健康を科学で紐解く シリーズ54 「視床下部の腹外側視索前野が覚醒を誘導する」
- nextmizai
- 2023年6月9日
- 読了時間: 5分
更新日:2023年6月25日
未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
視床下部の腹外側視索前野が覚醒を誘導することを発見
研究の概要
脳の視床下部にある腹外側視索前野には、睡眠を誘導する機能があるとされています。
しかし、この部分において視床下部外側野に軸索を投射している神経細胞群は、覚醒を誘導する作用を持つことが明らかになりました。これにより、腹外側視索前野は睡眠と覚醒の両方を制御することが分かりました。
脳の深部にあり、恒常性の維持に必要な部分に視床下部という部分があります。その視床下部の中の一領域である視索前野(POA)と視床下部外側野(LHA)は、前者が睡眠、後者が覚醒を制御する役割を持っています。
POAの腹外側視索前野(VLPO)にあるγ-アミノ酪酸(GABA)およびガラニン(GAL)産生ニューロン(VLPOGABAおよびVLPOGALニューロン)は、睡眠を維持するために作用しており、一方、LHAには覚醒を維持するために重要なオレキシン産生ニューロン(オレキシンニューロン)が存在します。
本研究では、マウスを用いて、VLPOGABAおよびVLPOGALニューロンが、LHAのオレキシンニューロンと直接シナプス結合することを明らかにしました。さらに、LHAに投射するVLPOGABAおよびVLPOGALニューロンに接続しており、これらを制御すると考えられるニューロン群は、とりわけ視索前野とLHAに多く観察されました。
また、VLPOGABAニューロンとLHAをつなぐ神経回路のみを人工的に興奮させると、従来考えられていた睡眠ではなく、覚醒が誘導されることが明らかになりました。
本研究により、睡眠と覚醒の制御におけるVLPOとLHAの結合の役割が解明され、VLPOとLHAをつなぐ神経回路のこれまで知られていなかった覚醒を制御する機能が明らかになりました。
研究の背景
睡眠と覚醒は、動物にとって、脳が自発的にもたらす最も大きな行動変化であり、脳機能の大幅な変化を伴います。そのスイッチには視床下部注1)という部分が大きな役割をしていることが分かっています。
視床下部の前方には睡眠の開始と維持に重要な役割を果たす部分がある一方、後方には覚醒の維持に重要な働きを果たす部分があります。しかし、その両者の関係は十分に明らかになっていませんでした。睡眠と覚醒を制御する神経回路を明らかにすることは睡眠の改善や、よりよい睡眠障害の治療法確立のために必須です。
研究内容と成果
本研究では、脳の一部である視床下部において、睡眠と覚醒を調節する回路の機能を調べました。その結果、視床下部の中にはさまざまな領域があり、腹外側視索前野(VLPO)という領域の中にあるγ-アミノ酪酸(GABA)というアミノ酸を作るニューロンと、ガラニンという神経伝達物質を作るニューロンが、視床下部下側視床下野(LHA)と呼ばれる視床下部の別の領域の中にあるオレキシンを作るニューロンと接続していることが分かりました。これにより、睡眠と覚醒を調節する回路においてVLPOのGABAとガラニンを作るニューロンが重要な役割を担っている可能性が示唆されました。
また、LHAに神経投射しているVLPOのGABAとガラニンを作るニューロンが同じ部分から入力を受けていることが明らかになりました。つまりこれらのニューロンは、大部分が同じニューロン集団に属していることと考えられます。しかしながら、その機能は異なっている可能性もあります。そこで、VLPOのGABAを作るニューロンとLHAを結ぶ神経経路を光遺伝学的方法注2)で刺激したところ、この神経経路には睡眠から覚醒への切り替えをする(覚醒を制御する)機能があることを発見しました。一方、ガラニンを作るニューロンとLHAを結ぶ経路を刺激した際には同じ効果は得られませんでした。つまり、これらの経路は機能的には別々のものであると考えられます。
また、大脳辺縁系と中隔にはLHAに投射するVLPOニューロンの入力ニューロンが多数存在することが分かりました。これらの領域は情動を制御する領域であることから、今回同定した神経回路が情動的に重要な情報に反応して覚醒を誘発する可能性が考えられます。従来、VLPOは睡眠を誘導する脳部位であるとされていましたが、今回の研究によってVLPOは睡眠と覚醒の両方を制御することを明らかにしました。
今後の展開
今回、VLPOとLHAをつなぐ複数の神経回路が同定されました。今後、それらの機能を検討し、睡眠と覚醒の調節をより詳しく理解することが必要です。
また、GABAやガラニンを含むVLPOニューロンと、その入力ニューロンからなる神経回路が、異なる脳領域でどのような役割を果たしているかを調べ、睡眠と覚醒が脳内の異なる機能ユニット間でどのように制御されているかを明らかにしていきます。
このような知見をもとに、不眠症の病態生理やあらたな治療法の開発に向けて研究を推進していくことが可能になりました。
参考図

図 本研究で明らかになった視床下部の二領域をつなぐ神経回路の概要図
腹外側視索前野は従来、睡眠を開始・維持する脳領域として知られていたが、今回、この部分の神経細胞のうち、GABAを神経伝達物質として用いる神経細胞群(GABA作動性神経)で、かつ視床下部外側野に軸索を送っている一群は、むしろ覚醒を誘導する機能を持っていることが明らかになった。また、同部位のガラニン産生ニューロンにはこの機能がないことも分かった。
用語解説
注1)視床下部
視床下部は脳幹に存在し、生理機能や行動の調節を介して生体恒常性の維持に重要な役割を果たしている。例えば、体温、摂食・飲水、睡眠・覚醒、概日時計、性行動などが視床下部によって制御される。
注2)光遺伝学的方法
光に感受性を持つタンパク質を用いて、特定の神経細胞を操作(刺激・抑制)し、その機能を知る方法。
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