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健康を科学で紐解く シリーズ66  「特発性正常圧水頭症(iNPH)を見つけるために重要な所見」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕

組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


特発性正常圧水頭症(iNPH)を見つけるために重要な所見

『高位円蓋部・正中の脳溝の狭小化(THC)』の定義を明瞭化




 高齢になり、歩行障害、物忘れ、尿失禁の三つの症状で発症する 特発性正常圧水頭症(iNPH)※1は進行性の病気であり、早期発見、早期治療が重要である。


この病気の早期発見に有用な画像的特徴として、脳室拡大よりも くも膜下腔の不均衡分布(DESH)※2 なかでも高位円蓋部・正中(頭頂部・てっぺん)の脳溝の狭小化(THC)※3が重要であることが知られている。


 本研究でTHC の判定に用いる高位円蓋部・正中の脳溝・くも膜下腔の部位を定義し、THC の判定に有用な指標を新たに提案した。




研究成果の概要


 脳に慢性的に水が溜まる病気である水頭症は、子供よりも 60 歳以上の高齢者に多い病気である。速く歩けなくなり、ふらついて転倒する、物忘れ、トイレが近くなり、トイレまで我慢ができない切迫性尿失禁などの症状で発症する特発性正常圧水頭症(iNPH)は進行性の病気であり、症状が重くなると日常生活に介護が必要となる。

症状が進行してから治療を受けても、自立した生活を取り戻すことは難しいため、早期発見、早期治療が重要である。


 加齢によって慢性的に水(脳脊髄液)が溜まる iNPH では、脳室だけでなく、脳脊髄液の大半を占める(脳室の約10 倍)くも膜下腔も同時に拡大する。しかし、『水頭症は脳の内側に存在する脳室が拡大する病気』と多くの医師が考えているため、しばしば『脳萎縮』と誤解されてしまうことがある。そこで、脳萎縮とiNPH を判別するのに重要な画像所見としてDESH、THC が知られる。しかし、これまでDESH、THC は医師の主観で評価されており、経験豊富な専門家でも判定が異なることが課題であった。


 そこで、本研究ではまずDESH、THC の判定方法、基準について言及した過去の論文を網羅的に検索した。しかし、THC の根拠となる高位円蓋部・正中の脳溝・くも膜下腔の部位を明確に記載した論文は存在せず、過去の論文を参考に部位を新たに定義した。


具体的には、頭部の3 次元MRI 画像で、MRI の基準軸である前交連(AC)と後交連(PC)を結ぶAC-PC ラインに垂直かつAC とPC の中点を通る冠状断面において、頭頂部の正中から左右に3cm の範囲かつ、AC-PC ラインを含む矢状断正中面において、脳梁膝部前端より後方、脳梁溝(帯状溝)後部より前方、側脳室より上方の範囲を高位円蓋部・正中の脳溝・くも膜下腔と定義した(図)。


この領域を3 次元MRI 画像から抽出し、体積、頭蓋内容積に占める体積割合、さらに体積を脳室体積で割った比(HCVR:high-convexity part of the subarachnoid space volume perventricular volume ratio)を算出した。


この結果、T1 強調画像とT2 強調画像のいずれにおいてもHCVR が0.6 未満であれば、THC である可能性が高いことを示した。




研究の背景


 脳に水が溜まる慢性水頭症は、実は子供よりも 60 歳以上の高齢者に多く、特にiNPH は加齢に伴って発症率が増加傾向にあり、超高齢社会の日本では今後も増えていく病気である。症状は、速く歩けなくなる、ふらつくなどの軽い歩行障害から始まり、次第にすり足歩行※4、小刻み歩行※5、開脚歩行※6、すくみ足※7、突進現象※8などの病的歩容が顕著となり、転倒して動けなくなったり、頭部外傷・骨折で救急搬送されることが多い。さらに歩行障害が進行すると、自力で歩けなくなり、立ち上がることも難しくなる。歩行障害以外では、やった事を忘れてしまう、行動する意欲がなくなり一日中ボーと座っているなどの認知機能低下、トイレが近くなる頻尿、トイレまで我慢ができない切迫性尿失禁などの症状が進行性に出現して、悪化していくため、重症化すると日常生活に介護が必要となる。症状が進行してから治療を受けても、自立した生活を取り戻すことは難しいため、早期発見、早期治療が重要と考えられている。


しかし、iNPH では脳の内側にある脳室だけでなく、脳脊髄液の大半を占める脳の周囲を覆うくも膜下腔も同時に拡大することが多く、『水頭症は脳の内側に存在する脳室が拡大する病気』という医師の思い込みから、しばしば『脳萎縮』と誤解されて、発見が遅れてしまう。脳萎縮とiNPH を判別するために重要な画像所見として、くも膜下腔の不均衡分布(DESH)、高位円蓋部・正中の脳溝の狭小化(THC)が認知されつつあるが、このTHC を判定する際に、どれくらいの体積(もしくは体積割合)であれば狭いと判定して良いのか? そもそもどの部位を計測すれば良いのか? これまで明確な定義がなく、主観的に評価されているため、経験豊富な専門家でも判定が異なることが課題であった。




