健康を科学で紐解く シリーズ8 「内因性炎症の抑制が慢性腎臓病を改善」
- nextmizai
- 2023年4月23日
- 読了時間: 5分
更新日:2023年6月25日
未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
ケトン体産生を介した内因性炎症の抑制が慢性腎臓病を改善
〜肥満による慢性腎臓病発症進展の病態解明と治療法開発に光〜
研究の背景
慢性腎臓病は国民の 8 人に1 人が罹患する頻度の高い疾患であり、高率に腎不全に移行するため大きな社会問題になっています。
肥満は糖尿病や高血圧を引き起こすことで慢性腎臓病を引き起こすことに加え、肥満そのものが慢性腎臓病の危険因子であることが明らかとなってきていますが、そのメカニズムは明らかではありませんでした。
研究グループは以前の研究で、肥満で血中濃度が低下し2型糖尿病を改善する新規脂肪由来因子としてアディポリンを発見しました(Enomoto T,Ohashi K et al. 2011. J BIol Chem.)。
また、これまでに、アディポリンが動脈硬化や心筋梗塞にも有益で有ることを報告してきました(Ogawa H, Ohashi K et al. 2020.Cardiovasc Res., Takikawa T, Ohashi K et al. 2021. PLOS One.)。
今回新たにアディポリンの慢性腎臓病に対する作用を明らかにしました。
研究成果
(1) 慢性腎臓病モデルの作製:
アディポリン欠損 (APL-KO) マウスを作製し、対照の野生型(WT)マウスとともに 5/6 腎摘手術※4 を行い、2ヶ月後に腎機能の評価を行いました。APL-KO マウスは WT マウスと比較して、血中の尿素窒素(UN)と尿中のアルブミン排泄※5 が増加、すなわち腎機能増悪を認めており、アディポリンの全身投与で改善することを見出しました。
(2) メカニズムの解明:
近年ケトン体の臓器保護作用が多く報告されています。APL-KO マウスの腎臓では腎臓組織中のケトン体(βヒドロキシ酪酸)とケトン体合成酵素(HMGCS2※6)の発現が低下しており、アディポリンの補充により HMGCS2 発現とケトン体産生が増加しました。
増加したケトン体は、腎臓での内因性炎症(インフラマソーム)を抑制し、近位尿細管細胞のアポトーシス※7 と、炎症性サイトカイン※8 発現や酸化ストレス※9 を抑制しました。
またインフラマソームを阻害することで APL-KO マウスの腎機能増悪が完全に改善することより、アディポリンはケトン体産生を促進することで、インフラマソームを抑制し、慢性腎臓病から腎臓を保護することを世界に先駆けて発見しました。
さらに、腎臓の近位尿細管細胞を用いた培養細胞の実験においてアディポリンが、HMGCS2 とケトン体産生を増加させるメカニズムに関しても、中性脂肪代謝を促進する PPARαという転写因子をアディポリンが活性化し、HMGCS2 の発現を上昇させることを合わせて発見しました。

研究の概要(まとめ)
脂肪組織由来分泌因子であるアディポリンの慢性腎臓病に対する防御作用とそのメカニズムを明らかにしました。
大橋浩二 特任准教授、大内乗有 特任教授の研究グループは以前、肥満により発現が低下し2型糖尿病に防御的に作用する新規脂肪組織由来因子としてアディポリンを発見しました。本研究では、新たにアディポリンが慢性腎臓病に防御的に作用することを発見しました。
本研究グループは、アディポリンを欠損させたマウスに慢性腎臓病モデルを作製すると、対照マウスと比較して慢性腎臓病がより進行し、アディポリンを補充することにより進行が抑制されることを見出しました。近年ケトン体※1の脳神経、心血管に対する臓器保護作用が多く報告されてきています。アディポリン欠損マウスの腎臓では腎臓組織中のケトン体(βヒドロキシ酪酸)が低下しており、アディポリンの補充によりケトン体が増加していました。その結果から、本研究グループは、アディポリンは腎臓において PPARα※2を介してケトン体合成酵素の発現を上昇させることでケトン体産生を促し、内因性炎症であるインフラマソーム※3を抑制することにより腎保護作用を発揮することを見出しました。
本研究成果は、肥満で低下するアディポリンが慢性腎臓病を抑制することにより、肥満による慢性腎臓病発症のメカニズム解明と治療法の開発に繋がることが期待されます。
今後の展開
現時点でアディポリンの受容体については明らかでなく、受容体の探索と受容体に作用する薬剤の開発が最終目標です。
またインフラマソームは、痛風や慢性関節リウマチのような自己免疫疾患にも関与しており、インフラマソーム阻害剤の開発が進んできており、インフラマソーム阻害剤を用いた慢性腎臓病の治療法開発も視野に入れていく予定です。
さらに、糖尿病患者においてケトン体は血中濃度が上がりすぎると、ケトアシドーシスという危険な病態になる可能性があるので注意が必要ですが、今回ケトン体の腎保護作用が明らかになったことを踏まえ、血中濃度を上げすぎることなく、慢性腎臓病には保護的に働くように、腎臓でケトン体を上昇させる薬剤や食事療法の開発も進めていく予定です。
研究グループ
国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学大学院医学系研究科分子循環器医学(興和)寄附講座の大橋浩二特任准教授、大内乗有特任教授、循環器内科学の方麗欣大学院生、室原豊明教授ら。
用語説明
※1. ケトン体:絶食や糖尿病等、ブドウ糖が利用できない時に脂肪酸が酸化され、エネルギ
ー源として利用される。アセトン、アセト酢酸、βヒドロキシ酪酸の総称で、エネルギ
ー源としては主にβヒドロキシ酪酸が利用される。
※2. PPARα:核内転写因子の一つで、主に脂肪酸代謝に関連する遺伝子の転写調節を行う。
※3. インフラマソーム:生体内ダメージで生じた物質や微生物由来の物質に応答して生じる
内因性の炎症。
※4. 5/6 腎摘手術:左腎臓 2/3 と全右腎臓の合わせて 5/6 を摘出することで、腎臓に負担
をかける手術。
※5. 尿中アルブミン排泄:慢性腎臓病が進行すると尿中に蛋白(アルブミン)が排泄される。
※6. HMGCS2:3-hydroxy-3-methylglutaryl-CoA synthase 2 の略称で、ケトン体産生
の律速酵素。
※7. アポトーシス:プログラムされた細胞死。
※8. サイトカイン:細胞から分泌される低分子蛋白で生理活性を有する物質の総称。
※9. 酸化ストレス:生体内で発生する活性酸素、フリーラジカルの総称。
Comments