健康を科学で紐解く シリーズ62 「子どもの健康と環境:胎児期の金属ばく露と先天性腎尿路異常の関連」
- nextmizai
- 2023年6月10日
- 読了時間: 7分
更新日:2023年6月25日
未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕
組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
胎児期の金属ばく露と先天性腎尿路異常の関連
子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)について
エコチル調査福岡ユニットセンター(九州大学小児科)医員の岩屋らの研究チームは、エコチル調査の約 10 万組の親子のデータを使用して、胎児期の5つの金属(鉛、カドミウム、水銀、セレン、マンガン)のばく露と 3 歳までに診断された先天性腎尿路異常(Congenital anomalies of the kidney and urinary tract: CAKUT)の関連について解析しました。
その結果、妊娠中の母体血のマンガン濃度が高いことと、他の臓器の形態異常を伴うタイプ(複雑型)の CAKUT のリスク減少に関連があることが明らかになりました。
なお、CAKUT の診断方法が明確に定められていない、全ての参加者に精密な検査を行っているわけではない、母体血の採取時期にばらつきがあるなどの様々な制約があり、更なる詳細な調査が必要です。
※本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省及び国立環境研究所の見解ではありま
せん。
研究の背景
子どもの健康と環境に関する全国調査(以下「エコチル調査」という。)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で 10 万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。
臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしています。
エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された 15 の大学に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。
CAKUT は、多種多様な泌尿器系の形態異常を含み、先天形態異常全体の 20~30%を占め、小児期に末期腎不全になることも多い疾患です。原因として様々な種類の遺伝子異常が報告されていますが、そのような異常が見つかるのは患者さんの一部で、胎内環境の影響が推測されています。これまでに、母親のビタミン A・葉酸の欠乏、飲酒、薬剤摂取や、肥満・糖尿病のような慢性疾患がリスク要因として報告されてきました。一方で、胎児期の金属のばく露と様々な先天形態異常との関連が報告されていますが、CAKUT との関連はほとんど調べられていませんでした。
そこで本研究では、胎児期の 5 つの金属(鉛、カドミウム、水銀、セレン、マンガン)へのばく露と CAKUT に関連があるかどうかを調査しました。CAKUT は、他の臓器の形態異常を伴っていないタイプの孤発型と伴うタイプの複雑型に分類でき、それぞれ違った病因が推定されるため、別々に金属ばく露との関連を検討しました。
研究内容と成果
本研究では、令和元年(2019 年)10 月に確定した、約 10 万組の妊婦と出生した子どものデータを使用しました。解析対象は、子どもの性別・在胎週数・出生体重と、母親の金属血中濃度・世帯収入・年齢・教育歴および妊娠中の喫煙・飲酒・葉酸の使用に関するデータが揃っている 85,806 人の子どもとしました。コホート内症例対照研究[※2]として解析するために、CAKUT のある子どもと対照群を 1:4 の比率で抽出した結果、孤発型 CAKUT の子ども 351 人と対照群の子ども 1,404 人、それから、複雑型 CAKUT の子ども 79 人と対照群の子ども 316 人が最終的な解析対象となりました。
胎内での金属へのばく露は、妊娠第2期・第3期の母体血中の鉛、カドミウム、水銀、セレン、マンガンの濃度を測定することで推定しました。またアウトカム[※3]としてのCAKUT は、カルテ転記(出生時と 1 か月時)と質問票(6 か月、1 歳、2 歳、3 歳)を用いて、3 歳までに医師の診断を受けたものを収集しました。また CAKUT 以外の先天形態異常の情報も同様に収集し、CAKUT を孤発型と複雑型に分類しました。
一つ一つの金属と CAKUT の関連を検討するために、ロジスティック回帰分析[※4]を行いました。それぞれの金属濃度を対数変換して解析した場合、高いセレン濃度は孤発型CAKUT のリスク上昇と関連していました。一方で、高い鉛濃度と高いマンガン濃度は、複雑型 CAKUT のリスク減少と関連していました。しかし、このロジスティック回帰分析は、5 つの金属が混在した状態での影響を考慮に入れていないため、それを考慮して、ベイズ推計カーネルマシン回帰分析[※5]という特殊な方法を用いて解析を追加しました。その結果、高いマンガン濃度と複雑型 CAKUT リスク減少のみに関連が認められました。
マンガンは必須元素の一つで生体内の様々な機能に関与しており、胎児の臓器形成段階での重要性が示唆されていることから、マンガン欠乏が複雑型 CAKUT のリスクを増加させている可能性があると考えられました。また、このことより、子どもの先天形態異常を予防するためには、金属の過剰だけでなく欠乏にも注目する必要があるかもしれません。
発表のポイント
1.エコチル調査の全国 10 万組の親子のデータを用いて、エコチル調査九州大学サブユニッ
トセンターは、胎児期の 5 つの金属(鉛、カドミウム、水銀、セレン、マンガン)への
ばく露[※1]と 3 歳までに診断された先天性腎尿路異常(Congenital anomalies ofthe
kidney and urinary tract: CAKUT)の関連を調べました。
2.妊娠中の母体血のマンガン濃度が高いことと、他の臓器の形態異常を伴うタイプ(複雑
型)の CAKUT のリスク減少に関連があることが明らかになりました。
3.本研究は環境省の予算により実施しました。本研究の内容は、すべて著者の意見であり、
環境省及び国立環境研究所の見解ではありません。
今後の展開
これらの結果を踏まえて、今後、他の疫学研究で同様の結果が得られるのか、妊娠した動物に与えるマンガンの量を調整して CAKUT の発生率が変化するのかなどを検証する必要があります。
補足
この研究は、ばく露とアウトカムの関係性をみる、いわゆる観察研究と呼ばれるものであり、必ずしも因果関係を示すものではありません。また、CAKUT の診断方法が明確に定められていない、全ての参加者に精密な検査を行っているわけではない、母体血の採取時期にばらつきがあるなどの様々な制約があり、更なる詳細な調査が必要です。しかし、この研究をきっかけとして、胎内でのマンガンへのばく露と CAKUT の関係についての研究が進むことを期待しています。
用語解説
[※1] ばく露:
私たちが化学物質などの環境にさらされることを言います。身体の表面から中に入っ
てくることは吸収などと呼び、ばく露とは区別しています。
[※2] コホート内症例対照研究:
エコチル調査はリクルートした参加者の集団(コホート)を長期間追跡するコホート
研究ですが、そのコホート内で疾患を持つ参加者(症例)と、同じようなプロフィー
ルを持つ参加者(対照群)を選択して比較する研究で、疾患の発生に影響を与える他
の要因(交絡因子)の影響を減らすことができます。
[※3]アウトカム:
ばく露に関連して発生する結果のことで、疾患も含めた健康状態や検査結果も含まれ
ます。
[※4] ロジスティック回帰分析:
ある一つの現象を、複数の要因によって説明する統計モデルを用いた解析手法です。
たとえば、CAKUT の発生を、血中金属濃度・性別・出生体重などの要因で説明し、
それぞれがどのぐらい CAKUT の発生に関係しているかがわかります。ただし必ず
しも、その要因が CAKUT の原因になっているかどうかはわかりません。
[※5] ベイズ推計カーネルマシン回帰分析:
ロジスティック回帰分析など通常用いられる方法では、5 種類の金属について、1 つ
1 つのばく露の影響を推定します。しかし実際は、複数の金属に同時に暴露されて
おり、その複合的な影響を推定するには、このような解析が有用です。
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