未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、
「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。
根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定
(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。
このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。
人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。
以下に、最新の科学知見をご紹介します。
思春期特発性側弯症の発症の遺伝的な因果関係を発見
-遺伝的に太りにくい人は発症のリスクが高い-
研究の概要
理化学研究所(理研)生命医科学研究センターゲノム解析応用研究チームの大伴直央大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時、現客員研究員)(慶應義塾大学医学部医学研究科後期博士課程 4 年(研究当時))、寺尾知可史チームリーダー(静岡県立総合病院免疫研究部長、静岡県立大学特任教授)と慶應義塾大学医学部整形外科学教室を中心とした日本側彎(そくわん)症臨床学術研究グループの共同研究グループは、大規模な日本人集団の遺伝子多型[1]データに基づき、思春期特発性側弯症(Adolescent idiopathic scoliosis: AIS)の発症と肥満の指標である BMI[2]が遺伝的に負の因果関係にあることを明らかにしました。
本研究成果は、AIS の発症に関する病態の解明につながると期待できます。
AIS は脊椎が 3 次元的にねじれる原因不明の疾患であり、10 歳以降の主に女児に見られます。遺伝的要因と環境要因が関連する多因子遺伝疾患と考えられていますが、発症の原因は不明な点が多く、病態の解明が急がれています。
今回、共同研究グループは、AIS の研究コホート[3]としては世界最大規模の日本人集団における遺伝子研究の結果とバイオバンク・ジャパン[4]が保有する日本人の BMI に関する遺伝子研究の結果を用いて、「メンデリアン・ランダマイゼーション(MR)[5]」という手法により、AIS と BMI の遺伝的な因果関係について解析しました。
その結果、遺伝的に BMI が低くなりやすい人(太りにくい人)は AIS の発症リスクが高いことが分かりました。同様の傾向が欧米人にもあることが分かり、低 BMI と AIS の発症リスクに遺伝的な因果関係があることを初めて明らかにしました。
メンデリアン・ランダマイゼーション(MR)解析による AIS と BMI の遺伝的な因果関係
研究の背景
側弯(そくわん)症とは、脊椎が 3 次元的にねじれて体幹に変形を来す疾患です(図 1)。多くの場合は原因が特定できないため特発性側弯症と呼ばれ、発症時期などにより 3 タイプに分けられています。そのうち、最も発症頻度の高いものが 10 歳以降の主に女児に見られる「思春期特発性側弯症(Adolescentidiopathic scoliosis: AIS)」で、全世界の人口の 2~3%の割合で発症します。その割合は日本人においても同様であり、側弯の学校検診が学校保健法で義務付けられています。
変形が進行すると、腰痛や背部痛、呼吸障害が生じ、また容姿の変形から精神面にも悪影響を及ぼします。重度の AIS の治療には、脊椎の可動性が制限される脊椎矯正固定術しかないことから、発症の病態解明が急がれています。
図 1 思春期特発性側弯症の X 線写真
脊椎が 3 次元的にねじれて体幹に変形を来す。変形が進行すると、腰痛や背部痛、呼吸障害を起こし、また、容姿の変形から精神面にも悪影響を及ぼす。
AIS は、遺伝的因子と環境因子の相互作用により発症する多因子遺伝疾患です。
共同研究グループはこれまでに、ゲノムワイド関連解析(GWAS)[6]によりAIS に関連する疾患感受性遺伝子[7]や遺伝子多型を世界に先駆けて報告してきました注 1-4)。
AIS が肥満の指標の BMI と関連することがこれまでの GWAS や疫学研究から報告されていましたが、直接の因果関係は不明でした。近年、遺伝的な因果関係を解析する遺伝統計学の手法が開発されたことから、本研究ではこの手法を用いて、AIS と BMI の遺伝的な因果関係の有無を解析することにしました。
注 1) 2011 年 10 月 24 日慶應義塾大学医学部プレスリリース「思春期特発性側弯症の
原因を解明、治療への大きな一歩」
注 2) 2013 年 5 月 13 日プレスリリース「思春期特発性側彎症(AIS)発症に関連する遺
伝子「GPR126」を発見」http://www.riken.jp/pr/press/2013/20130513_1/
注 3) 2015 年7 月 24 日プレスリリース
注 4) 2019 年 8 月 26 日プレスリリース
研究手法と成果
共同研究グループは、慶應義塾大学医学部整形外科学教室の渡邉航太准教授を中心とする側弯症の専門医集団である日本側彎症臨床学術研究グループによる厳格な診断基準を用いて、これまで日本人の 6,000 例を超える検体とその臨床情報を収集してきました。
これは、AIS の研究コホートとしては世界最大規模です。
まず、共同研究グループはこの AIS コホートを用いた GWAS 研究の結果と、バイオバンク・ジャパンが保有する日本人約 16 万人のデータを用いた BMI に関する GWAS 結果を使用し、「メンデリアン・ランダマイゼーション(MR)」という手法により遺伝的な因果関係を解析しました。AIS および BMI のそれぞれの GWAS 研究でゲノムワイド有意水準[8](p[8] < 5.0×10-8)を満たした一塩基多型(SNP)を使用して、MR 解析を行った結果、AIS と BMI は遺伝的に負の因果関係にあることが証明されました(表 1)。
この結果は、太りにくい遺伝的因子を持つ人(原因)は AIS の発症リスクが高いこと(結果)を意味しています。一方で、AIS を発症しやすい遺伝的因子を持つ人(原因)が必ずしも太りにくいわけではないこと(結果)が証明されました。つまり、遺伝的に太りにくい体質という原因によって AIS の発症リスクが高くなるという因果関係が初めて証明されました。
