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健康を科学で紐解く シリーズ84  「パーキンソン病病原タンパク質の受容体を特定」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


パーキンソン病病原タンパク質の受容体を特定

〜病態メカニズムの解明、進行抑制治療開発に期待〜




研究の概要


 パーキンソン病では、凝集したαシヌクレインとよばれるタンパクが神経細胞間を伝播し蓄積することで神経細胞死が誘発されますが、その詳細なメカニズムは不明でした。


 東北大学大学院医学系研究科神経内科学分野 長谷川隆文(はせがわ たかふみ)准教授、石山 駿(いしやま しゅん)医員らの研究グループは、凝集αシヌクレインが脳内で拡大・蓄積するメカニズムを明らかにしました。


 本研究では、脳全体の膜タンパク質を網羅的に探索し、神経細胞表面の凝集αシヌクレインの取り込み口となる受容体タンパク質として、ソーティリンを新たに同定しました。

ソーティリンと結合した凝集αシヌクレインは細胞内へ取り込まれ、エンドソーム(注5)とよばれる袋状の構造体に運ばれて蓄積します。パーキンソン病および類縁疾患である多系統萎縮症患者脳内のαシヌクレイン陽性のレビー小体・グリア細胞内封入体(注6)でソーティリンの集積が検出され、ソーティリン発現抑制・抗ソーティリン抗体により、凝集αシヌクレインの神経細胞への取り込みと蓄積が有意に抑制されることが明らかとなりました。


 これらの知見は、パーキンソン病関連疾患の病態解明に貢献すると同時に、今後の進行抑制治療薬の開発に寄与することが期待されます。




研究の背景


 パーキンソン病をはじめとする神経変性疾患患者の脳内では、各々の疾患に特有の異常凝集タンパク質が検出され、病態の主役と考えられています。これらの凝集タンパク質は神経細胞間を伝播し、周辺細胞へと病変を拡大させ、病態を進行させると推定されています。


凝集タンパク質が細胞内へ侵入するルートとして複数の可能性が考えられていますが、中でも、エンドサイトーシス(注7)が注目されています。パーキンソン病においては、複数の膜タンパク質が凝集αシヌクレインのエンドサイトーシス受容体として報告されています。


一方、そのほとんどは網羅的探索で見いだされたものではなく、神経細胞で発現が認められない等の問題がありました。このような状況の中、先入観のない網羅的な手法による“真の”凝集αシヌクレイン受容体探索が求められていました。




今回の取り組み


 通常、疎水性の高い受容体タンパク質の単離/精製には、可溶化能の高い界面活性剤が用いられます。しかし、同剤は受容体タンパク質の構造・機能に影響を与え、タンパク質の同定に用いる質量分析法とも相性が悪いという欠点を有しています。これらの問題を克服するため、研究グループは界面活性剤を用いない膜融合法により、プロテオリポソーム(注8)で構成される全脳由来の膜タンパク質ライブラリ(注9)を新たに作出しました。さらに、同ライブラリを出発材料としてアフィニティークロマトグラフィーと質量分析法を組み合わせ、脳組織に発現する凝集αシヌクレイン受容体の網羅的探索を行いました。


その結果、(1) 神経・オリゴデンドログリア細胞に高発現するソーティリンの細胞外領域(10CC ドメイン)が凝集αシヌクレインと強く結合すること、(2) ソーティリンが凝集αシヌクレインのエンドサイトーシス受容体として機能すること(図 1)、(3) αシヌクレインの取り込みがソーティリン発現抑制・ソーティリン 10CC ドメイン抗体により有意に抑制されることを発見しました(図 2)。また、 (4) パーキンソン病および類縁疾患である多系統萎縮症の脳組織において、凝集αシヌクレイン陽性のレビー小体・グリア細胞内封入体にソーティリンが集積していることが分かりました(図 3)。さらに、(5)パーキンソン病中脳黒質の全転写産物データを用いた解析により、ソーティリンの発現が病理ステージ毎に変動することを明らかにしました(図 4)。


図1. ソーティリンは凝集αシヌクレイン

  のエンドサイトーシス受容体として

  機能する



細胞外の凝集αシヌクレイン(赤)は細胞表面のソーティリン(緑)と結合して取り込まれ、エンドソームとよばれる袋状の構造物(白矢頭)に検出される。








図 2. ソーティリンを介した凝集αシヌク

   レインの輸送・蓄積



ソーティリンと供に細胞内へ取り込まれた細胞外の凝集αシヌクレインは、初期・後期エンドソームに運搬され蓄積し、パーキンソン病および類縁疾患である多系統萎縮症患者脳内のαシヌクレイン陽性封入体形成に関与する。凝集αシヌクレインの神経細胞への取り込み・蓄積は、ソーティリン発現レビー小体、グリア細胞抑制・抗ソーティリン抗体投与により抑制される。



