未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
フソバクテリウム細菌感染は子宮内膜症の発症を誘導する
- 子宮内膜症治療に新たな光!-
研究の概要
名古屋大学大学院医学系研究科・腫瘍生物学分野の近藤豊(こんどう ゆたか)教授、名古屋大学医学部附属病院・産婦人科の村岡彩子(むらおか あやこ)助教(筆頭著者)、梶山広明(かじやま ひろあき)教授らの研究グループは、名古屋大学大学院医学系研究科・神経遺伝情報学分野の大野欽司(おおの きんじ)教授らとの共同研究により、子宮内膜症の発症を促す細菌フソバクテリウム(Fusobacterium)※1を同定し、抗生剤治療が子宮内膜症の非ホルモン性新規治療薬となる可能性を発見しました。
子宮内膜症は、生殖年齢女性の約 10%が罹患し、生涯に渡り骨盤痛、不妊症、癌化など様々な問題を引き起こす疾患です。とりわけ少子化への対応が喫緊の課題である現代において、子宮内膜症の克服は重要な課題のひとつです。子宮内膜症の機序は様々提唱されていますが、これまで明らかにされていませんでした。現在行われている治療法はホルモン剤内服や手術療法ですが、どちらの治療も薬剤の副作用や術後の高い再発率などが問題となっています。本研究では、世界で初めて子宮内膜症の発症メカニズムとして有力な機序のひとつを解明しました。
まず、子宮内膜症患者の子宮内膜に存在する線維芽細胞で高い発現を示すタンパク質トランスジェリン(transgelin (TAGLN))※2に着目しました。TAGLN を発現する筋線維芽細胞は子宮内膜症の発症を促す性質を示すことを見つけました。驚いたことに子宮内膜症患者では、これまでほぼ無菌状態であると考えられていた子宮内膜において Fusobacterium という細菌が高頻度に存在していることを発見しました。Fusobacterium は口腔内の常在菌で、歯周炎の原因菌として知られていますが、Fusobacterium の感染により子宮内膜では TAGLN の発現が上昇することがわかりました。
そこで子宮内膜症モデルマウスを作製し、Fusobacterium の感染実験を行った結果、子宮内膜症病変の形成が有意に促進し、またFusobacterium に有効な抗生剤治療は内膜症病変の形成を抑制することがわかりました。
現在、子宮内膜症患者への抗生剤治療の有効性を検討するため、名古屋大学医学部附属病院産婦人科で特定臨床研究を進めています。
研究の背景
子宮内膜症は、生殖年齢女性の約 10%が罹患し、生涯に渡り骨盤痛、不妊症、癌化など様々な問題を引き起こす疾患で、研究段階においてその疾患発症メカニズムは月経血の逆流が一要素として考えられています。そのため、現時点での子宮内膜症の治療法はホルモン剤内服による偽閉経療法や手術療法での病巣切除ですが、どちらの治療も薬剤の副作用や術後の高い再発率などが問題となっています。また、どちらの治療法も妊娠に与える影響が大きく、妊娠希望の女性にとって安全に使用できる非ホルモン性の新規治療戦略が切望されています。
そこで本研究では、子宮内膜症の発症メカニズムを解明し、妊娠希望の女性も使用可能な新規治療標的を見つけることを目的としました。
研究成果
本研究で、正常な子宮内膜線維芽細胞と子宮内膜症病変部の線維芽細胞の遺伝子発現プロファイルを解析した結果、子宮内膜症病変部の線維芽細胞で TAGLN の発現が顕著に上昇していることがわかりました。また、TAGLN は子宮内膜症の発症に重要な増殖、遊走、腹膜中皮細胞への接着を亢進させる筋線維芽細胞の性質を示すことを発見しました。
そこで、TAGLN の発現誘導因子として TGFβに着目し、TGF-β産生細胞として子宮内膜症患者の子宮内に有意に M2 マクロファージ※4 の浸潤があることを発見しました。
さらに、マクロファージの浸潤量の差を説明するため、子宮内膜微小環境内の細菌叢解析から子宮内膜症患者の子宮内に有意に発現の多い Fusobacterium を発見しました (図 1)。この細菌は口腔内や腸管内にも存在し、大腸がんの発症に関与する菌体として知られています。Fusobacterium が子宮内膜症病変形成に関与するかを調べるため、内膜症モデルマウスを用いて検証しました。
