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健康を科学で紐解く シリーズ52 「"効く" がん細胞ワクチンのメカニズムを解明」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


"効く" がん細胞ワクチンのメカニズムを解明

~ほぼ全ての患者さんに適用可能ながん細胞ワクチン開発に貢献する可能性~



研究の概要


 北海道大学遺伝子病制御研究所の和田はるか准教授、清野研一郎教授、同大学大学院医学院博士課程の梶原ナビール氏らの研究グループは、がん細胞ワクチンはほとんど効かないとされる中、“効く”がん細胞ワクチンの、効果を示すメカニズムを明らかにすることに成功しました。


 がん細胞そのものを用いるがん細胞ワクチン療法は、がん細胞を得ることができれば、理論上ほぼ全ての患者さんに適用できる治療法となりうることから、大変期待されていました。しかし残念ながら、ごく一部を除きほとんどの例で有効性が見られませんでした。またごく一部の効く場合でも、なぜ効くのかが不明なままであり、近年ではほとんど顧みられなくなっていました。


 研究グループは、マウスのがん細胞株では非常に高いワクチン効果を示すものが複数存在することに着目し、ワクチン効果を示さないがん細胞株との比較解析を行うことで、ワクチンが効くメカニズムの解明に取り組みました。

その結果、ワクチン効果のあるがん細胞株では、自然免疫系に関係する複数の遺伝子の発現が高くなっていることが分かりました。そこで、発現の高い特定の 3 つの遺伝子をワクチン効果のないがん細胞株に導入してワクチン療法を行うと、治療効果が得られるようになりました。また、ワクチン効果の発揮にはインターフェロン-γ 産生 B 細胞が重要であることも判明しました。


 今回得られた研究成果は、今後のがん細胞ワクチンの開発に貢献するものと期待されます。


4T1-S 細胞の位相差顕微鏡写真












研究の背景


 近年のがん治療において、免疫療法へ寄せられる期待は非常に大きいものがあります。

がん免疫療法の一つとして、ワクチン療法が知られています。ワクチン療法にも様々な種類があり、がん細胞が高発現するタンパク質やがん細胞で変異しているタンパク質の一部をワクチン抗原として用いる方法(ペプチドワクチン療法)、抗原提示細胞である樹状細胞を用いる方法(樹状細胞ワクチン療法)、がん細胞そのものを用いる方法(がん細胞ワクチン療法)などが挙げられます。しかし、例えばペプチドワクチンは患者さんの HLA*1型次第では適用できないケースがあること、既に特定された抗原しか利用できないこと等の制約もあり、どのような患者さんにも適用可能なワクチンの開発が待ち望まれています。


 様々な患者さんにも適用できる可能性のあるワクチンとしてがん細胞ワクチンがあります。がん細胞そのものを用いるがん細胞ワクチン療法は、がん細胞を得ることができれば理論上ほぼ全ての患者さんに適用できる治療法となりうることから、大変期待されていました。しかし、残念ながらごく一部の例を除き、ほとんどの例で有効性が見られませんでした。また効いた場合でも、なぜ効くのかが不明なままであり、近年ではこの治療法はほとんど顧みられなくなっていました。


 研究グループは、マウスがん細胞株で非常に高いワクチン効果を示すものが複数存在することに着目し、ワクチン効果を示さない複数のがん細胞株と比較解析を行うことで、ワクチンが効くメカニズムを解明できるのではないかと考え、研究に取り組みました。



研究の手法


 本研究の鍵は、高いワクチン効果をもつ 4T1-S(4T1-Sapporo、マウス乳がん細胞株)(p1図)の発見です。この細胞株には元となった細胞株(親株)、4T1-A(4T1-ATCC)が存在し、この株を用いてワクチン実験をすると、この細胞株は効果をほとんど示さないことが分かりました。そこで研究グループは、これらのがん細胞の差異を見出すことで、がん細胞ワクチンが効くメカニズムの解明に繋がるのではないかと考えました。


