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健康を科学で紐解く シリーズ9   「内臓の左右非対称を制御する」

更新日:2023年6月25日


未在 -Clinics that live in science.- では「生きるを科学する診療所」として、

「健康でいること」をテーマに診療活動を行っています。

根本治癒にあたっては、病理であったり、真の原因部位(体性機能障害[SD])の特定

(検査)が重要なキー(鍵)であると考えています。

このような観点から、健康を阻害するメカニズムを日々勉強しています。


人の「健康」の仕組みは、巧で、非常に複雑で、科学が発達した現代医学においても未知な世界にあります。


以下に、最新の科学知見をご紹介します。


 


ドクター・ノオ遺伝子が炎症シグナルを介して

内臓の左右非対称を制御することを解明

―炎症性サイトカイン・シグナルの新たな機能の発見―



研究の背景


 多くの動物では、内臓器官に左右非対称性がみられます。ヒトの心臓が左側にあるのがその良い例です。このような左右非対称性が形成される仕組みは複数存在することがわかっており、昆虫では良く理解されていませんでした。


 動物の発生が正常に完了するためには、内臓器官の左右非対称性が正しく形成されることが必要です。このため、左右非対称性が形成される仕組みは、発生学の今後解明すべき重要な課題の一つです。

図 2


 ショウジョウバエの炎症性サイトカイン・シグナルは、ドクター・ノオの働きによって受容体が正常に輸送されることによって活性化される。ドクター・ノオ突然変異では、受容体は、異常な区画に輸送されて蓄積する。このため、炎症性サイトカイン・シグナルが活性化されず、内臓の左右がランダム化する。



研究の内容


 松野教授らの研究グループは、ショウジョウバエの多数の突然変異から、内臓の左右非対称性に影響を与えるものを探し出しました。その結果、ドクター・ノオ遺伝子に突然変異が起こると、内臓の左右非対称性がランダムになることを明らかにしました(図1)。


 本研究において、イアン・フレミングの長編小説「007ドクター・ノオ(Dr. No)」に登場する、ボンドの宿敵ドクター・ノオ(ノオ博士)が、右側に心臓をもつことにちなんで、ドクター・ノオ遺伝子が命名されました(図1上)。つまり、ドクター・ノオ遺伝子に突然変異が起こったショウジョウバエは、ノオ博士のように、左右が逆転した内臓器官をもっています(図1)。

ドクター・ノオ遺伝子の機能を調べた結果、ドクター・ノオ遺伝子は、炎症性サイトカイン・シグナルで働いている受容体タンパク質が、細胞内で正常に輸送されるのに必要であることを解明しました(図2)。

ドクター・ノオ遺伝子が働かないと、この受容体タンパク質の細胞内輸送の経路が異常をきたし、受容体タンパク質は通常とは異なる細部内区画に運ばれて、蓄積しました(図2)。


 この様に輸送経路が乱れると、この受容体タンパク質は炎症性サイトカイン・シグナルを活性化できるチャンスを失うと考えられます(図2)。


 これらの結果は、炎症性サイトカイン・シグナルが内臓の左右非対称性形成に必須な機能をはたしていることを示します。



研究の概要/成果


 ドクター・ノオ遺伝子※1 が、炎症性サイトカイン・シグナル※2 を介して内臓の左右非対称を制御することを世界で初めて明らかにしました。


 研究グループは、イアン・フレミングの長編小説「007 ドクター・ノオ(Dr. No)」に登場する、ボンドの宿敵ドクター・ノオ(ノオ博士)が、右側に心臓をもつことにちなんで、ドクター・ノオ遺伝子を命名しました(図 1 上)。ノオ博士は、心臓を右側にもっていたため、左胸をピストルで撃たれても死ぬことはありませんでした(図 1 上)。この遺伝子名からわかるように、ドクター・ノオ遺伝子に突然変異が起こったショウジョウバエでは、内臓の位置が左右反転します(図1下)。