マウスの子宮内に Fusobacterium を感染させると、病変形成の個数及び重量が増悪し (図 2)、さらに、感受性のある抗生剤で Fusobacterium を除菌すると病変形成が改善することがわかりました (図3、4)。
細胞実験でも Fusobacterium との共培養でマクロファージの形質転換が生じ、TGF-βを分泌する M2 マクロファージへの変化が確認されました。さらに分泌された TGF-βを含有する細胞上清を正常子宮内膜線維芽細胞に添加することで TAGLN 陽性の筋線維芽細胞への変化が確認できました。
加えて、Fusobacterium が子宮内膜微小環境を変化させることにより子宮内膜線維芽細胞がTAGLN 高発現の筋線維芽細胞へ変化し、それが子宮内膜症の発症メカニズムの一要素であることを発見しました。
抗生剤治療は子宮内膜症患者にとって病態発症メカニズムに即した、非ホルモン性治療としての新規治療戦略となる可能性があります。
研究の成果ポイント
1.子宮内膜症は、生殖年齢女性の約 10%が罹患し、生涯に渡り骨盤痛、不妊症、癌化など
様々な問題を引き起こす疾患で、その疾患発症メカニズムは研究段階です。
2.子宮内膜症の治療法はホルモン剤内服や手術療法ですが、どちらの治療も薬剤の副作用や
術後の高い再発率などが問題となっています。
3.少子化への対応が喫緊の課題である現代において、子宮内膜症の克服は重要な課題のひと
つです。
4.本研究グループは子宮内膜症患者の子宮内膜線維芽細胞※3 で高い発現を示す一方で、
正常な子宮内膜線維芽細胞では発現の低い TAGLN に着目しました。TAGLN は子宮内
膜症の発症に重要な増殖、遊走、腹膜中皮細胞への接着を亢進させる筋線維芽細胞の性質
を示すことを発見しました。
5.TAGLN の発現誘導因子として TGF-βに着目し、子宮内膜微小環境内の細菌叢解析から
子宮内膜症患者の子宮内に有意に発現の多いFusobacteriumを発見しました。
この細菌は口腔内や腸管内にも存在し、大腸がんの悪性化に関与する菌体として知られて
います。
6.子宮内膜症モデルマウスに Fusobacterium を経腟および血行感染させ、子宮内膜症病変
形成の増悪を確認しました。また抗生剤治療が病変の治療方法となりうることを発見しま
した。
7.Fusobacterium が子宮内膜微小環境を変化させることで最終的に TAGLN 高発現の子宮
内膜線維芽細胞を生み出すことが子宮内膜症の発症メカニズムの重要な要素であることを
発見しました。
8.抗生剤治療が子宮内膜症患者にとって非ホルモン剤投薬治療としての新規治療戦略となる
可能性を見出しました。
今後の展開
本研究成果を受け、現在、子宮内膜症患者への抗生剤治療の有効性を検討するため、名古屋大学医学部附属病院産婦人科で特定臨床研究を進めています。
特に妊娠希望の女性にとって安全に使用できる非ホルモン性の新規治療薬としての効果が今後期待されます。
用語説明
※1 フソバクテリウム(Fusobacterium)
口腔内では歯槽膿漏、腸管内では大腸癌の発症に関与することが示唆される細菌の一種。
※2 トランスジェリン(transgelin(TAGLN))
線維芽細胞が活性化され細胞収縮能や増殖能力を獲得した筋線維芽細胞のマーカー遺伝子。繊維状アクチンと結合して細胞収縮に寄与するタンパクである。
※3 子宮内膜線維芽細胞
子宮内膜を構成する細胞の一種で、子宮内膜病変部でもこの細胞が主体となり増殖していることから、子宮内膜症発症に関して鍵となる細胞と考えられる。
※4 マクロファージ
体内に侵入した細菌などの異物を貪食する(食べる)能力があり、自然免疫において重要な役割を担う細胞。
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