未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
呼気終末酸素分圧は心臓疾患患者における心脳血管イベントの強力な
予測因子であることを解明
研究の概要
神戸大学大学院保健学研究科の尾倉朝美博士研究員、井澤和大准教授らの研究グループは、心肺運動負荷試験を用いて、安静時から嫌気性代謝閾値までの呼気終末酸素分圧の変化量(ΔPETO2)が心臓疾患患者における主要心脳血管イベント(MACCE)の強力な予後予測因子となることを明らかにしました。
研究の背景
心臓疾患を持つ患者は、MACCEを発症する割合が高くなります。MACCEの発症は、生命予後や健康寿命、生活の質などに悪影響を及ぼします。心臓疾患患者の予後を改善するためには、MACCEの予防が重要です。
「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病、その他の循環器病に係る対策に関する基本法」第11条に基づく「循環器病対策推進基本計画」においても、MACCEの予防が重要施策の1つとなっています。MACCEを減らすためには、どのような心臓疾患患者がMACCEを発症しやすいのかを明らかにする必要があります。心臓疾患患者は心肺機能だけではなく骨格筋機能もMACCE発生に関与すると報告されています。
心肺運動負荷試験から得られるMACCEの予測指標として、VE/VCO2 slope やpeak VO2が一般的ですが、これらは心肺機能と骨格筋機能の総合的指標であり、心肺機能と骨格筋機能のどちらが原因かを分けて検証することはできません。
今回、主に骨格筋機能を反映するΔPETO2に着目し、ΔPETO2がMACCEに及ぼす影響について検証しました。
研究の内容
本研究の目的は、心臓疾患患者におけるMACCEに対するΔPETO2の予後的意義について、VE/VCO2 slopeおよびpeak VO2との比較を含めて明らかにすることでした。
2016年から2019年の間に心肺運動負荷試験を受けた185例の心臓疾患(心筋梗塞、狭心症、心不全)患者を対象に後方視的調査を行いました。心肺運動負荷試験の信頼性確保の基準に満たない例やデータ欠損例、3年間のMACCE有無が不明であった例を除外した147例が最終解析対象者となりました。
MACCEを予測する各指標の値は、ΔPETO2が2.0、VE/VCO2 slopeが29.8、peak VO2が19.0でした。ΔPETO2≦2.0の患者が3年以内にMACCEを発症する割合は55.8%であり、ΔPETO2>2.0の患者の8.8%に比べて非常に高くなりました。また、3年間のMACCE発症率について、年齢や心臓疾患の種類などの影響を取り除いた統計解析においても、ΔPETO2≦2.0の患者のMACCE発症率はΔPETO2>2.0の患者に比べて約8倍になることが明らかとなりました。一方、同様の統計解析をVE/VCO2 slopeとpeak VO2で行った結果、VE/VCO2 slope≧29.8の患者やpeak VO2≦19.0の患者のMACCE発症率はそうではない患者に比べて約3倍程度に留まりました。
ΔPETO2は、これまで予後指標として一般的に用いられてきたVE/VCO2 slopeやpeak VO2よりも高い予測能を持つことが明らかになりました。
研究のポイント
1.安静時から嫌気性代謝閾値※1までの呼気終末酸素分圧※2の変化量(ΔPETO2)が、
心臓疾患患者の主要心脳血管イベント(MACCE※3)を予測できるかを検証しました。
2.ΔPETO2≦2.0の心臓疾患患者が3年以内にMACCEを発症する割合は55.8%であり、
これまで予後予測に用いられてきたVE/VCO2 slopeやpeak VO2よりも高い結果と
なりました。
今後の展開
ΔPETO2を用いることによって、MACCEのリスクが高い心臓疾患患者を特定しやすくなります。MACCEを減少させるために介入すべき患者を特定することで、効率的かつ効果的な介入につながることが期待されます。また、心臓疾患患者のMACCE発症には骨格筋機能の影響が大きいことが明らかとなりました。
そのため、運動療法の重要性が示唆されました。今後は、MACCE減少に対する運動療法の効果について検証していきたいと考えています。
用語解説
※1 嫌気性代謝閾値
運動の強度を徐々に増加させた時に、有酸素運動に無酸素運動が加わる運動強度の閾値のこと。無酸素運動では、乳酸産生が増加して二酸化炭素排泄量が増えるために、嫌気性代謝閾値以降は換気量が増加する。
※2 呼気終末酸素分圧
呼気から吸気に転換する直前の呼気中に含まれる酸素の分圧。肺胞内の酸素分圧の指標。運動時に酸素が骨格筋で消費される量が多いと、呼気終末酸素分圧は減少する。
※3 MACCE
Major adverse cardiac or cerebrovascular eventの略。日本語訳は主要心脳血管イベント。定義は研究によって異なるが、心臓疾患の発症や増悪、脳卒中の発症、死亡などが含まれる。予後調査や治療効果を判定する研究に用いられることが多い。
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