未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
血液の分解産物ビリルビンが植物で作られることを発見
~植物の効率的な光合成に寄与している可能性~
研究の概要
宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センターの児玉豊教授(兼:理化学研究所環境資源科学研究センター客員主管研究員)の研究グループは、岡山大学学術研究院医歯薬学域の石川一也助教(研究当時:宇都宮大学同センター特任助教)、宇都宮大学同センターの謝肖男准教授、大崎益秀氏(元:宇都宮大学大学院生)は、理化学研究所脳神経科学研究センター・光量子工学研究センターの宮脇敦史チームリーダー、京都大学大学院工学研究科の沼田圭司教授(兼:理化学研究所環境資源科学研究センターチームリーダー)と共に、動物の血液分解時に産生されるビリルビンが、植物でも作られていることを明らかにしました。
研究の背景
ビリルビンはヒトなどの動物において血液に含まれるヘムの代謝産物として知られる、黄色の色素です。ヘムは酸素の運搬などを行う、生物に必要不可欠な分子です。人体においてはヘムの多くが赤血球中のグロビンというタンパク質に結合した「ヘモグロビン」として存在し、酸素を全身に輸送する機能を果たしていることで有名です。一方で、血液が分解される際などには、グロビンタンパク質から外れたヘム(遊離ヘム)が発生しますが、これが強い毒性を有することが知られています。そこで動物は、速やかに酵素を使って遊離ヘムを分解するシステムを有しています。動物では、遊離ヘムはビリベルジン*1 という物質になった後に、最終的にビリルビンに代謝されることが知られています(図1)。血液分解システムに異常が発生し、高濃度のビリルビンが体内に蓄積すると、皮膚が黄変する黄疸として現れ、新生児に起きた場合は脳性麻痺を引き起こす場合があります。一方で、適度な濃度のビリルビンは、抗酸化物質として働き、高血圧症や糖尿病などの発症リスクを下げる効果があると言われています。このようにビリルビンは、人体に対して害とも益ともなる物質として知られています。
植物は動物とは異なり血液を持ちませんが、動物と同様にヘムを有し、酵素と結合することで、光合成や呼吸などのあらゆる細胞機能に重要な役割を果たしています。しかし植物における遊離ヘムは、葉緑体内の酵素によってビリベルジンに変換されるものの、動物とは異なり、ビリルビンには代謝されないと言われていました。これは主に、植物の抽出液からビリルビンを産生する酵素の活性が検出されないためでした。代わりに、ビリベルジンが、フィトクロモビリン*2という物質に代謝されるという植物特有の経路が存在します(図1)。
しかし、植物細胞に含まれるフィトクロモビリンは、ヘムの総量よりも大幅に少ないと見積もられることから、私たちは植物では大部分のヘムが、フィトクロモビリンとは異なる物質に代謝されている可能性を考え、もしかしたら植物でもビリルビンが作られているのではないかと予想しました。
図1. 動植物におけるヘム分解経路とビリルビン産生 茶色の枠が動物でわかっている部分
で、緑色の枠が植物でわかっている部分を示す。緑の塗り潰しは今回の研究で明らかに
なった部分を示す。
研究の成果
私たちは、ビリルビンに結合すると強い蛍光を発するタンパク質 UnaG*3 を、植物細胞に発現させることで、植物にビリルビンが存在しているかを調べました。すると、実験モデル植物であるシロイヌナズナ、ベンサミアナタバコ、ゼニゴケのいずれの細胞でも、葉緑体中においてUnaGが強い蛍光を示しました(図2)。植物からUnaGタンパク質を回収してみると、ビリルビンが結合していることが確かめられ、様々な植物種にビリルビンが存在していることが明らかになりました。
次に植物細胞でどのようにしてビリルビンが生産されるかを調べるために、葉緑体内の環境を試験管内で再現してヘムの分解反応を起こしました。すると、反応後の液中にビリルビンが含まれていることが分かりました。そこで、ビリルビンの産生に必要な最小の要素を絞り込んでいくと、NADPH*4 という還元力の高い分子と、ビリベルジンが存在すれば、酵素なしでビリルビンが産生されるということがわかりました。細胞の機能に必要な多くの化学反応は酵素で触媒される場合がほとんどであり、動物ではビリルビンを合成する酵素が存在することが知られていたため、予想外の結果でした。しかし、植物においては葉緑体での光合成に伴い大量のNADPHが産生されること、以前の研究で植物からビリルビンを合成する酵素の活性が検出されないことと合致しており、妥当な結果と言えます。