図 3. パーキンソン病、多系統萎縮症脳内

   のαシヌクレイン陽性細胞内封入

   体にソーティリンが集積する



レビー小体、グリア細胞内封入体には異常(リン酸化)αシヌクレイン(緑)と供にソーティリン(赤)が検出される。








図 4. パーキンソン病中脳黒質では、病理

   ステージ毎にソーティリン発現量

   が変化する。



αシヌクレイン病理が中脳に到達するステージ 3 において、中脳黒質のソーティリン発現は最も高くなる傾向がみられる。











発表のポイント


1.パーキンソン病(注1)の原因タンパク質である凝集αシヌクレイン(注2)が細胞表面から

 細胞内へ取り込まれる際の受容体(注3)として、ソーティリン(注4)を新たに同定しまし

 た。


2.ソーティリンは、患者脳内のαシヌクレイン蓄積物に検出され、ソーティリン発現抑制・

 抗ソーティリン抗体の投与により、凝集αシヌクレインの神経細胞への取り込みや蓄積が

 抑制されることを明らかにしました。


3.パーキンソン病関連疾患の病態解明や、今後の進行抑制治療薬開発に寄与することが期待

 されます。




今後の展開


 パーキンソン病とその類縁疾患においては、凝集αシヌクレインの細胞間伝播が病態進行の鍵を握る現象であると考えられています。今回、凝集αシヌクレインの細胞への取り込みを担う受容体としてソーティリンが同定されたことで、これらの疾患の病態解明が進むと同時に、凝集タンパクの伝播阻止に立脚した新たな進行抑制治療開発への道が開かれることが期待されます。






用語説明


注1. パーキンソン病:


中脳黒質のドパミン神経をはじめとした神経細胞脱落により、振戦(ふるえ)、動作緩慢、筋強剛(筋のこわばり)などの運動症状に加え、便秘、睡眠障害、嗅覚障害などのさまざまな非運動症状を来す進行性の疾患。60 歳以上の 1%にみられ、全国に 16 万人以上の患者がいる。現行の治療は脳内ドパミン補充を中心とする対症療法に限定され、進行抑制治療は確立されていない。


注2. αシヌクレイン(α-synuclein):


中枢神経系に豊富に発現する 140 アミノ酸からなるタンパク質。孤発性パ−キンソン病や多系統萎縮症の患者脳内の神経細胞・グリア細胞内には、毒性を持つ異常に凝集した同蛋白が検出される。また、αシヌクレインの点変異・遺伝子重複は家族性パーキンソン病を発症させる。


注3. 受容体:


レセプター(receptor)ともよばれ、細胞外からやってくるさまざまな分子(神経伝達物質、ホルモン、ウイルス、生理活性物質等)と選択的に結合する膜タンパク質。細胞外分子の取り込みや、細胞内へのシグナル伝達に重要な役割を担う。細胞表面に存在するものが多いが、細胞内あるいは核内に存在するものもある。


注4. ソーティリン(sortilin):


ほ乳動物の神経組織に高発現する 831 アミノ酸からなる膜タンパク質。βプロペラドメイン・10CC ドメインとよばれる細胞外領域、膜貫通ドメイン、および細胞質ドメインから構成される。細胞膜上の受容体としてさまざまな分子と結合し、細胞内外の物質輸送に重要な役割を担っている。


注5. エンドソーム(endosome):


細胞内に存在する、膜に囲まれた小さな袋状(小胞)の構造体で、細胞内外での物質の輸送や代謝に重要な役割をもつ。細胞膜の一部が細胞内に陥凹し、形成される。


注6. レビー小体(Lewy body)・グリア細胞内封入体(glial cytoplasmicinclusion):


凝集したαシヌクレインを主要成分とする神経、グリア細胞内にみられる構造物。前者はパ−キンソン病、後者は多系統萎縮症の脳内に出現する。


注7. エンドサイトーシス(endocytosis):


飲食作用ともよばれ、細胞が細胞外の物質を取り込む過程の一種。ヒトから酵母に至るあらゆる生物の細胞に備わる機能であり、細胞による外部から栄養物質の取り込み、細胞増殖の制御、神経伝達、病原体の感染など、広範な生命現象に関与する。


注8. プロテオリポソーム(proteoliposome):


膜タンパク質が脂質二重膜内に再構成された構造体のこと。


注9. 膜タンパク質ライブラリ(membrane protein library, MPL):


細胞膜に存在する受容体をその構造特性に関わらず人工リポソームのリン脂質二重層に再構成し、リガンド結合能を保持したままで膜タンパク質ライブラリと呼ばれるエマルジョン溶液に転換する技術。これにより、組織や臓器中に存在するあらゆる受容体を大量かつ安定的に供給し、網羅的探索などに応用することが可能となる。

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