未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕
組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
ミトコンドリアリボソームが糖尿病性腎臓病の新規治療標的であることを発見
腎糖新生酵素 PCK1 の尿蛋白低下作用の新規機序として
徳島大学大学院医歯薬学研究部 腎臓内科学分野の長谷川 一宏准教授、脇野 修教授らは、ミトコンドリア独自の蛋白合成装置であるミトコンドリアリボソームの活性化が、ミトコンドリアを活性化し、糖尿病性腎臓病の尿蛋白を低下させ、腎障害改善をもたらす新規治療効果をマウスモデルにて発見しました。
【図1】
ミトコンドリアリボソームの機能低下は
糖尿病性腎臓病の尿蛋白発症の要因となる
研究の背景
糖尿病性腎臓病-透析導入の最多疾患、医療の重要課題、新型コロナ重症化因子
糖尿病は現代社会のもたらす最大の生活習慣病で、国内の患者数は約 1,000万人と推定されています。糖尿病から生じる腎臓の障害は糖尿病性腎症もしくは糖尿病性腎臓病と言い、透析導入の最大の原因です。
糖尿病性腎臓病は、今もって糖尿病や高血圧への治療が中心であり、腎臓そのものへの有効な治療法は存在しないことが、増え続ける一方の患者数と医療費増大に歯止めが利かない理由です。
腎臓は、流れ込む血液から尿を作り体の中の老廃物を排泄します。尿を作る場所は、濾過器の働きをする糸球体という部分で、毛細血管のかたまりとして糸くずのような構造となっています。この濾過器が目詰まりすれば尿は生成されず、逆に目の粗いザルのように素通りとなれば蛋白尿となります。腎臓には、さらにこの濾過器で濾し取られた尿のもと(原尿)が通る尿細管という部分があります。この部分では、必要な物は原尿から再吸収され、老廃物はさらに原尿の中に排泄されます。こうして最終的に体外に排泄される尿が生成されます。尿細管には、ミトコンドリア、並びにミトコンドリアリボソーム(注1)が豊富に分布します。
【図2】腎臓の構造
研究チームは以前の研究で、腎臓ではこれまで尿の通り道という概念で捉えられていた尿細管の代謝失調が、糸球体の「濾過器」を構成する足細胞という細胞の機能にも異常が波及して「濾過器」が障害され蛋白尿が出現するという一連の病気の流れを解明しました。
尿細管の細胞から糸球体足細胞への対話が途絶えてしまうことが糖尿病の極めて早い段階で生じ、発症に関与しています。この連関を尿細管-糸球体連関と名づけました(2013 年長谷川、脇野ら『NatureMedicine』、2021 年安田、長谷川、脇野ら『JASN』)。
【図 3】糖尿病性腎臓病における尿細管-糸球体(ポドサイト)連関の破綻
研究の成果
研究チームは、今回新規に、尿細管のエネルギー代謝失調に、ミトコンドリアリボソームの機能低下が起こっていることを新たに見出しました。ミトコンドリアリボソームの機能低下が生じた時には、もう既に糖尿病性腎臓病は発症しています。さらに、この破綻を修復するため、今まで糖新生酵素としての作用に主眼が置かれてきた PCK1 という酵素(注 2)を補充する新しい治療が有効である可能性(図3)も見出しました。糖尿病性腎臓病はある程度進むとなかなか進行を止められません。これまでの進行を遅らせる治療から、発症させない「先制医療」を実施すれば、発症や進行のみならず、重篤化も避けられるため高い効果を得られると予想されます。
本研究を進めることにより、「超早期」の介入によるヒトへの新たな治療法の開発が期待されます。具体的には糖尿病性腎症を来たしたマウスに、尿細管のみに PCK1 を過剰発現させただけで、驚くべきことに今まで糸球体のろ過機能の破綻により主に生ずると考えられてきた蛋白尿の低下効果を認め、その機序としてミトコンドリアリボソームの活性化作用が重要であることを見出しました。すなわち、PCK1 の活性化をもたらす薬剤などの開発が、糖尿病性腎臓病の病気の進行を長期的に抑え得ることを可能にする画期的な治療手段への手がかりを見出しました。
新型コロナウイルス感染症の重症化危険因子の中には、糖尿病、慢性腎臓病、透析の3疾患が含まれ、これらの基礎疾患の免疫力低下が要因とされています。糖尿病性腎臓病は糖尿病患者が慢性腎臓病を経て透析になる最大要因の疾患であり、この発症や進行を抑えれば、慢性腎臓病や透析患者の発症抑止にも大きな成果が得られる可能性があります。したがって、透析患者増大のみならず、新型コロナウイルス感染症重症化抑止につながる可能性を持つ基礎研究結果です。
研究成果は、腎臓研究のトップジャーナルである米国腎臓学会誌に発表されました。
【図 4】PCK1 の補充は、ミトコンドリアリボソームを活性化し、
糖尿病性腎臓病の抑止をもたらす可能性
糖尿病の腎臓で低下した PEPCK1 を補充する治療が、ミトコンドリアリボソームの機能低下を抑止し、尿蛋白をも低下させることをモデルマウスで発見した。
用語解説
(注1) ミトコンドリアリボソーム:
タンパク質の合成は、全ての生物において生命活動の根幹をなす生体反応です。細胞質リボソームはこのタンパク質合成のプロセスである翻訳を担うタンパク質産生装置の細胞内オルガネラです。ATP 産生の際に重要な細胞小器官であるミトコンドリアにも独自のリボソームであるミトコンドリアリボソームがミトコンドリア内部のマトリックスに存在し、ミトコンドリア内膜の蛋白を合成しています。
(注2) PCK1:
Phosphoenolpyruvate carboxykinase 1 (PCK1)は糖新生においてオキサロ酢酸をホスホエノールピルビン酸に変換する酵素です。腎臓は特に、空腹時や飢餓時にグルコース(糖)を他の器官に供給する役割を肝臓とともに担っているため、糖新生が活発に行われていますが、腎臓における PCK1 の詳細な機能については不明でした。PCK1 は今回、ミトコンドリアリボソームを活性化させる機能も有することを新たに明らかにしました。腎糖新生そのものがミトコンドリアリボソームを活性化するか否かは今後の検討課題と考えています。
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