 これまでは、ショウジョウバエの内臓の左右非対称性が形成される仕組みについてはよく理解されていませんでした。

今回、松野教授らの研究グループは、多くの突然変異体の中から左右非対称性に異常を示すものを探し出し、ドクター・ノオ遺伝子の突然変異を見つけました(図1下)。ドクター・ノオ遺伝子の機能を調べた結果、ドクター・ノオ遺伝子は、炎症性サイトカイン・シグナル※2で機能する受容体タンパク質※3が、細胞内で正常に輸送されるのに必要であることを解明しました(図 2)。

ドクター・ノオ遺伝子が働かないと、この受容体タンパク質の輸送経路が乱れるため、受容体タンパク質は細胞内の異常な区画に運ばれて、蓄積することがわかりました(図2)。

この様に輸送経路が乱れることで、この受容体タンパク質は活性化を受けるチャンスを失い、その結果、炎症性サイトカイン・シグナルが喪失すると考えられます(図2)。

ドクター・ノオ遺伝子の突然変異では、内臓の左右非対称性がランダムになる(ノオ博士のように、内臓の位置が左右反転したものが1/2程度の頻度で出現する)ことから、炎症性サイトカイン・シグナルが内臓の左右非対称性形成に必須な機構をはたしていることがわかりました(図2)。


 ドクター・ノオ遺伝子と同じような遺伝子が、ヒトを含む脊椎動物にも存在します(脊椎動物では AWP1と呼ばれる)。ヒトにおいても、ドクター・ノオ/AWP1 遺伝子が炎症性サイトカイン・シグナルで機能していることが予測されるため、本研究の成果から、ヒトの炎症性サイトカイン・シグナルの新たな制御の仕組みが明らかにされると期待されます。


図1


ノオ博士の心臓は、右側にあるため、左胸をピストルで撃たれても生き延びた(上)。ショウジョウバエのドクター・ノオ遺伝子突然変異では、内臓の左右が反転したものが半数出現する(下)。



本研究成果の意義


 ドクター・ノオ遺伝子と同じものは、ヒトを含む脊椎動物にも存在します(脊椎動物では AWP1 と呼ばれる)。


 ヒトにおいても、ドクター・ノオ/AWP1 遺伝子が炎症性サイトカイン・シグナルで機能していることが予測されます。

このため、本研究成果により、ヒトの炎症性サイトカイン・シグナルの新たな制御の仕組みが明らかにされることが期待されます。



用語説明


※1 ドクター・ノオ遺伝子

突然変異体が左右非対称性の異常(内臓の左右反転)を示すことを指標として、本研究で同定された遺伝子。イアン・フレミングの長編小説「007 ドクター・ノオ(Dr. No)」に登場する、ボンドの宿敵ドクター・ノオ(ノオ博士)が、右側に心臓をもつことにちなんで命名された(図1上)。ヒトを含む脊椎動物にも存在し、AWP1 と呼ばれている。


※2 炎症性サイトカイン・シグナル

炎症反応を促進する働きを持つサイトカインによって活性化される細胞シグナルのこと。免疫に関与し、細菌やウイルスが体に侵入した際に、それらを撃退して体を守る重要な働きをする。炎症性サイトカイン・シグナルの細胞内におけるシグナル伝達は、JAK-STAT 経路を介して起こることが多い。ドクター・ノオ遺伝子も、JAK-STAT 経路の活性化に必要である。


※3 受容体タンパク質

細胞膜表面や細胞質、核内に分布し、細胞外からの生理活性物質(リガンドと呼ばれる)を特異的に認識して結合し、その情報を細胞内や DNA に伝達するタンパク質。



【松野教授のコメント】


 ショウジョウバエをうまく利用した基礎研究から、ヒトにまで応用できる普遍的な成果が得られることを期待しながら研究を進めています。



研究グループ


大阪大学大学院理学研究科の大学院生の Yi-Ting Lai さん(博士後期課程)、松野健治教授ら。

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