未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
獲得免疫系の新規制御因子の発見に成功
~自己免疫疾患や癌のバイオマーカーと新規治療法への貢献に期待~
研究の概要
北海道大学大学院医学研究院の小林弘一教授らの研究グループは、T 細胞による獲得免疫系の新たな制御因子の発見に成功しました。
人間の免疫系は複数の免疫細胞からなり、感染症や癌から身を守っています。その中でも、他の免疫細胞に指令を出して、抗体を作らせたり、細菌を食べさせたり、癌細胞攻撃させたりする司令塔役の免疫細胞をヘルパーT 細胞*1と言います。ヘルパーT 細胞は、病原体や癌由来の抗原に反応し、その抗原に対して特異的な免疫反応(獲得免疫)を引き起こします。ヘルパーT 細胞が抗原を見つけ出せる状態にするには MHC クラス II*2という分子が必要です。樹状細胞などの抗原を提示する能力がある免疫細胞は、体の様々な部位に存在しており、抗原を見つけると一旦細胞内に取り込み、MHC クラス II と結合させ、ヘルパーT 細胞が認識できる状態にしてから、ヘルパーT 細胞に提示します。免疫細胞が MHC クラス II を作るためには、CIITA*3という分子が必要なことが知られていましたが、CIITA の量をコントロールするメカニズムについては未知のままでした。
研究グループは、今回 CIITA の制御因子の発見に成功しました。
この新しい因子 FBXO11 はCIITA の量が過剰にならないよう調節しています。FBXO11 は CIITA に結合すると、CIITA を分解する他の因子を呼び寄せて、CIITA の分解を引き起こします。これにより、過剰な MHC クラス II の発生を防ぐことが出来ます。
さらに FBXO11 が少ない癌の患者さんでは、予後が良いことが分かりました。ヘルパーT 細胞が過剰に活性化すると、本来攻撃すべきではない自分の体も攻撃してしまいます。
今回新たな制御因子が発見されたことで、MHC クラス II を適量に整える新しい治療法の開発が期待されます。また、癌患者の予後と FBXO11 の量との相関関係が解析された事により新たな癌バイオマーカーの開発も期待されます。
MHC 分子により樹状細胞から抗原提示を受けるヘルパーT 細胞。
突起を伸ばしているのが樹状細胞。球形上の細胞がヘルパーT 細胞。
研究の背景
ヒトの免疫系はウイルスや細菌による感染症や癌から身体を守る為に、様々な種類の免疫細胞が協働することで成り立っています。この中でも中心的役割を担うのがヘルパーT細胞で、文字通り、他の免疫細胞がそれぞれの機能を発揮することを助けます。病原体や癌からの抗原がヘルパーT細胞を刺激する為にはMHCクラスII(人ではHLAと言います)という分子が必要不可欠です。樹状細胞などの免疫細胞に捉えられた抗原はMHCクラスII分子に結合してから、ヘルパーT細胞に差し出され、その抗原に対する特異的な免疫応答が起きます。ヘルパーT細胞の助けによって、抗体を作るB細胞、癌細胞を殺すキラーT細胞、病原体を食べるマクロファージなど多くの免疫細胞が働けるため、MHCクラスIIによるヘルパーT細胞の活性化はヒト免疫能で非常に大切なステップと言えます。
MHC クラス II を作る為には MHC クラス II 転写因子(CIITA)が必須です。CIITA が多ければMHC クラス II の量も増えますので、感染症などで炎症が起きている時にはヘルパーT 細胞を活性化する為に、多くの CIITA が免疫細胞に存在する状態になっています。
ヘルパーT 細胞は私たちの身体を感染症や癌から守る為に大切な細胞ですが、過剰な活性化は本来攻撃すべきではない、自分の体に対する攻撃をも引き起こしてしまいます。これを自己免疫と言います。
リウマチや甲状腺炎などの多くの病気の他、移植後の免疫反応による拒絶もこれと似たメカニズムで起きることが分かっています。CIITA の量をコントロールすることができれば、MHC クラス II の量を自在にコントロールできるため、自己免疫による疾患の治療にも役に立ちます。
しかし、CIITA の量がどのように決まっているのかは、これまでよく分かっていませんでした。
研究の手法
研究グループは CIITA の制御因子を見つける為に、CIITA に結合している分子のスクリーニングを行いました。その結果、FBXO11 という分子が CIITA の量を調節していることを発見しました。
FBXO11 は CIITA に結合すると、CIITA を分解する他の因子を呼び寄せて、CIITA の分解を引き起こします。この調節機構により、過剰な CIITA 及び過剰な MHC クラス II が出来てしまうのを防ぐことが出来ます。さらに、FBXO11 が少ない癌の患者さんでは、予後が良いことがわかりました。この事は FBXO11 が癌免疫にも関係している可能性を示します。
研究の成果
本研究により、CIITA のタンパク質量調節機構とその中心分子 FBXO11 が発見されました。MHCクラス II の量を特異的にコントロールできる技術や薬剤は存在せず、新たな薬剤標的が見出された事になります。
研究のポイント
1.ヘルパーT 細胞の活性化に必要な CIITA という分子の制御機構を解明。
2.過剰なMHC クラス IIを防ぐ制御機構を解明。
3.免疫疾患の新規治療法の開発と癌のバイオマーカー開発に期待。
今後への期待
現在のところ、MHC クラス II の量をコントロールできる技術や治療法はありません。
今回新たな遺伝子とそのメカニズムも発見されたことで、MHC クラス II の量を変える効果的な新しい治療法の開発が期待されます。
また、癌患者の予後と FBXO11 の量との相関関係が解析された事により、新たな癌バイオマーカーの開発も期待されます。
用語解説
*1 ヘルパーT 細胞 …
キラーT 細胞や B 細胞等の他の免疫細胞に指令を出す司令塔のような免疫細胞のこと。
*2 MHC クラス II …
細胞表面に抗原を出す(提示する)ための分子のこと。樹状細胞などの免疫細胞に多く、
ヘルパーT 細胞に抗原を提示することができる。
*3 CIITA …
MHC クラス II を作る為に必要な免疫系の分子のこと。
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