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健康を科学で紐解く シリーズ93  「細胞が組織から脱落する仕組みの詳細を解明」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


細胞が組織から脱落する仕組みの詳細を解明



 京都産業大学生命科学部 川根公樹准教授らの研究グループは、哺乳動物の消化管など幅広い組織の表面に存在する上皮細胞において、死にゆく細胞が隣接する細胞と協調しながら脱落する仕組みを見出しました。


上皮細胞における細胞脱落の異常は腸炎などの炎症性疾患に関与することが予想されており、今後、本研究の知見をもとにした炎症性疾患のメカニズムの理解、治療法開発など応用的な研究への展開が期待されます。




研究の概要


 私たち、京都産業大学生命科学部の川根公樹准教授、木村成介教授、シンガポール国立大学メカノバイオロジー研究所の平島剛志主任研究員(同大学医学部助教授兼任)らの研究グループは、上皮細胞がその生涯の終焉を迎える「細胞脱落」のメカニズムを明らかにしました。


細胞死過程の一つであるアポトーシス(apoptosis)において、死にゆく細胞はバラバラに断片化し、「アポトーシス小体」を形成させることは古くから知られていました。しかし、アポトーシス小体の役割はよくわかっておらず、単なる細胞の屍骸であるとも考えられていました。


哺乳動物の上皮細胞を用いた今回の研究で、私たちは、脱落しつつある上皮細胞が「アポトーシス小体」を形成することによって、隣接する細胞が侵入するスペースがうまれ、これによって細胞の脱落が駆動されることを突き止めました。また、アポトーシス小体を形成する機構において、特定のリン脂質が細胞の脂質二重層で反転することが重要であることも示しました。さらにこの仕組みは動物種を超えて保存されていることも明らかにしました。


細胞脱落の過程に異常が生じると、腸炎などの炎症性疾患につながると考えられていますが、実際に今回、アポトーシス小体の形成の異常によって細胞脱落の実行がうまくいかないと上皮組織の恒常性が破綻する、という結果も得られました。


従って今回の研究成果は、炎症性疾患などのメカニズムの理解や治療法の開発などへの展開が期待されます。




研究の背景


 私たち生命体の体内では、絶えずおびただしい数の細胞が誕生し、その一方で、ほぼ同じ数の細胞が死んでいます。つまり細胞にも「一生」が存在するわけです。そしてライフサイクルの終焉を迎えた細胞は体内から排除されます。こうして私たち生命体の恒常性が維持され、健康が保証されているのです。細胞死が過剰に起こったり、少なかったりすると、癌、炎症、免疫疾患、神経疾患など様々な疾患が引き起こされます。


さて、消化管(胃や腸)、気管、皮膚、血管などは、上皮組織または内皮組織に覆われています。そのうち上皮組織の表面を構成している上皮細胞は、タイルを敷き詰めたシートのような構造を作っており(図1)、細胞同士が密接に接着・連携しています。そして古くなった上皮細胞は早いサイクル(腸管上皮の場合は数日間)で新しい細胞と入れ替わります。この上皮組織において、死にゆく上皮細胞は「細胞脱落」と呼ばれる様式によって脱落していきます。ただし、単に寿命を迎えたから勝手に組織を脱落していくわけではありません。


図1 上皮細胞(Wikipediaより)


図2 本研究の背景



 図2は、これまで知られている、細胞脱落のプロセスを示したものです。隣接する上皮細胞は、脱落していく細胞との境界にアクチン—ミオシン複合体のリングを形成します。このリングが収縮することによって脱落細胞が押し出されて組織から離脱します。そして脱落した細胞が占めていたスペースへ速やかに隣接細胞が侵入してくることによってシール(封鎖)されます。


このように、細胞脱落は、脱落する細胞とその隣接細胞との相互の複雑で精妙な協調作用を介して実行されます。しかし、その複雑さ・精妙さの仕組みが具体的にどのようなものなのかは、これまで分かっていませんでした。




研究成果


 そこで私たちは、一生の終わりを迎えた上皮細胞が組織から脱落する「細胞脱落」の過程の詳細を明らかにするべく、哺乳類、昆虫などの複数の動物種の上皮細胞の実験系を用いて、細胞膜の動態(変化)に着目したライブイメージングや数理モデル解析の手法による研究を行いました。


そして、死にゆく細胞が隣接する上皮細胞との間の協調作用によって脱落する新たな仕組みを見出しました。この仕組みの核となるのは「細胞外小胞iの形成」です。これは脂質スクランブラーゼによるリン脂質ホスファチジルセリン(PS) の局所的露出を介して起こります。具体的には図3左のような過程を経ます。


図3 研究成果の概要


1.開始:細胞は2層の脂質(脂質二重層)からなる細胞膜で囲まれている。脂質の一種ホスファ

 チジルセリン(PS、図内赤色)はこの段階ではまだ内側の層(内層)に局在している。

2.出芽:脂質二重層の内層と外層で脂質を入れ換える酵素スクランブラーゼの働きでPSが外 

 層に露出する。その部分の細胞膜が変形して膨らみができ、出芽する。

3.切り取り:出芽した部分がちぎれて、隣接する細胞のなかの脱落方向と反対側の部位に

 「細胞外小胞」が形成される。

4.脱落完了:露出部分がちぎれたことによってスペースが生じ、そこへ隣接細胞が侵入して

 脱落する細胞を押し出す(この動態は、平島が行った数理モデル解析によっても示され

 た)。


 このように、小胞が形成されることが、死にゆく細胞が細胞層から速やかに脱落するために重要な役割を果たすことがわかりました。そしてこの小胞は、細胞外小胞の一つであるマイクロベシクルの形成機構に従って形成される一方、「アポトーシス小体」ivとしての特徴を備えていました。

