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健康を科学で紐解く シリーズ83  「運動習慣は視床下部の炎症反応を抑制する」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


なぜ日常の運動習慣がストレスによる高血圧発症を防ぐのか?

― 運動習慣は視床下部の炎症反応を抑制する―




研究の概要


 順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科のThu Van Nguyen 大学院生(研究当時。令和5年3月31日修了)、山中航准教授、和氣秀文教授の研究グループは、慢性的なストレスによる高血圧発症の予防には、運動が効果的であるとされるメカニズムの一部を明らかにしました。


 本研究では、ラットをほぼ毎日1時間拘束すると、3週間後に血圧が上昇するとともに、骨髄の炎症反応、血中炎症細胞(Tリンパ球や単球などの白血球)の増加、さらに、血圧を調節する脳領域(視床下部室傍核:PVN)における炎症細胞の浸潤(血液から脳への移動)が認められました。

これらの細胞がミクログリア*1となりPVNの炎症(血圧調節中枢の異常)と高血圧症を導くと考えられました。なお、運動ができる環境(回転かごによる自由運動)を与えても、ストレスによる骨髄の炎症や血中炎症細胞の増加を抑えることは出来ませんでした。


一方、運動によりPVNへの炎症細胞の浸潤が抑制されることがわかりました。


以上から、運動習慣は脳の炎症を抑制することにより、高血圧症をはじめ、ストレスに起因した病気から心身を守っている可能性が示唆されました。




研究の背景


 ストレスが重なること(慢性ストレス)により、高血圧症をはじめとした心血管病やうつに代表される気分障害など、心身に様々な病気が生じます。一方、運動習慣はストレス解消法として効果的であり、事実、ストレスに起因した様々な病気の予防・改善に有効であることがわかっています。


しかしながらその機序の詳細については不明です。


 ストレスは、炎症細胞(白血球)を作り出す骨髄を刺激し、血液中の炎症細胞を増やし、さらにこれらの一部が脳内に移行し炎症反応を誘発することが知られています。


 研究グループは、運動習慣は慢性的なストレスに起因した一連の炎症反応を抑制するという仮説を立てました。これを検証するために、本研究では慢性ストレスに依存した高血圧症に着目し、ラットの拘束ストレス(1日1時間、週5日間、3週間)が、血圧、骨髄および視床下部の遺伝子発現、白血球分画*2、PVNにおける骨髄由来性炎症細胞数について測定・解析を行いました。さらに、ラットに拘束ストレスを課すものの、自発性走運動を行うことができる回転カゴ付きケージで飼育した場合についても同様の測定・解析を行い、ストレスに対する運動習慣の効果について観察しました。




研究の内容


 本研究では、若齢ラットを用い、(i)拘束ストレス群、ストレス群と同条件でストレスが負荷されるものの、自由に運動することができる環境で飼育を行う、(ii)拘束ストレス+運動群、(iii)対照群の3群に分けました。ストレスは拘束衣を用いて1日1時間、週5日間、3週間のストレスを課し、飼育期間前後に全てのラットの尾部より血圧を測定しました。飼育期間終了後、ラットの骨髄と視床下部からRNAを採取し、マイクロアレイ法やリアルタイムPCR法を用い網羅的遺伝子発現解析を行いました。また、血液サンプルを用いたフローサイトメトリー法による白血球分画の測定と、免疫染色法を用いたPVNにおける骨髄由来性ミクログリアの有無について調べました。


 ラットの3週間の拘束ストレスにより、血圧は有意に上昇することがわかりました。また、骨髄の炎症性因子(Ccr2、IL1b、Ifngなど)の遺伝子発現水準は、対照群に比べて有意に上昇しました。白血球分画について見ると、ストレスによりTリンパ球や単球の数が増加することがわかりました。さらに、視床下部領域でも、炎症性因子(Ngfr、Lhx8、Mmp3など)の遺伝子発現水準の増加と、PVNにおける骨髄由来ミクログリアの数が増加することがわかりました。拘束ストレス+運動群では、骨髄の遺伝子発現や白血球分画については、ストレス群で認められた炎症反応をむしろ増悪する傾向にありましたが、視床下部においてはMmp3遺伝子発現の抑制に加え、炎症細胞の遊走活性化因子*3(Ngf、Hmgb1、Cx3cr1、faslgなど)の遺伝子発現がストレス群および対照群より減少することがわかりました。さらに、PVNにおける骨髄由来ミクログリアの数は対照群と変わらなくなりました。


 以上の結果から、運動習慣はストレスによる末梢(骨髄や血液)の炎症反応を改善することはありませんが、視床下部における炎症細胞の遊走性を抑制することで、PVNなどにおける炎症細胞の浸潤を抑制し、ストレス依存性高血圧を予防している可能性が示されました。





研究成果(ポイント)


1.運動習慣がストレスによる高血圧発症を予防・改善する仕組みについて検討。


2.運動習慣はストレスによる視床下部領域の炎症反応を抑制することで高血圧発症を予防。


3.本成果は神経炎症性疾患など他の病気に対する運動効果の機序解明にも貢献。





今後の展開


 今後は、ストレスによる炎症細胞のPVNへの浸潤と運動による抑制メカニズムについて調べる必要があります。


 血液成分の脳実質への移動は、血液脳関門(BBB)によって制限されていますので、運動はBBB機能を強化する可能性が考えられます。また、今回の研究では、ストレス依存性の高血圧症に焦点を当て、特に視床下部領域の炎症反応について調べましたが、パーキンソン病、アルツハイマー病、うつ病なども脳の炎症によって発症する神経炎症性疾患に分類されており、定期的な運動はこれらの疾患を予防・改善することが知られています。


 今回の研究成果は高血圧症以外の様々な病態の発症や運動効果について、分子レベルでのメカニズム解明に繋がるものとして期待されます。




用語解説


*1:ミクログリア:


  中枢神経系に存在する細胞の一種で免疫細胞としての役割がある。


*2:白血球分画:


  白血球は好中球、リンパ球、単球、好酸球、好塩基球に分類されるが、それぞれの割合

  を示す。フローサイトメトリーにより、白血球分画やそれぞれの量を測定することがで

  きる。


*3:遊走活性化因子:


  白血球は血管内から血管外へ移動する能力(遊走)を示すが、それを活性化する物質。

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