健康を科学で紐解く シリーズ51 「糖尿病患者の100人に1人は“治っていた”」
- nextmizai
- 2023年5月29日
- 読了時間: 8分
更新日:2023年6月25日
未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
糖尿病患者の100人に1人は「治っていた」
~4万8千人の患者データ解析で明らかになった「寛解」の頻度と条件~
糖尿病は「いったんなったら治らない」「一度薬を飲み始めると一生飲み続けなければならない」と言われてきました。しかし、新潟大学大学院医歯学総合研究科血液・内分泌・代謝内科学分野の藤原和哉特任准教授、曽根博仁教授らの研究グループが、全国の糖尿病専門施設に通院中の 4 万 8 千人の 2 型糖尿病患者(注 1)を対象に、糖尿病データマネジメント研究会(JDDM)の臨床データを分析したところ、いったん糖尿病になった人の中で、血糖値が正常近くまで改善し、薬が不要な状態となる(糖尿病が「寛解」する)人が一定の割合で存在することが明らかになりました。
さらに、糖尿病と診断されてからの期間が短い人、HbA1c 値(注2)が低い人、肥満度(BMI)が高い人、1 年間の体重減少が大きい人、薬物治療を受けていない人に「寛解」が起こりやすいことを明らかにしました。
研究の背景
これまで「糖尿病を発症すると、一生付き合わなければならない(治らない)」と言われていましたが、実際には、いったん 2 型糖尿病と診断され、治療を開始した患者さんであっても、食事療法、運動療法をはじめとした生活習慣療法、一時的な薬物療法、肥満外科手術あるいはそれらの組合せによる減量などを通して血糖値が正常近くまで改善し、薬剤が不要な状態(2021 年、糖尿病の「寛解」と国際的に定義されました)となることが時折経験されてきました。
しかし、日本人において、どの程度の患者さんが「寛解」しているのか、またどのような人が「寛解」しやすいのかについては不明でした。さらにいったん「寛解」した人のうち、どのような人が長期間にわたり「寛解」状態を維持できるかについても定かではありませんでした。
研究の概要
今回、新潟大学大学院医歯学総合研究科血液・内分泌・代謝内科学分野の藤原和哉特任准教授、曽根博仁教授らの研究グループは、糖尿病データマネジメント研究会(JDDM)が保有する日本全国の糖尿病専門施設に継続して通院している糖尿病患者約 4万 8千人の長期間の臨床データを解析し、約 1%の患者で糖尿病が「寛解」していたことを初めて明らかにしました。
また糖尿病と診断されてからの期間が短い人、HbA1c 値が低い人、BMI が高い人、1 年間の減量幅が大きい人、薬物治療を受けていない人において「寛解」しやすいことが判明しました。
さらに一度寛解の状態に至った人の中でも、減量した人において寛解の状態が継続する傾向が高いことが明らかになりました。
研究の成果
日本全国の糖尿病専門施設(注 3)に通院中で、登録時に寛解の状態ではなく、血糖の指標である HbA1c 値や体重を継続的に測定されている 18 歳以上の 2 型糖尿病患者 47,320 人を対象とし、1989 年から 2022 年において寛解(薬物治療を中止され、HbA1c 値 6.5%未満が 3 か月以上継続)したかを追跡しました。その後、寛解が 1 年間続いたかを判定し、「寛解」や「寛解後の再発」と関連する要因を検討しました。
その結果、追跡期間(中央値)5.3 年に 3,677 人が寛解に至り、その頻度は 1000 人を 1 年追跡すると 10.5 人(約 1%)となりました。観察開始時の患者さんの特徴を詳細に検討した結果、①男性、②40 歳未満、③糖尿病と診断されてから 1 年未満、④HbA1c 値 7.0%未満、⑤BMIが高値、⑥1年間の減量幅が 5%以上、⑦薬物療法を受けていない人においては、寛解に至る割合が高く(図1、表 1)、その中でも、薬物療法を受けていない人、HbA1c 値 7.0%未満の人、1 年間の減量幅が 5〜9.9%の人、10%以上の人では、1000 人年あたりの寛解発生数が、それぞれ 21.7 人、27.8 人、25.0 人、48.2 人と上昇していました。(図1)。

図 1 それぞれの臨床指標における千人年あたりの寛解発生
糖尿病罹患期間 1 年未満で約 2%、HbA1c 値 7.0%未満で約 3%、BMI 高値(≧35)で 2%、BMI が 1 年で減少 5%、10%以上でそれぞれ2.5%、5%、薬物治療なしで約 2%寛解が発生する。一方、罹患期間 5 年未満、HbA1c 値 8.0%以上、1 年で BMI が増加、薬物治療中の場合、寛解発生割合は 0.5%未満となる。
1 年間の体重変化に関しては、BMI が 0〜4.9%低下した場合を基準とすると、5.0〜9.9%低下、10%以上低下した場合には、寛解の発生がそれぞれ 2.2 倍、4.7 倍上昇していました。逆に、体重が増加すると寛解が発生しにくくなる傾向が確認されました(表 2)。
さらに寛解に達した 3,677 人を追跡した結果、1 年間寛解を維持した人は 1,187 人にとどまり、3 分の 2 にあたる 2,490 人が再発(再び血糖値が上昇)したことが判明しました。
再発した患者さんの観察開始時の特徴を分析すると、糖尿病と診断されてからの期間が長いことやBMI が低いことに加えて、体重が増加した人において再発が起こりやすい傾向が明らかになりました(表 1、表 2)。
表 1 寛解、寛解後再発と関連する要因に関する検討(ロジスティック回帰分析)