このことは、GWAS 研究や疫学研究で報告されている AIS と BMI の関係とも一致しています。
AIS の発症頻度には人種差はないとされています。欧米人の AIS および BMIの GWAS データを使用して MR 解析を行ったところ、日本人の MR 解析の結果と同様の傾向が得られました(表 1)。ただし、欧米人のデータでは、p < 0.05を満たさず統計学的に有意な結果にはなりませんでした。しかし、これは単に欧米人 AIS コホートのサンプルサイズが小さいことに起因することが、検出力計算で証明されました。
表 1 BMI と AIS の発症に関する MR 解析の結果
AIS の発症と BMI には、遺伝的に負の因果関係があることが明らかになった。日本人のみならず欧米人でも同様の傾向があることが分かった。
今回の研究で用いた側弯症の日本人コホートは世界最大規模ですが、BMI のデータは欧米人、欧米人小児、多人種(アジア系、ヒスパニック系、アフリカ系米国人などを含む)のコホートなど豊富に存在します。しかし、この MR 解析は人種間では遺伝的構造が異なるため、異なる人種同士を用いて解析することは推奨されていません。そこで、日本人の AIS と欧米人の BMI の GWAS 解析の要約統計量[9]を使用して、AIS と BMI の遺伝的背景を比較しました(図 2)。その結果、BMI に、より強く関連する SNP は、AIS と BMI のコホート間で負の相関関係にあることが分かりました。一方で、AIS の発症に関連する SNP は、AISと BMI のコホート間で相関関係は見られませんでした。この結果は、欧米人小児や多人種の BMI コホートでも同様の傾向が認められたことから、上記の MR解析の結果を裏づけるものと考えられます。
図 2 AIS と BMI の遺伝的背景の相関を比較解析した結果
BMI に関連する SNP において、AIS と BMI の GWAS コホートの遺伝的背景の関連の強さを比較すると、負の相関傾向にあることが分かった(青線)。
他人種間でも同様の傾向が認められた。一方、AIS の発症に関連する SNP において、AIS と BMI の GWAS コホートの遺伝的背景の関連の強さを比較すると、相関関係は見られなかった(オレンジ線)。
今後の期待
本研究結果を手掛かりに、今後、BMI に関連する因子(筋肉量など)と AIS との関係を明らかにしていくことで、AIS の発症メカニズムの解明により迫れるものと期待できます。
また、理研の研究チームは引き続き日本側彎症臨床学術研究グループとの疫学研究を継続し、AIS と関連のある BMI 以外の因子を同定することで、AIS と遺伝的に因果関係を持つ多くの因子が明らかになるものと期待できます。
さらに、日本人や欧米人以外のAISとBMIの因果関係を明らかにすることで、人種共通もしくは人種特異的な要因も明らかになると考えられます。
補足説明
[1] 遺伝子多型、一塩基多型(SNP)
個人間で遺伝子配列の一部が異なる状態を遺伝子多型と呼ぶ。一塩基多様体(singlenucleotide variation: SNV)や構造多型などがあり、ある集団において 1%以上の頻度で現れる一塩基多様体を一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP)と呼ぶ。ヒトゲノムでは全ゲノム配列の塩基のうち 0.1%以上の割合で SNP が存在するといわれている。
[2] BMI
ヒトの肥満の程度を示す指標。「BMI=体重(kg)/身長(m)2」の計算式に基づき体重と身長の関係から算出される。値が大きいほど肥満の傾向にあることを意味する。BMI は body mass index の略。
[3] コホート
一定期間にわたって観察される同一の性質を持つ集団。コホート研究では、一定期間集団を観察・追跡することにより特定の疾病に関わる共通の因子を検討する。
[4] バイオバンク・ジャパン
アジア最大の生体試料バンクで、東京大学医科学研究所内に設置されている。オーダーメード医療の実現プログラムの基盤であり、約 20 万人の日本人から収集した DNAや血清サンプルを臨床情報とともに厳重に保管し、研究者への試料やデータの提供を行っている。
[5] メンデリアン・ランダマイゼーション(MR)
大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)研究で有意になった疾患感受性 SNP を用いて、疾患間の遺伝的な因果関係を計算できる遺伝統計学の手法。MR は Mendelianrandomization の略。
[6] ゲノムワイド関連解析(GWAS)
疾患の感受性遺伝子を見つける方法の一つ。ヒトのゲノム全体を網羅する遺伝子多型を用いて、疾患を持つ群と疾患を持たない群とで、遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に検定する。GWAS は、genome-wide association study の略。
[7] 疾患感受性遺伝子
単一遺伝子病の原因遺伝子のように、遺伝子に変異があると必ず発症するというものではなく、変異があると発症しやすくなったり、逆に発症しにくくなったりする遺伝子を指す。リスク遺伝子ともいう。
[8] ゲノムワイド有意水準、p 値
p 値は統計学的有意差を示す指標であり、p 値が低いほど偶然そのようなことは起こり得ないことを示す。GWAS では数百万個以上の SNP を検定するため、通常の有意水準 p < 0.05 に対して、多重検定補正(Boneferroni 補正)を行った値が GWAS の有意水準(ゲノムワイド有意水準)となる。SNP が 100 万個の場合のゲノムワイド有意水準が p < 5.0×10-8 となる。検定する SNP がこれ以上の数になった場合でも、この有意水準は有効に働くことが知られている。
[9] 要約統計量
データの特徴の記述または、要約するために必要な統計量のこと。本文中の記述は、GWAS の要約と統計量のことを指す。
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