このアポトーシス小体の形成は、哺乳動物やショウジョウバエの上皮の細胞、またマウス腸オルガノイドでも観察されました(図3右)。


したがって、今回私たちが明らかにしたこうした仕組みは、種を超えて保存されている普遍的な機構であると考えられます。さらに、私たちが、様々な実験系を用いてこの小胞形成を阻害してみると、細胞脱落が妨げられ、上皮組織の発生に異常が生じたり、腸組織の恒常性が破綻して細胞数に異常が生じるなどの異常が観察されました。


これにより、アポトーシス小体の形成を介した細胞脱落は、組織の恒常性の維持に対して重要な役割を持つことが示されました。




本件のポイント


1.上皮細胞が死んで組織から脱落する際に「アポトーシス小体」が形成されることを突き止

 めた。さらにこのアポトーシス小体の形成が、脱落細胞の組織からの速やかな離脱(脱落)

 に重要であることを示した。


2.このアポトーシス小体の形成に、「リン脂質ホスファチジルセリンの露出」が関与するこ

 とを示した。


3.細胞脱落におけるアポトーシス小体の形成は、哺乳動物から昆虫まで、種を超えて普遍的

 に観察された。


4.アポトーシス小体の形成の阻害によって細胞脱落のプロセスに異常が発生すると上皮組織

 の恒常性が破綻する、という結果も得られた。このことから、細胞脱落の異常が、腸炎な

 ど消化管等の疾患の発症につながる可能性があり、本研究の成果は、炎症性疾患の新たな

 理解や療法の開発に繋がる。




本研究成果の学術的な意義


細胞脱落の実行機構

細胞脱落の根幹的部分である、細胞のダイナミックな動きを伴う脱落の実行プロセス (組織からの離脱)に関しては、アクチン—ミオシン複合体の動態が重要な役割を担うことは示されているものの、様々な報告が種々の解析系でなされており混沌とした状況にあります。本研究は、アポトーシス小体の形成というこれまで予想されていなかったプレイヤーが種を超え保存された機構を担うことを示すもので、細胞脱落の実行の理解に新たな展開をもたらすものです。

アポトーシス小体の形成機構と生理作用

アポトーシス小体には免疫原性分子が含まれることから、自己免疫疾患の発症に関与する病理的作用を有することなどが提唱されていますが、一方で生理的意義について明確に示された知見は多くありませんでした。私たちの今回の研究は、上皮細胞での細胞脱落の局面において、アポトーシス小体の形成が細胞脱落の実行に果たす役割を明らかにしました。これまでアポトーシスの特徴として古くから知られながら、その機能がよくわからず単なる屍骸である可能性も考えられていたアポトーシス小体が、実は重要な生理的な役割を持つことを示すことができました。

ホスファチジルセリンの露出の多様な役割

死にゆく細胞の脂質二重層上でホスファチジルセリン(PS)が細胞外へ露出することは、貪食細胞による死細胞の貪食を促す、いわゆる“eat me”シグナルとして働くことが見出されていました。そのほか、PSの露出は血小板凝固や筋細胞の融合など様々な生理的局面に関与する重要なプロセスであることが多くの研究により明らかになっています。

本研究によって、PSの露出が担う多様な生理作用として「アポトーシス小体の形成」、そして「細胞脱落の実行」という新たな重要な役割を加えることができたと言えるでしょう。細胞の終焉の局面は、一般に「貪食」あるいは「細胞脱落」という性質が大きく異なる様式に大別されると考えることができますが、これら2つに共通してPSの露出が役割を担うという知見は意外性をもった発見となりました。

細胞脱落の実行機構の破綻と疾患の関連

細胞脱落の過程に異常が生じると、腸炎などの炎症性疾患につながると考えられていますが、実証はなされていない状況でした。今回の研究では、細胞脱落の実行がうまくいかないと上皮組織の恒常性が破綻する、という結果が得られ、細胞脱落の機構の破綻と疾患の関連性を強く示唆するものとなりました。




今後の展開


 細胞脱落が正常に実行されない場合、上皮のバリア機能が破綻し、ウイルスや異物の侵入を導いて炎症や感染をもたらすことが示唆されています。しかしこれまでは、細胞脱落の実行機構の知見が不足していたため実証ができませんでした。


本研究の知見に基づいてアポトーシス小体の形成機構を阻害することで、実験的に生体内に細胞脱落が妨げられた状況を作り出せるようになったので、この実証が遂に可能になると考えられます(図4)。これにより、消化管をはじめとする上皮組織の炎症性疾患等についての理解を新規の側面から深めることに貢献するとともに、炎症性疾患の新たな療法や創薬などに道を拓くことが期待できます。


図4 本研究の今後の展開




用語・事項の解説


1. 細胞外小胞


  細胞から切り離されて形成される脂質二重層で包まれた小胞


2. 脂質スクランブラーゼ


  脂質二重層の外層と内層の脂質を双方向に入れ換える酵素


3. ホスファチジルセリン


  細胞の脂質二重層を構成するリン脂質の一種


4. アポトーシス小体


  アポトーシス(細胞死の一種)に伴って細胞が断片化して形成される細胞外小胞の一つ

  で、大きさは通常数マイクロメートル程度


5. 数理モデル解析


  観察された現象などを数学的に簡略化した系に当てはめて調べる方法


6. マイクロベシクル


  細胞外小胞の一つで、大きさは数百ナノ~1マイクロメートル程度


7. オルガノイド


  臓器を生体の外で三次元的に再構築した「ミニ臓器」

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