男性、観察開始時の BMI が高値、1 年間の BMI が低下、薬物治療を受けていないことで寛解の割合が増加することが分かる(左から 2 段目)。
また糖尿病罹患期間の増加、観察開始時の HbA1c 高値、1 年間の体重増加に伴い寛解しにくいことが分かる(左から 2 段目)。 寛解を 1 年にわたり継続する要因に関しても概ね同様の結果である(左から 4 段目)。 1 年間の体重増加に伴い寛解達成後、再発しやすいことが分かる(左から 6 段目)。
表 2 寛解、寛解後再発と関連する要因を層別化して検討(ロジスティック回帰分析)

観察開始時のBMIが高値、 1年間のBMIが低下すると寛解の割合が増加することが分かる(左から2段目)。
糖尿病罹患期間の増加、観察 開始時のHbA1c高値、1年間の体重増加、薬物治療ありに伴い 寛解しにくいことが分かる(左から3段目)。
1年にわたる寛解に関する結果も概ね同様の結果である(左から4段目)。
1 年間の体重増加に伴い寛解達成後、再発しやすいことが分かる(左から5段目)。
日本人を含む東アジア人は、欧米人に比べてインスリン分泌能力が低く、同じ 2 型糖尿病患者でも発症メカニズムや肥満の影響が異なります。そのため、日本人では欧米人より寛解率が低いことが予想され、これまで、「糖尿病は治らない」と認識されていましたが、実際には日本人においても、欧米人と同様に 1%程度の寛解が見られることが初めて確認されました。
またこれまでの研究は、体重や HbA1c 値の測定間隔は 3-6 か月と長く、寛解の頻度やその関連要因を正確に把握することは困難とされていましたが、今回は糖尿病専門施設に継続的に通院している患者さんのデータを使用することにより、体重、HbA1c 値や薬物治療の経過を 1〜2 か月の短い範囲で、漏れなく追跡することができました。さらに約 4 万 8 千人のビッグデータを分析することで、年齢、血糖値、BMI、体重減量の度合いを詳細に層別化することができました。
また国際的に統一された基準を使用したことで、日本人だけでなく、欧米の研究と比較することが可能となり、人種における血糖が改善する際のメカニズムの違いを考察することができました。日本人は遺伝的に欧米人よりもインスリンを分泌する力が弱いため、欧米人ほど BMI が高くなくても糖尿病になる人も多いですが、今回の研究結果から食事、運動をはじめとした治療への取組により、5%程度の減量から糖尿病の寛解が期待できる可能性が示されました。
研究の成果(ポイント)
1.日本人の 2 型糖尿病患者の約 100 人に 1 人が寛解し、1 年間の減量幅が 5〜9.9%の
人、10%以上の人では、寛解の頻度がそれぞれ 2.5 倍、5.0 倍増加していた。
2.糖尿病と診断されてからの期間が短い人、HbA1c 値が低い人、BMI が高い人、1 年間の
体重減少が大きい人、薬物治療を受けていない人においてより寛解する傾向にあった。
3.1 年間の減量幅が 5%以上の人では寛解後に再発する傾向が低かった。
今後の展開
今回の研究結果から日本人の2型糖尿病において100人に1人が寛解するという実態が明らかになりました。
その中でも、薬物療法を受けていない人、HbA1c 値が 7.0%未満の人、減量幅が 1 年間で 5%以上の人では、より寛解する割合が高いことが判明しました。つまり、これまで「糖尿病は治らない」と言われていましたが、たとえ糖尿病と診断されても、早期から生活習慣改善や薬物治療に取り組み、減量を行うことで 2 型糖尿病の寛解は可能だということを示しています。
また一度寛解に至った場合でも、体重を適正に管理し、定期的に診察を受けることが、寛解後の再発を予防するにあたり重要である可能性が示されました。
なお今回の研究は、観察研究であることから原因と結果の関係を示したものではなく、今後、生活指導や薬物による介入研究を行うことで実際にどの程度の人が寛解し、寛解の状態が持続するかを確認する必要があります。
今後は、構築したデータを基に、寛解に関連する要因の分析を継続し、より多くの人が「寛解」を達成できるようにするにはどうしたらよいかについて現場診療に活かす予定です。
用語解説
(注 1) 2 型糖尿病:遺伝的素因によるインスリン分泌能の低下に、環境的素因としての生活
習慣の悪化に伴うインスリン抵抗性が加わり、インスリンの相対的不足に陥った
場合に発症する糖尿病。日本人糖尿病の 95%を占める。
(注 2) HbA1c 値:赤血球中のヘモグロビンという色素のうちどれくらいの割合が糖と結合
しているかを示す検査値。採血前 1-2 か月間の血糖値の平均的な状況を反映する。
(注 3) 糖尿病専門施設:JDDM のデータベースに登録された施設。
Comments