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健康を科学で紐解く シリーズ85  「全身性エリテマトーデスの発症に関与する遺伝因子を特定」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


全身性エリテマトーデスの発症に関与する遺伝因子を特定




研究の概要


 日本人集団の解析により、ヒト白血球抗原遺伝子領域において、全身性エリテマトーデスの発症に一義的に関与する遺伝因子を特定しました。ヨーロッパ系集団では、遺伝学的背景が異なるため、同様の解析は困難であり、このような場合には複数集団の解析が有用であることが改めて示されました。

 代表的な膠原病である全身性エリテマトーデス(SLE)は、複数の遺伝因子と後天的因子の複合によって発症に至る多因子疾患と考えられています。免疫応答の個人差に影響するヒト白血球抗原(HLA)は、SLE発症に関連する主要な遺伝因子の一つですが、どのように発症に寄与しているかは十分解明されていませんでした。


 SLEの疾患感受性に関連する遺伝子配列タイプは、人種によって異なっており、日本人集団では、HLA-DRB1*15:01という遺伝子配列タイプが、SLEに対するかかりやすさ(疾患感受性)に関連します。ヨーロッパ系集団においても、同様 の タ イ プ がSLE感受性に関連していますが、HLA-DRB1*15:01と、染色体上隣接するXL9領域に位置し、HLA遺伝子群の発現を調節する遺伝子間領域のバリアント(DNA配列の個人差)を特定の組み合わせで保有する割合が極めて高いことから、HLA-DRB1*15:01自体とXL9領域における遺伝子発現制御のどちらが重要なのかを識別することが困難でした。


 本研究では、日本人集団では、HLA-DRB1*15:01とXL9領域の組み合わせがそれほど強くなく、遺伝疫学的解析により、この2カ所の効果を切り分けることが可能であることが分かりました。さらに、そのうち、日本人においてSLE発症に一義的に関連するのは、HLA-DRB1*15:01であり、XL9領域の関連は二次的であること、すなわち、SLE発症には、HLA遺伝子自体の多様性に基づくアミノ酸配列の違いが影響している可能性が高いことが示唆されました。

また、多因子疾患の発症に寄与する遺伝子バリアントを特定する上で、遺伝学的背景が異なる複数の集団を解析する手法の有用性が再確認されました。




研究の背景


 全身性エリテマトーデス(SLE)は代表的な膠原病(全身性自己免疫疾患)の一つで、複数の遺伝因子と後天的因子が複合的に作用して発症に至る、多因子疾患と考えられています。

遺伝因子としては、100カ所以上の染色体領域に、SLEに対するかかりやすさ(疾患感受性)に関連するバリアント(DNA配列の個人差)が存在することが明らかになっていますが、それぞれの領域における分子機構の詳細は未解明です。


 免疫応答の個人差に大きな影響を持つヒト白血球抗原(HLA)遺伝子群注1)が位置する、第6染色体短腕の主要組織適合性複合体(MHC)領域は、SLE感受性に最も強く関連する染色体領域の一つです。この領域には、HLA遺伝子の他にも、免疫系で重要な機能を有するいろいろな遺伝子が位置しており、HLA遺伝子のアリル注2)(遺伝子配列の違いで規定されるHLAの型)と強く結びついた特定の組み合わせ(連鎖不平衡注3))で存在するものも多数存在します。従って、強い連鎖不平衡にある複数のバリアントのいずれが、SLEの発症や病態形成の分子機構に寄与するのかを決定することが重要です。


SLEの疾患感受性に関連するHLA遺伝子の主なアリルは人種によって異なっており、ヨーロッパ系集団ではHLA-DRB1*03:01とHLA-DRB1*15:01、アフリカ系集団ではHLA-DRB1*15:03、日本人を含む東アジア系集団ではHLA-DRB1*15:01です。HLA-DRB1*03:01は、ヨーロッパ系集団において、免疫応答に関与する血清タンパク質をコードするC4遺伝子のコピー数減少と強い連鎖不平衡にあるため、HLA-DRB1*03:01とC4のコピー数減少のいずれがSLEの病因として重要なのかを決定することは困難でしたが、近年、アフリカ系集団を対象とした研究により、C4のコピー数減少が病因的であり、HLA-DRB1*03:01は連鎖不平衡による見かけ上の関連であることが示唆されています。

また、ヨーロッパ系集団におけるHLA-DRB1*15:01とアフリカ系集団におけるHLA-DRB1*15:03は、HLA-DRB1座位とHLA-DQA1座位の遺伝子間領域XL9に位置し、HLAの発現レベルに関連する一塩基バリアント(1塩基の置換に基づく個人差、SNV)と強い連鎖不平衡にあり、こちらも、いずれが病因的なのかを区別することは容易ではありませんでした(図1、2)。


一方、日本人を含む東アジア系集団では、HLA-DRB1*15:01とSLEの疾患感受性の関連が見られます。しかし日本人集団には、HLA-DRB1*15:02も高頻度に存在し、こちらはSLEの疾患感受性との関連は認められません。


 本研究では、このような日本人集団の遺伝学的特徴に基づいて、HLA-DRB1*15:01とXL9領域のいずれがSLEの疾患感受性に関与するかを識別しうるのではないかと考えました。