研究の成果


 DESH が提唱された2010 年以降の論文を網羅的に検索し、本文中に THC の判別に用いる部位について記載されていた6 論文を抽出した。しかし、いずれの論文にも THC の判別に用いるCT やMRI の断面については記載されていたが、どの部位かは定義されていなかった。これら6 論文の他に、2019 年に米国メイヨークリニックの研究グループから機械学習を用いて DESH、THC の判定に有用な部位として脳梁溝(もしくは帯状溝)の後端より前方の脳溝が同定された。この結果を参考にして、THC の判定に用いる高位円蓋部・正中の脳溝・くも膜下腔の部位として、3 次元MRI 画像の矢状面でAC-PC ラインに垂直かつAC とPC の中点を通る冠状断面において、頭頂部の正中から左右に3cm の範囲かつ、脳梁膝部前端より後方、脳梁溝(帯状溝)後部より前方、側脳室より上方の範囲を高位円蓋部・正中の脳溝・くも膜下腔と定義した(図)。


 21 歳から92 歳までの健常ボランティア138 人とDESH と判定されたiNPH 患者43 人について、3 テスラMRI 装置を用いて頭部3 次元T1 強調MRI とT2 強調MRI を撮影し、T1 強調MRI は脳区域解析アプリケーションにより、脳室とくも膜下腔を自動領域抽出し、T2 強調MRI から脳室とくも膜下腔を手動で領域抽出した。抽出したくも膜下腔から、定義した高位円蓋部・正中の脳溝・くも膜下腔の領域を手動で抽出し、体積と頭蓋内容積に占める体積割合を算出した。体積、体積割合ともに、健常者とiNPH 患者では有意差が認められたが、T1 強調MRI かT2 強調MRI かによって差があり、カットオフ値を一つに絞ることができなかった。そこで、高位円蓋部・正中の脳溝・くも膜下腔の体積を脳室体積で割ったHCVR について検証したところ、T1 強調画像とT2 強調画像のいずれにおいても0.6 未満であれば、THC である可能性が高く、判定に有用な新たな指標として提唱した。




研究のポイント


1. iNPH の診断に重要な画像所見 THC の判定に用いる高位円蓋部・正中の脳溝・くも膜下

 腔部位を明確に定義した。


2. THC の判定に有用な指標として、新たにHCVR<0.6 を新たに提案した。




研究の意義と今後の展開や社会的意義など


 これまでは主観的に評価されていたTHC の判定が、本研究により定義が明確となり、定量的・客観的に評価可能となったことで、経験豊富な医師でなくてもiNPH に特徴的な画像所見である DESHを判別がしやすくなったと考えている。


今後は、本研究で定義した高位円蓋部・正中の脳溝・くも膜下腔の部位を深層学習で自動抽出し、DESH、THC、脳室拡大を自動判定するアプリを開発・リリース・社会実装につなげることで、診断・治療の地域偏在を減らし(医療の均てん化)、高齢者の生活自立の向上や健康寿命の延伸に貢献したいと考えている。


 本研究は、名古屋市立大学、滋賀医科大学、東京大学、大阪大学、東京都立大学、洛和会音羽病院、富士フイルム株式会社の共同研究による成果である。本研究グループは、ヒトの脳血液循環と脳脊髄液の動きをコンピューター上で再現して、ヒトの脳の自然老化現象をシミュレーションし、正常圧水頭症、認知症、脳卒中などの脳環境に関連する病態を解明することを目指す医工連携、産学連携研究である。




用語解説


※1 特発性正常圧水頭症(iNPH):


idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus の略。歩行障害、認知障害、切迫性尿失禁をもたらす疾患で、くも膜下出血や髄膜炎などに続発する二次性正常圧水頭症と異なり、先行する原因疾患はなく、緩徐に発症して徐々に進行する。


※2 くも膜下腔の不均衡分布(DESH):


Disproportionately Enlarged Subarachnoid-spaceHydrocephalus の略。シルビウス裂・脳底槽が拡大し、高位円蓋部・正中の脳溝が狭いことを同時に示す画像所見。


※3 高位円蓋部・正中の脳溝の狭小化(THC):


Tightened sulci in the High Convexity の略。脳室とシルビウス裂・脳底槽と呼ばれる脳の下方のくも膜下腔が拡大することで、脳が上方に押し上げられ、頭頂部の脳溝・くも膜下腔が脳と一緒に圧縮されて狭くなる画像所見。


※4 すり足歩行:


つま先やかかとが床面から離れないで、滑るように歩く様子。


※5 小刻み歩行:


歩幅が狭くなり、小股で歩く様子。


※6 開脚歩行:


足を広げて歩く様子。つま先が開いていても、足の幅が開いていても良い。


※7 すくみ足:


足が地面にくっついて離れないようになり、一歩目を踏み出せない様子。


※8 突進現象:


下り坂などで、かかとでブレーキをかけることができず、前のめりになって突進してしまい、つんのめって転倒することが多い。常にではなく、突然に起きるので突進現象と呼ばれる。


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