未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
加齢に伴う酸化ストレスが染色体不安定性をひき起こす
老化すると遺伝情報が安定に保たれなくなる一因を解明
研究の概要
遺伝情報が安定に保たれなくなることは、老化の特徴の一つとされています。その一方で、遺伝子の集合体である染色体の数や構造に異常が起こることと老化との関係についてはよくわかっていません。
東北大学加齢医学研究所・分子腫瘍学研究分野の陳冠大学院生(研究当時)、田中耕三教授らの研究グループは、年をとったマウスの細胞では、染色体の数や構造の異常が高頻度で発生する状態である染色体不安定性が見られることを示しました。
この染色体不安定性の発生には、細胞内のミトコンドリア(注 1)の機能低下に起因する酸化ストレスが関係していることがわかりました。
染色体不安定性は、多くのがんで見られる特徴でもあり、老化に伴う染色体不安定性は、遺伝情報の変化をひき起こし、がんなどの病態の発生に関係することが考えられます。
研究の背景
遺伝情報が安定に保たれなくなることは、老化の特徴の一つとされています。老化に伴って遺伝子の変異が増加することはよく知られていますが、遺伝子の集合体である染色体の数や構造の異常と老化との関係についてはよくわかっていません。
今回の取り組み
本研究グループは、若いマウス(2 ヶ月齢)と老齢マウス(24 ヶ月齢)の線維芽細胞(注 2)を比べると、老齢マウスの細胞では染色体の数や構造の異常が増加しており(図1)、その原因として細胞が分裂する時に染色体が均等に分配されない状態である染色体不安定性が見られることを明らかにしました。
図 1. 年をとったマウスの染色体の数と構造の異常 (スケールバー: 10 μm)
老齢マウスの細胞では、活性酸素種(注 3)が増加しており、抗酸化剤を加えると染色体の分配異常が減少したことから、酸化ストレス(注 4)が染色体不安定性の原因であることがわかりました。またこの活性酸素種の増加には、ミトコンドリアの機能低下が関係しているものと考えられます。染色体不安定性は、染色体が分配される時の異常だけでなく、染色体を形成する DNA が複製される時の異常でも起こることが知られています。老齢マウスの細胞では、この DNA 複製がスムーズに進行しない状態(複製ストレス)が見られ、この複製ストレスが酸化ストレスによって生じ、さらに複製ストレスが染色体不安定性をひき起こすことが示唆されました。
すなわち、老齢マウスの細胞では、1) ミトコンドリア機能の低下による活性酸素種の増加、2) 酸化ストレスによる DNA 複製の障害、3) 複製ストレスによる染色体分配異常の増加、という一連の現象により染色体不安定性が発生することが明らかになりました(図 2)。
図 2. 老化により染色体不安定性が生じる過程
老化に伴ってミトコンドリアの機能が低下し、活性酸素種が増加することにより酸化ストレスが生じる。酸化ストレスは DNA 複製のスムーズな進行を妨げ(複製ストレス)、複製ストレスは染色体の数や構造の異常の増加(染色体不安定性)をひき起こす。
本研究により、加齢と共に染色体不安定性が生じ、これにはミトコンドリアの機能低下に伴う酸化ストレスの増大が関係していることがわかりました。加齢に伴ってミトコンドリア機能が低下して活性酸素種が増加することや、酸化ストレスが染色体不安定性を引き起こすことはそれぞれ知られていましたが、本研究の意義は、加齢に伴って染色体不安定性がひき起こされる一連の過程を明らかにした点にあります。
染色体不安定性は多くのがんで見られる特徴の一つでもあり、また細胞機能の低下や炎症反応の発生などにも関与することが知られています。そのため、本研究で明らかになった加齢に伴う染色体不安定性は、がんや身体機能の低下など老化で見られる病態の発生に関係することが考えられます。
研究の成果(ポイント)
1.年をとったマウスの細胞では、染色体不安定性(細胞が分裂する時に染色体が均等に分配
されない状態が存在する結果、染色体の数や構造の異常が増加しており、)これにはミト
コンドリアの機能低下に起因する酸化ストレスが関係していることがわかりました。
2.遺伝情報が安定に保たれないことは老化の特徴の一つとされており、本研究で見られた
染色体不安定性は、その一因として老化に伴うがんなどの病態の発生に関係していること
が考えられます。
今後の展開
今回マウスの細胞で見つかった現象が、ヒトの細胞でも見られることが明らかになれば、酸化ストレスの軽減が高齢になっても染色体数を正常に保つのに役立つ可能性があります。
用語説明
注1. ミトコンドリア:
細胞内小器官の一つであり、酸素を利用してエネルギー(ATP)を産生するが、その過程で活性酸素種が生じ得る。
注2. 線維芽細胞:
結合組織を構成する細胞の一つであり、コラーゲン・エラスチン・ヒアルロン酸などの真皮の成分を作り出す。増殖が早く、体外で培養して様々な研究に用いられている。
注3. 活性酸素種:
酸素分子がより反応性の高い化合物に変化したものの総称であり、一重項酸素、スーパーオキシド、過酸化水素、ヒドロキシラジカルなどが含まれる。DNA・脂質・タンパク質などと反応し、DNA 変異・脂質の過酸化・タンパク質の変性などをもたらす。
注4. 酸化ストレス:
活性酸素種の産生が過剰になり、活性酸素種を消去する抗酸化機構とのバランスが崩れた状態。
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