未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
神経難病、多系統萎縮症に対する世界初の治療法開発
――医師主導第 2 相探索的試験により有効性を支持する成果が得られた――
研究の背景
多系統萎縮症は、自律神経症状、小脳性運動失調、パーキンソン症状など様々な神経障害をきたす神経疾患です。国内では、約 12,000 人が罹患していると推測されており、厚生労働省が定める指定難病に認定されています。
病理学的には、アルファ・シヌクレインというタンパク質が、主として脳のグリア細胞に異常に蓄積していることがわかっており、パーキンソン病などとともにアルファ・シヌクレイン関連の神経変性疾患と考えられています。病気の原因は十分には解明されておらず、多系統萎縮症に対する治療については症状を緩和する対症療法にとどまっており、病気の症状進行を抑制する治療法(疾患修飾療法(注2))は見つかっていません。発症年齢は平均 50 代半ばで、発症から約 5 年で 50%の方が自立歩行困難になるなど、進行性の予後不良な神経難病です。
研究グループは、多系統萎縮症の家族例・孤発例に対する詳細なゲノム解析から、コエンザイム Q10 を合成する酵素の一つをコードしている COQ2 遺伝子の変異が多系統萎縮症の発症と関連することを見出しました [Mitsui J, et al. New Engl J Med. 2013;369(3):233-44]。
さらに、COQ2 遺伝子変異を持つ、家族性の多系統萎縮症患者に対するコエンザイム Q10 補充により脳の酸素代謝率が改善すること [Mitsui J, et al. Cerebellum. 2017;16(3):664-672]、
COQ2 遺伝子の変異がない患者においても血中のコエンザイム Q10 量が低下していることを示してきました [Mitsui J, et al. JAMA Neurol. 2016;73(8):977-80]。
それらの成果をもとに、研究グループは、高用量の還元型コエンザイム Q10(ユビキノール)が、多系統萎縮症の患者に広く有効ではないかと考え、治療法の開発を行ってきました。これまで健康成人を対象とした第 1 相治験によってユビキノールの安全性と薬物動態を明らかにした上で [Mitsui J, et al. Neurol Clin Neurosci. 2022;10(1):14-24](UMIN-CTR:UMIN000016695)、今回の多系統萎縮症患者を対象に有効性と安全性を調べる第 2 相治験を実施しました。
研究の内容(治験)
基礎研究によって見出された新しい治療法の有効性を科学的に証明し、保険適用の中で使えるようにするためには、治験と呼ばれる厳密に管理された環境下で行われる臨床研究を行う必要があります。
今回、研究グループは、多系統萎縮症に対する高用量のユビキノールの有効性と安全性を検討するために、多施設共同プラセボ対照二重盲検比較試験を実施しました。この治験は、辻省次東京大学名誉教授を調整医師、三井純特任准教授を責任医師として、東京大学医学部附属病院臨床研究推進センター(センター長森豊隆志教授)の全面的な協力のもと、医師主導治験として 2018 年に開始されました(UMIN-CTR: UMIN000031771)。国内の 13 施設が参加し、合計 139 人の多系統萎縮症患者が参加しました。
主要評価項目として設定された運動症状の指標である統一多系統萎縮症評価スケール・パート 2 スコア(注3)の 0 週から 48週までの平均変化量は、プラセボ投与群が 7.1 点に対して、ユビキノール投与群では 5.4 点でした。両群の差は-1.7 点(95%信頼区間は-3.2 点から-0.2 点)、統計学的な検定では p 値0.023 と有意な差を認めました。治験薬との因果関係が否定できない有害事象の出現頻度は、ユビキノール投与群(23.8%)、プラセボ投与群(30.9%)と同程度でした。
研究の概要/成果
多系統萎縮症に対する多施設共同医師主導治験(治験調整医師 辻省次、治験責任医師 三井純)を行い、高用量のユビキノール服用によって多系統萎縮症の運動症状の進行抑制を支持する結果を世界に先駆けて見出しました。
多系統萎縮症は、自律神経症状、小脳性運動失調、パーキンソン症状など様々な神経障害をきたす神経疾患であり、厚生労働省が定める指定難病に認定されています。
平均 50 代半ばで発症し、発症から約 5 年で 50%の方が自立歩行困難になるなど、進行性の予後不良な神経難病です。原因は十分には解明されていませんが、研究グループは遺伝因子の研究により、コエンザイム Q10(注1)を合成する酵素の一つをコードしている COQ2 遺伝子の変異が多系統萎縮症の発症と関連することを見出し、その成果をもとに還元型コエンザイム Q10(ユビキノール)」による治療開発を行ってきました。
これまでに健康成人を対象とした第 1 相治験を実施してユビキノールの安全性を確認し、今回、多系統萎縮症患者を対象に有効性と安全性を調べる第 2 相治験を実施しました。
今回の治験では、ユビキノール投与群とプラセボ投与群の運動症状スケール(運動症状の程度を表す指標)の 48 週間の変化を主要評価項目として、ユビキノールの有効性と安全性を科学的に調べました。
その結果、ユビキノールが、多系統萎縮症の運動症状の進行抑制を支持する結果を世界で初めて見出しました。
研究成果のまとめ
予後不良の神経難病の一つである多系統萎縮症を対象に、ユビキノールを用いた多施設共同プラセボ対照二重盲検比較試験を医師主導治験として実施し、多系統萎縮症の運動症状の程度を表す指標を用いた評価で進行抑制を支持する結果を見出しました。
これまで、企業を始め、世界中の研究グループによって治療薬の開発が行われてきたにもかかわらず有効な治療が存在しなかった多系統萎縮症に対し、病気の進行を抑制する新たな治療法の可能性を示した、世界初の成果であるといえます。
今後の展望
これまで、様々な治療法が多系統萎縮症に対して試みられてきましたが、有効性を示す結果を得た研究は存在しませんでした。従って、今回の治験の対象となった患者群で多系統萎縮症の運動症状の進行抑制を支持する結果を初めて見出した先駆的な研究と言えます。
今回の成果を踏まえ、多系統萎縮症の運動症状の進行抑制に対する治療法開発を推進します。
研究グループ
辻省次東京大学名誉教授と、東京大学大学院医学系研究科の三井純特任准教授ら。
用語解説
(注1)コエンザイム Q10:細胞内のミトコンドリアには、酸素を還元してエネルギーを産生する仕組みがあり、複数のタンパク質複合体(呼吸鎖複合体)が関与しています。コエンザイム Q10 は、電子を受け取って、呼吸鎖複合体の間を伝達する役割を持っています。その他、活性酸素種による傷害作用を、その強い還元力により緩和する作用も知られています。
(注2)疾患修飾療法:病気の結果、起こってしまった症状を和らげるために行う対症療法に対して、病気の自然の経過を「修飾」することによって、病気の進行を抑制することを目指す治療です。
(注3)統一多系統萎縮症評価スケール・パート 2 スコア:多系統萎縮症患者の運動障害の程度を評価するために開発された評価尺度の一つです。14 項目を 0 点から 4 点まで、1 点刻みで採点します(最小 0 点、最大 56 点)。点数が高くなるほど、症状が重いことを示しています。
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