植物でビリルビンが産生されることにどんな役割があるかを明らかにするために、UnaG を用いてビリルビンを生細胞で可視化して、ビリルビン量が増加する条件を調べました。すると、強い光を照射した際に葉緑体のビリルビン量は一時的に増加することがわかりました。これは、光合成のシステムが強い光を吸収し、過剰量のNADPHが生産されたためと考えられました。このような過剰のNADPHは葉緑体内の酸化還元状態を撹乱すると言われており、光合成効率を低下させる一つの要因です。
本研究の結果を合わせて考えると、ビリルビンの生産は、過剰となった NADPH 量を低下させ、葉緑体内の過度な還元力の上昇を抑える働きがあると推測されました。また、動物のビリルビン合成酵素を植物の葉緑体内で発現させ、葉緑体のビリルビン濃度を人為的に上昇させると、葉緑体の酸化ストレスレベルが低減しました。これは、動物細胞で報告されているように、ビリルビン自体が抗酸化物質として機能しているためと考えられました。以上のことから、植物のビリルビン産生には、葉緑体の酸化還元状態を調節する機能があることが示唆されました。
図2.ビリルビンと結合したUnaGがシロイヌナズナの葉緑体中で光る様子 UnaGの蛍光(左)
が、葉緑体が元々出す自家蛍光(中央)と一致しており(右)、葉緑体内にビリルビンが
蓄積していることがわかる。
研究発表のポイント
1.赤血球の分解時に産生され、黄疸の原因物質として知られるビリルビンが、幅広い植物種
で作られることを発見しました。
2.UnaG と呼ばれる、ビリルビンに結合した際に蛍光を発するタンパク質を用いて、生きた
植物細胞でビリルビン量の変化を初めて観察することに成功しました。
3.植物のビリルビンは、光合成の際に発生し、光合成効率を低下させる原因となる酸化スト
レスを、低減する働きがあることが分かりました。 今後の展望(研究のインパクトや波及効果など
黄疸の原因色素であり「血液の分解産物」として認識されてきたビリルビンが、植物の光合成を担う葉緑体で産生されているという発見は、ビリルビンが動植物に共通の重要物質であることを示しています。
しかし植物におけるビリルビンの機能については、まだまだ不明な点が多く、今後の研究で解明していく必要があります。
今後、臨床的に重要な物質であるビリルビンについて、植物科学からの研究が進むことで、細胞機能にもたらすビリルビンの普遍的な役割が明らかになり、植物科学だけでなく、医学や健康科学に寄与することが期待されます。また、ビリルビンが葉緑体の酸化還元状態の維持に働いていることから、将来的には強光下でも効率的な光合成が可能な、高収量の作物の開発につながるのではないかと考えています。
用語説明
*1 ビリベルジン:
ヘムの分解産物の一つで、ビリルビンの前駆体。打撲の際にできる痣の緑色の原因となる物質。
*2 フィトクロモビリン:
植物においてフィトクロムタンパク質と結合することで赤色光と遠赤色光を吸収する受容体として働く物質。フィトクロモビリンを産生できない植物は、正常な赤色光や遠赤色光への反応ができなくなる。
*3 UnaG:
ニホンウナギから発見されたタンパク質で、ビリルビンと結合すると緑色の蛍光を発する。ビリルビンと結合しない状態では全く蛍光しないが、ビリルビンと結合すると緑色蛍光タンパク質GFPに匹敵する強い蛍光を発するようになる。原著論文(https://doi.org/10.1016/j.cell.2013.05.038)。
*4 NADPH:
ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸の略。多くの化学反応の補酵素として働く。他の物質に電子を供与して還元し、自身は酸化型の NADP+に変化する。光合成においては吸収した光エネルギーが電子に変換され、NADP+に受け渡されることで大量のNADPHが産生される。NADPHはCO2固定に必要なエネルギーとして利用されるが、強光の環境下では過剰な還元力として葉緑体の酸化還元状態を撹乱する原因となる。
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