


これらの知見を考慮すると、てんかん回路を特異的に作る異常発火によってAMPA受容体の移行を促進するHebbian型シナプス可塑性と、過興奮を抑制するためのシナプス機能の代償的な低下を引き起こす恒常的可塑性が、てんかんの脳機能を制御している可能性が示唆されました(図3)。


図3 研究の概要図



今後の展開


 本研究では、男性患者のみの観察を行いましたが、女性患者を対象とした同様の臨床試験を実施することがきわめて重要です。本研究で得られた知見は、ヒトの脳におけるてんかんの生物学的根拠を解明する上で重要な示唆を与えており、てんかんの患者に対する新規かつ有効な治療薬の開発につながる可能性が期待されます。




用語説明


*1 AMPA受容体:


人工アミノ酸であるAMPA(α-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メソオキサゾール-4-プロピオン酸)を選択的に受容することから名づけられた、脳の働きを担う主役である分子で、脳内の情報処理の中心的な役割を担う神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体の一つであり、シナプス膜上にイオンチャネルを形成する。グルタミン酸がAMPA受容体に結合すると、細胞内にイオンが流入しシナプスが応答するため、シナプス膜上のAMPA受容体の数が増えると更に応答が増強し、シナプス応答の変化は、記憶学習をはじめとした脳内の情報処理の変化における中心的なメカニズムであることが知られている。


*2 陽電子断層撮影(Positron Emission Tomography :PET)用トレーサー:


陽電子検出を利用したコンピューター断層撮影技術が陽電子断層撮影(PET)で、この技術を使うと、放射性ラベルした化合物を検出することができる。AMPA受容体に特異的に結合する化合物を放射性ラベルし(PET用トレーサー)、PETを用いて撮像することにより、AMPA受容体の量をヒト生体脳で定量化できる。


*3 焦点性てんかん:


脳内の特定部位の脳波に異常が見られるてんかんのこと。脳の一部でてんかんが発生し、焦点性発作を引き起こす。焦点性発作がきっかけとなり、脳全体でてんかんが発生する全般発作(二次性全般化)に移行する場合がある。


*4 γ活性:


知覚や意識に関連する脳波であるγ波の周波数帯におけるパワー変調のこと。てんかんの発作時にはガンマ波に異常が生じるため、バイオマーカーの一つとして用いられる。


*5 シナプス:


神経細胞同士をつなぎ神経細胞間の情報伝達の中心を担う構造体で、神経細胞が活性化すると、その神経細胞のシナプス前末端から放出された神経伝達物質が別の神経細胞のシナプスにある受容体に結合することで情報が伝わる。


*6 Hebbian型シナプス可塑性:


特定のシナプスにおいて情報伝達が繰り返されると、そのシナプスの伝達効率が増強(あるいは減弱)される。記憶や学習などのメカニズムもこのHebbian型シナプス可塑性が担っている。


*7 恒常的(ホメオスタシス)可塑性:


ニューロンが異常なニューロンの興奮を誘発する信号にさらされると、ニューロンが神経活動の変化に応じて活動電位発火率を調整し、応答性を調整することで、ニューロンネットワークを安定させる。


*8 θ波:


徐波であるθ帯域(4-7Hz)の脳波のこと。抑制性の神経活動に応答して出現することが報告されている。

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