図1 HLA-DR/DQ領域の染色体構造とSLE感受性との関連において想定される分子機構




研究内容と成果


 442名の日本人SLE患者と779名の健常対照群を対象に、HLA-DRB1およびヨーロッパ系集団の先行研究においてSLEとの関連が報告されたXL9領域の2カ所の一塩基バリアント(SNV)(rs2105898、rs9271593)、および、日本人集団におけるゲノムワイド関連研究によりSLEとの関連傾向が検出されている2カ所のXL9領域SNV (s9271375、rs9271378)の遺伝型注2)を決定しました。日本人集団においては、HLA-DRB1*15:01、XL9領域のrs2105898T、rs9271593Cにおいて有意な関連が検出されました。


HLA-DRB1*15のグループでは、ヨーロッパ系集団ではHLA-DRB1*15:01、アフリカ系集団ではHLA-DRB1*15:03が大部分を占めますが、日本人集団では、HLA-DRB1*15:01とHLA-DRB1*15:02がいずれも高頻度に存在します。公開データベースを用いた解析により、ヨーロッパ系集団、アフリカ系集団ではそれぞれのHLA-DRB1アリルがrs2105898Tと強い連鎖不平衡にあるのに対し、日本人集団では、HLA-DRB1*15:01とHLA-DRB1*15:02のいずれもがrs2105898T、rs9271593Cと中等度の連鎖不平衡にあることが分かり、本研究対象者においても確認できました(図2)。


次に、ロジスティック回帰分析注4)により、HLA-DRB1*15:01とXL9領域バリアントとの独立性を検定しました。その結果、SLEリスクに関連するrs2105898Tアリルの関連はHLA-DRB1*15:01で調整すると有意性が失われたのに対し、HLA-DRB1*15:01の関連は、rs2105898Tで調整後も有意性が残存しました(図3)。


以上のことから、日本人集団ではHLA-DRB1*15:01とXL9領域を遺伝学的に切り分けることが可能で、これにより、SLEの発症については、HLA-DRB1*15:01とXL9領域の関連は、HLA-DRB1遺伝子が病因的であり、HLA遺伝子の発現を制御するXL9領域は、連鎖不平衡による二次的関連であることが強く示唆されました。


また、本研究により、疾患に関連する染色体領域において、連鎖不平衡の異なる複数の集団を併せて解析する手法の有用性も改めて確認されました。


図2 各集団におけるHLA-DRB1*15ハプロタイプとSLE感受性


図3 日本人集団におけるDRB1*15:01とrs2105898のロジスティック回帰分析の結果





今後の展開


 疾患関連遺伝子解析の成果を創薬につなげるためには、疾患の発症や臨床所見と遺伝子バリアントとの関連の分子機構の理解が重要です。


HLA-DRB1*15:01とSLE感受性の関連に関しては、HLA本来の分子機構である、抗原ペプチド提示や、各個体におけるT細胞の抗原認識多様性の形成が想定されます。このハプロタイプ注5)にもXL9領域バリアントが存在しており、その意義についても今後の解析が必要です。また、XL9領域は極めて多様性に富み、ゲノム解析が困難な領域であることから、今後、各集団におけるロングリード・シークエンス技術注6)等を用いた解析が期待されます。




用語解説


注1)ヒト白血球抗原(humanleukocyteantigen, HLA)


HLAは細胞表面に発現し、抗原ペプチドをT細胞受容体に提示することによって、抗原特異的免疫応答の誘導や、個人におけるT細胞抗原認識多様性の形成に重要な役割を果たし、抗原に対する免疫応答の個人差や、免疫疾患を含め、多数の疾患に対するかかりやすさ(疾患感受性)に関連する。HLA遺伝子配列は個人差(遺伝子多型)に富み、多数の種類が存在し、それぞれの配列(アリル)に対応する番号を附して、HLA-DRB1*15:01、HLA-DQB1*06:02のように表す。発現する細胞や働きの違いによって、HLA-classIとclassIIに分類される。


注2)アリル(allele)、遺伝型(genotype)


アリルは、人間は両親のそれぞれから同じ染色体を1本ずつ受け継いでおり、そのうちの片方の染色体にコードされている遺伝子配列のこと。同じ染色体が2本あるため、それぞれの座位ごとに2種類のアリルが存在するが、それらの組み合わせを遺伝型(genotype)と呼ぶ。ある集団において、それぞれのアリルが占める比率をアリル頻度という。


注3)連鎖不平衡(linkagedisequilibrium)


同じ染色体上にある2カ所以上のバリアントの特定の組み合わせが、偶然期待される頻度と異なる頻度で観察されること。一般に、同じ 染色体の近 くに位置するバリアントは、減数分裂時に組換えが起こらない限り、同じ組み合わせで子孫に継承されるため、特定の組み合わせで集団中に存在することが多く、連鎖不平衡が強くなる傾向がある。


注4)ロジスティック回帰分析(logisticregressionanalysis)


複数の要因から、例えば疾患の有無のように、2つしかない結果を予測する多変量解析の一つ。疾患の発症にそれぞれのバリアントがどれくらいの効果を有するかを検討することが可能。


注5)ハプロタイプ(haplotype)


同じ染色体上にある複数の遺伝子のアリルの組み合わせのこと。例えば、日本人集団では、同じ染色体上にあるHLA-DRB1*15:01とHLA-DQB1*06:02は強い連鎖不平衡にあり、DRB1*15:01-DQB1*06:02というハプロタイプで存在していることが多い。


注6)ロングリード・シークエンス技術(long-readsequencingtechnology)


DNAの塩基配列をを数kb以上にわたり解読する技術。特にHLA領域など、複雑で多様性に富むゲノム領域の配列を正確に決定する上で威力を発揮する。

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