後の調査で、4T1-S、4T1-A の他にもワクチン効果を示すがん細胞株として MCA-205(マウス線維肉腫)、CT26(マウス大腸がん)、ワクチン効果を示さないがん細胞株として 3LL(マウス肺がん)、B16(マウス悪性黒色腫)が存在することが分かったため、これらのがん細胞も含め解析を行いました。



研究の成果


 今回の一連のワクチン実験では、がん細胞に X 線を照射したものをワクチンとして用いています(図 1)。そこで各がん細胞を X 線照射した後に遺伝子発現を解析したところ、自然免疫に関与する複数の遺伝子が発現増加していることを見出しました。

そこで、発現の高い 3 つの遺伝子、Irf7、Ifi44、Usp18 を、ワクチン効果のないがん細胞株である 4T1-A や CT26 に導入しワクチン実験を行うと、ワクチン効果が得られることが判明しました。


また、ワクチン効果が生じるメカニズムを明らかにするために、ワクチン後のマウスリンパ節細胞に対し 1 細胞 RNA シーケンシング解析(single cell RNA-seq; scRNA-seq)*2を実施しました。リンパ節はワクチン効果を生じるための「要」ともいえる組織で、T 細胞、B 細胞、樹状細胞など様々な免疫細胞が存在しています。ワクチン効果のある 4T1-S を接種したマウスリンパ節細胞と、4T1-Aを接種したマウスリンパ節細胞を比較した結果、4T1-S を接種したマウスリンパ節ではインターフェロン-γ 産生 B 細胞が増加していることが分かりました。

この細胞が本当にワクチン効果の発揮に重要かを調べるため、マウスに B 細胞に対する抗体を投与して、B 細胞をマウスの体内から消去した後、4T1-S 細胞ワクチンを投与する実験を行いました。その 2 週間後、生きた 4T1-S 細胞を接種し、腫瘍が生じるかどうか、つまりワクチン効果が見られるかどうかを観察しました。すると、実験した全マウスから腫瘍が生じました。これはつまり、4T1-S 細胞からワクチン効果が失われたことを意味します。このことから、B 細胞がワクチン効果の発揮に重要な役割を担っていることが分かりました。


今回のマウスがん細胞を用いて行われた研究結果は、ワクチン効果が見込めないタイプのがん細胞であっても Irf7、Ifi44、Usp18 といった遺伝子を導入した上でワクチン接種を行えば、がんの再発予防効果が見込める可能性があることを示しています。また、がん細胞ワクチン効果の発揮のためにはB 細胞が重要であることも解明されました。


【参考図】

図 1.ワクチン実験の工程。

がん細胞を X 線照射し、ワクチンとしてマウス皮下に接種する。その2週間後、今度は生きているがん細胞接種し、腫瘍の発生やマウスの生存率を観察するという方法でがん細胞ワクチンの効果を評価した。この方法では、主にがん細胞ワクチンのがん再発予防効果について観察することができる。




研究成果のまとめ(ポイント)


1.がん細胞そのものを用いたワクチンのうち、ごく一部のワクチンのみが効くメカニズムを

 解明。


2.有効ながん細胞ワクチンではがん細胞内で自然免疫系遺伝子の発現が増加していることを

 発見。


3.今後のがん細胞ワクチン開発への応用に期待。



今後への期待


 がん細胞ワクチン療法は、ほぼ全ての患者さんに適用することができる可能性を秘めたがん免疫療法の一つであり、開発の意義は大変大きいと考えられます。しかし、これまではがん細胞ワクチン療法はほぼ無効と考えられ、研究は停滞していました。そのような中、今回の研究成果はがん細胞ワクチン療法開発の端緒となり、今後のがん細胞ワクチンの開発に貢献するものと期待されます。


しかしながら、今回の研究成果はマウスを用いて行われた実験によるものです。今後実用化に向けてはヒトのがん細胞株を用いた実験や、実際の患者さんからいただいた検体を用いた研究を慎重に重ねる必要があります。




用語解説


*1 HLA


 ヒト白血球抗原。いわゆる、白血球の型のこと。


*2 1細胞 RNA シーケンシング解析(single cell RNA-seq; scRNA-seq) …


 組織を構成する様々な細胞の遺伝子発現状態を、1 細胞レベルで詳細に解析できる手法。



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